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第4話
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……結局、僕は依頼を受けることに反対はできなかった。
そのあとはルシフが勝手にミネルウァさんと詳しい依頼内容について話し合うのをただ眺めていることしかできなかった。
その日の夜中、僕はどうにもぐっすり眠れなくて目を覚ました。
そのあともしばらく寝付けず、ぼーっとしていると、ふと2段ベッドの上からルシフの寝息が聞こえないのに気がついた。
僕は重い身体を無理やり起こして、ベッドの上を覗き込んだ。
そこにルシフの姿はなかった。
こんな時間に1階の店や事務所にいるとは思えないし、いるとすれば屋根裏だろう。
僕は屋根裏部屋に続いている階段を上っていった。
屋根裏は、今はほとんど使っていない部屋だ。別に使うのを避けていたわけではないけれど、この部屋は出来るだけ昔のままの状態で残しておきたかったのだ。
扉をそっと開けると、埃っぽい空気が流れてきた。
ベッド、ソファー、机、本棚……どれも今となっては懐かしいものばかりだ。
普段は閉めきられている大きな窓が、今は開け放されていて、月明かりが差し込み、冷たい風が中へ入ってきていた。
この窓から、かつてはユートピアの街並みが見えていた。今は、混沌とした境界の家々しか見えないんだけれど。
案の定、その窓際にルシフがいて、ぼんやりと遠くを見ていた。
その姿はすごく様になっているというか、普通の人なら思わず見惚れてしまうような儚げな雰囲気があった。まぁ、もちろん僕はその程度で見惚れたりなんてしないけど。
ルシフがちらりとこっちを見た。
向こうが何か言ってくる前に、僕は口を開いた。
「先生なら、迷わず引き受けてたでしょうね……この依頼」
ルシフは黙ったまま視線を外の景色に戻した。僕は少し躊躇ってから、次の言葉を続けた。
「先生はずっと僕の憧れだ。僕は先生と違って性格悪いから、正義の為とか、困ってる人の為とか、そういうのはよくわからないけど……それでも、やっぱり僕は、先生に少しでも近づきたい。たとえそれで魔法軍に殺されるとしても」
そこまで緊張しているつもりはなかったのに、なぜだか声が震えた。
対してルシフの方は、僕の方を見向きもせず、
「ふーん……要するに、やる気になったってことだな」
と緊張感なんてまるでない、素っ気ない感じで言った。
それどころか、ルシフは突然ふっと笑うと、挑発的な口調で言い放った。
「魔法軍に殺される?冗談じゃねーよ。まさかお前、魔法軍ごときに殺されるようなポンコツ魔族なのか?」
「……はあ!?」
いきなり馬鹿にされて、頭に来た僕はカッとなって言い返した。
「そんなわけないだろ!!」
「だよな。お前がポンコツ魔族なら、俺はお前と契約なんかしねーよ」
「……。何が言いたいんですか」
僕がムッとしながら聞くと、ルシフは僕の背中をポンと叩いた。
「お前は俺にとって自慢の兄弟子だってことだ」
「な……、何なんですか急に……」
「俺たちなら、きっと大丈夫だ。魔法軍なんかに負けるはずがない。……って、思わなきゃやってられないだろ」
ルシフはソファーに腰掛けて偉そうに足を組んだ。
「魔法屋のことも、お前のことも、今度こそ俺が絶対に守り通す」
いつになくルシフが真面目な顔でそんなことを言うので、なんだか僕は可笑しくなってきた。
「意味がわからないんですけど。なんで僕があんたに守られなきゃいけないんですか?
それを言うなら、『魔法屋は今度こそ俺たちが絶対に守り通そう』……でしょう?」
ルシフは少しの間黙っていたけれど、やがて「そうだな」と頷いて、ソファーにごろんと横になった。
「それによく考えたら、お前がわざわざ俺に守られる必要なんかねぇか。お前は『魔族界のキングコング』なんて異名を持つ最強の魔王だもんな」
「そんな異名聞いたことねーよ。僕のこと馬鹿にしてるんですか?捻り潰しますよ」
「全く。冗談の通じない奴だな……。そんな怒ってばっかりいると、寿命縮むぞ」
「あんたのせいだろ!!」
「うるせーな。心が狭い男はモテねーぞ。だからお前はバレンタインでも義理チョコしか貰えないんだ」
「義理チョコすら貰えてないあんたに言われたくないんですけど」
「別に貰えないわけじゃない。貰わないんだよ。俺は本当に好きな女からのチョコしか受け取らねえ主義だからな」
「そんなこと言って、どうせルシフの好きな女ってお天気お姉さんとかでしょ。毎朝いやらしい目でテレビ見てるのバレバレだし」
「ああ。俺はお天気お姉さんからのチョコしか受け取らねえ」
「お天気お姉さんがルシフなんかにチョコなんてくれるわけないだろ」
「なんだよ偉そうに。そういうお前だって恋愛経験皆無だろうが」
「僕はあんたの世話で忙しくて恋とかする余裕ないんです」
「じゃあ俺のことを放っておけばいいじゃねーか」
「僕だって本当はそうしたいんですよ。先生との約束さえなければ、の話ですけど」
僕がそう言うと、ルシフは「そうかよ」と少し不満げな声で呟いた。
「そんなに、俺のことが嫌いか?」
ルシフが不意に尋ねた。
「もちろん大っ嫌いです、昔から。……ルシフだって僕のことは嫌いでしょ」
「まぁ、すぐキレるところと、自尊心が高すぎるところに関してはな」
「は?なんですかその曖昧な言い方……。嫌いなら嫌いってはっきり言えばいいのに……」
僕のそんな文句を無視するようにルシフは寝たふりをし始めた。
