世界と世界の狭間で

さうす

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第6話

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 気がつくと、僕は屋根裏部屋のテーブルに突っ伏していた。
 いつの間にか寝ていたみたいだ。
 ……昔の夢を見た。
 ルシフと、契約を交わした日の夢……。

 契約を交わしてユートピアから脱走した僕たちは、魔法軍の裏切り者として追いかけ回された。それをなんとか振り切って遠くへ遠くへと向かい、辿り着いた先が境界だった。そして、ルシフがこの場所に先生の魔力を大量に注ぎ込んでかつての僕らの家を再現し、開店したのが2代目魔法屋だ。

 僕は目を擦り、顔を上げた。
 無理な体勢で寝たからか、あちこちが痛い。
 僕の肩には毛布が掛けられていた。僕がルシフに掛けたはずの毛布だった。
 ソファーにはもうルシフはいなかった。

「ルシフ……?」

 僕が階段を下りていくと、ルシフが珍しくもう身支度を整えていた。
 こんな早朝に、しかも自ら進んで身支度をするなんて、普段のルシフじゃ考えられない。
 ひょっとして幻覚かな……と疑って目を擦ってみたけれど、ルシフはやっぱりそこにいる。

「どうしたんですか、こんな朝早くから……」

「ユートピア魔法軍を止める方法を調査しに行くに決まってんだろ」

「えっ」

 僕の眠気は一瞬で吹き飛んだ。

「お前も早く準備しろ。出かけるぞ」

「今からですか……!?ちょっと待ってください……!」

 もう、ルシフは気まぐれすぎて困る。
 僕は慌てて着替えを済ませ、ルシフを追って外に飛び出した。

「調査って言ったって、どこに行くんですか?」

「やっぱりまずは情報収集だ」

 そう言ってルシフがやって来たのは街の小さな喫茶店だった。

「なるほど、情報屋さんに聞いてみようってことですね」

「ああ」

 扉を開けて店内に入ると、

「いらっしゃい」

と人の良さそうな声がした。

「あれ、ルシフとベルじゃないか。珍しいな、お前らの方から俺に会いに来るなんて」

 そう言いながら、情報屋は僕たちをカウンター席に促した。
 情報屋は普段はこの喫茶店で店員として働いている。そのエプロン姿が似合いすぎてて天職だと思う。

「ちょっと知りたいことがあってな」

「何だ?境界の情報なら俺に任せろ」

 自信満々に言う情報屋に対し、ルシフはカウンターから身を乗り出して小声で尋ねた。

「実は、ユートピア魔法軍の動向についてなんだが……」

 情報屋はそれを聞いて、きょとん、という表情を浮かべた。

「え?ユートピア……?ユートピアって、異世界の国だろ?異世界の国のことは流石の俺も専門外だな……」

「そうか……」

 落胆した様子のルシフを見て、情報屋はにやりと笑った。

「と、言いたいところなんだが、実はとっておきの情報がある。まぁ、これは噂で聞いただけだから真偽は確かじゃないけどな。
 ……聞きたいか?」

「勿体ぶらないでさっさと言え」

 ルシフがイライラした様子で情報屋を睨みつける。

「わかった、一旦落ち着けって」

 情報屋に宥められ、ルシフは不機嫌そうなまま椅子に座り直した。
 情報屋はルシフの前にミルクティーを、僕の前にコーヒーを差し出しながら、声を潜めて言った。

「ユートピア魔法軍の第ニ部隊が今、境界に来てるらしいんだ」

「それで?」

 ルシフがミルクティーをふーふー冷ましながら聞く。

「どうやら秘密裏に境界軍と同盟を結ぶ気みたいだ。今は、境界教会へ交渉に向かう途中で、この街に潜伏しているらしい。その中には第二王子のシェムがいるっていう噂も…」

 情報屋の言葉はそこで途切れた。店の扉が開いたからだ。

「あれ、イリス。珍しいな、お前の方から俺に会いに来るなんて」

 店の入口に立っていたのは、この前傷害事件の解決を依頼してきたばかりの女の子だった。

「うん、久しぶりにコーヒーが飲みたい気分になって……」

 僕と女の子の目が合った。
 彼女は僕たちを見るなり指差して

「あーーー!」

と叫んだ。
 彼女の声は、馬鹿でかい訳ではないのだが、無駄によく響く。
 要するに、うるさい。

「あんたたち、魔法屋の……っ!!お兄ちゃんと知り合いだったの!?ねぇ、今、お兄ちゃんと何の話してたの?私には言えないような話?」

 しかも、しつこい。
 ルシフは少し面倒くさそうな顔をして、

「行くぞ、ベル」

と席を立った。

「ちょっと!無視しないでよ!」

「おい!ミルクティー飲まないのか?」

 引き止めようとする兄妹の言うことも聞かず、ルシフは喫茶店を出て行ってしまった。
 僕は「すみません、また来ます!」と頭を下げて店を後にした。


「勝手に出て行かないでくださいよ……」

「面倒だったんだよ。イリスが来るとは思わなかった。
 ……とりあえず、第二部隊がこの街にいるかもしれないということが分かったんだからいいだろ。まずは第二部隊を探って、魔法軍の情報を集めよう」

「でも、どうやってその第二部隊を捜すんですか?奴らはお忍びで来ているはずです。ちょっと捜したくらいじゃ見つからないと思いますよ」

 第二部隊が境界軍と同盟を結びたいのは、おそらくこれから境界に攻め入って来る魔法軍をこの機会に潰そうとしているからだ。つまり、奴らは、境界軍と手を組もうとしていることを他の部隊に知られてはならないということ。慎重に身を隠しているに違いない。

「第二部隊は確か……ほとんど魔族だけで編成された部隊だったよな」

「そうですね」

「お前も魔族なんだから、魔族の気配を察知するとかできないのか?」

「そんなこと出来るわけないじゃないですか……。まぁ、人間に化けてる魔族を見分けるくらいなら出来るかもしれませんけど」

「そういえば、お前、浮気調査のときに第二部隊のやつに会ったんだよな?」

「ああ、ザゼルですね。彼の見た目は覚えてますから、彼を捜すのが一番手っ取り早いかもしれませんね」

「そいつはどんな見た目だったんだ?」

「え?えっと……、年齢は二十代後半くらいで、銀色っぽい長髪で、身長は高め、顔は相当のイケメンでした」

「それは……あんな感じの男か?」

 ルシフが指差した先には、信号待ちをしているひとりの男がいた。
 年齢は二十代後半、銀色っぽい長髪、身長は高めの、相当なイケメンだ。

「そう、あんな感じの……。というか」

 ……アレ、ザゼル本人じゃね?

「ちょっと待って!アレがザゼルですよ!」

 この街に馴染むようなカジュアルな服装をしているけど、オーラを全く隠しきれていない。

「めちゃくちゃ堂々と街を歩いてるじゃねーか……。お忍びで来てるんじゃなかったのかよ」

「下手に隠れるより、堂々としてた方が逆にバレないっていうことですかね……」

「まあ、捜す手間が省けたんだから好都合だ。早速、尾行するぞ」
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