僕は仕方なくそれ以上言うのをやめて、ルシフに毛布を掛けてやった。
そのあとはルシフが勝手にミネルウァさんと詳しい依頼内容について話し合うのをただ眺めていることしかできなかった。
その日の夜中、僕はどうにもぐっすり眠れなくて目を覚ました。
そのあともしばらく寝付けず、ぼーっとしていると、ふと2段ベッドの上からルシフの寝息が聞こえないのに気がついた。
僕は重い身体を無理やり起こして、ベッドの上を覗き込んだ。
そこにルシフの姿はなかった。
こんな時間に1階の店や事務所にいるとは思えないし、いるとすれば屋根裏だろう。
僕は屋根裏部屋に続いている階段を上っていった。
屋根裏は、今はほとんど使っていない部屋だ。別に使うのを避けていたわけではないけれど、この部屋は出来るだけ昔のままの状態で残しておきたかったのだ。
扉をそっと開けると、埃っぽい空気が流れてきた。
ベッド、ソファー、机、本棚……どれも今となっては懐かしいものばかりだ。
普段は閉めきられている大きな窓が、今は開け放されていて、月明かりが差し込み、冷たい風が中へ入ってきていた。
この窓から、かつてはユートピアの街並みが見えていた。今は、混沌とした境界の家々しか見えないんだけれど。
案の定、その窓際にルシフがいて、ぼんやりと遠くを見ていた。
その姿はすごく様になっているというか、普通の人なら思わず見惚れてしまうような儚げな雰囲気があった。まぁ、もちろん僕はその程度で見惚れたりなんてしないけど。
ルシフがちらりとこっちを見た。
向こうが何か言ってくる前に、僕は口を開いた。
「先生なら、迷わず引き受けてたでしょうね……この依頼」
ルシフは黙ったまま視線を外の景色に戻した。僕は少し躊躇ってから、次の言葉を続けた。
「先生はずっと僕の憧れだ。僕は先生と違って性格悪いから、正義の為とか、困ってる人の為とか、そういうのはよくわからないけど……それでも、やっぱり僕は、先生に少しでも近づきたい。たとえそれで魔法軍に殺されるとしても」
そこまで緊張しているつもりはなかったのに、なぜだか声が震えた。
対してルシフの方は、僕の方を見向きもせず、
「ふーん……要するに、やる気になったってことだな」
と緊張感なんてまるでない、素っ気ない感じで言った。
それどころか、ルシフは突然ふっと笑うと、挑発的な口調で言い放った。
「魔法軍に殺される?冗談じゃねーよ。まさかお前、魔法軍ごときに殺されるようなポンコツ魔族なのか?」
「……はあ!?」
いきなり馬鹿にされて、頭に来た僕はカッとなって言い返した。
「そんなわけないだろ!!」
「だよな。お前がポンコツ魔族なら、俺はお前と契約なんかしねーよ」
「……。何が言いたいんですか」
僕がムッとしながら聞くと、ルシフは僕の背中をポンと叩いた。
「お前は俺にとって自慢の兄弟子だってことだ」
「な……、何なんですか急に……」
「俺たちなら、きっと大丈夫だ。魔法軍なんかに負けるはずがない。……って、思わなきゃやってられないだろ」
ルシフはソファーに腰掛けて偉そうに足を組んだ。
「魔法屋のことも、お前のことも、今度こそ俺が絶対に守り通す」
いつになくルシフが真面目な顔でそんなことを言うので、なんだか僕は可笑しくなってきた。
「意味がわからないんですけど。なんで僕があんたに守られなきゃいけないんですか?
それを言うなら、『魔法屋は今度こそ俺たちが絶対に守り通そう』……でしょう?」
ルシフは少しの間黙っていたけれど、やがて「そうだな」と頷いて、ソファーにごろんと横になった。
「それによく考えたら、お前がわざわざ俺に守られる必要なんかねぇか。お前は『魔族界のキングコング』なんて異名を持つ最強の魔王だもんな」
「そんな異名聞いたことねーよ。僕のこと馬鹿にしてるんですか?捻り潰しますよ」
「全く。冗談の通じない奴だな……。そんな怒ってばっかりいると、寿命縮むぞ」
「あんたのせいだろ!!」
「うるせーな。心が狭い男はモテねーぞ。だからお前はバレンタインでも義理チョコしか貰えないんだ」
「義理チョコすら貰えてないあんたに言われたくないんですけど」
「別に貰えないわけじゃない。貰わないんだよ。俺は本当に好きな女からのチョコしか受け取らねえ主義だからな」
「そんなこと言って、どうせルシフの好きな女ってお天気お姉さんとかでしょ。毎朝いやらしい目でテレビ見てるのバレバレだし」
「ああ。俺はお天気お姉さんからのチョコしか受け取らねえ」
「お天気お姉さんがルシフなんかにチョコなんてくれるわけないだろ」
「なんだよ偉そうに。そういうお前だって恋愛経験皆無だろうが」
「僕はあんたの世話で忙しくて恋とかする余裕ないんです」
「じゃあ俺のことを放っておけばいいじゃねーか」
「僕だって本当はそうしたいんですよ。先生との約束さえなければ、の話ですけど」
僕がそう言うと、ルシフは「そうかよ」と少し不満げな声で呟いた。
「そんなに、俺のことが嫌いか?」
ルシフが不意に尋ねた。
「もちろん大っ嫌いです、昔から。……ルシフだって僕のことは嫌いでしょ」
「まぁ、すぐキレるところと、自尊心が高すぎるところに関してはな」
「は?なんですかその曖昧な言い方……。嫌いなら嫌いってはっきり言えばいいのに……」
僕のそんな文句を無視するようにルシフは寝たふりをし始めた。
僕は仕方なくそれ以上言うのをやめて、ルシフに毛布を掛けてやった。
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