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第1話
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こうして私たちは事件現場へと出発した……んだけど。
「いや、なんで電車移動なの?」
右隣にルシフ、左隣にベルが座った状態で、私はガタンゴトンと電車に揺られていた。
「ルシフ、あんた魔法使いなんだよね?空飛ぶホウキ使うとか、魔法陣使ってワープとか、そういうことしないの?」
私が問いただすとルシフは「はぁ……」と溜め息を吐いた。
「めんどくせぇんだよ、そういうの……。あのな、魔法は万能じゃねーんだよ。簡単な魔法ならそんなに気にならんが、上級魔法になればなるほど使うと体力と気力が削られてく。つまりは無駄に魔法を使いたくないの。犯人を突き止める前に俺が疲れてちゃ話にならねーだろ」
「でも、私、あんたたちに会ってから、魔法を使ってるところ一度も見てないよ。大丈夫なの、本当に。ちゃんと魔法使えるの?」
「は?俺たちのこと疑ってるのかよ」
ルシフは不機嫌そうに顔を背けた。
ぱっとベルの方を見ると、「僕たちのこと信じてくれないんですね……」とでも言いたげな哀しい表情をしていた。
ルシフがぶつくさ言い出す。
「そりゃそうだよな。境界じゃ魔法使い自体それほど多くないし。疑われるのも無理はない。俺たちには生きづらい世の中だよ……」
それを聞いてベルまでぼそぼそ喋り出す。
「魔法使いというだけで世間の見る目は冷たいですもんね。『魔法使いが満員電車乗ってんじゃねーよ』。『魔法使いならバスの座席譲れよ』。『魔法使いがラーメン屋の行列並んでるんじゃねーよ』……みたいな。魔法使いだって普通の人間と大して変わらないのに」
「ご、ごめん、落ち込まないでよ2人とも……。ほら、もうすぐ駅に着くよ」
ここで2人にふて腐れられて仕事を放棄されたら困る。私はなんとか2人をなだめて電車を降りた。
駅から歩いて10分ほどの閑静な街に私の家はある。
「ここが私の家だよ」
「ふーん、小せぇ家だな」
「黙れ。……で、この家の前の通りで、兄が襲われたの」
私が全くひと気のない道路を指差すと、
「なるほどな」
と言いながら、ルシフは道にしゃがんで現場を観察し始めた。
しばらく道路をうろうろしたりしゃがんだりするのを繰り返し、ルシフは不意に
「おい、ベル」
とアシスタントを呼び寄せた。
「これを見ろ」
「……これ、ユートピア魔法軍の物ですよね。どうして、こんなところに奴らが……?」
「何?何か見つけたの?」
私が後ろから覗き込むと、ルシフは神妙な顔で頷いた。
ルシフが手にしていたのはひとつのバッジだった。弁護士のバッジと変わらないほどの大きさだ。
「何それ?」
「これは、異世界にある『ユートピア』と呼ばれる国の魔法軍がつけるバッジだ。奴らは戦争でもない限り、国の治安維持のために身を粉にして働いてる。つまり、ほとんど自国から出ることのないユートピア魔法軍のバッジが境界に落ちてるのはおかしいってことだ」
「ルシフ。もし、真犯人がユートピア魔法軍の者だとすると厄介ですよ。奴らなら事件の証拠を隠滅するのも朝飯前ですからね」
「それもそうだが、何よりも、奴らに俺たちの居場所が知れたらまずい」
「はい、確実に殺されますね」
「え?どういうこと?あんたたちそのユートピア魔法軍っていうのに狙われてるの?」
「ああ……。ちょっと訳あってな」
こんな子ども2人が命を狙われてるなんてちょっと信じ難いんだけど……。
「とりあえず、このバッジに残された記憶を読み取ってみましょう。このバッジの持ち主がわかるかもしれません」
「ああ」
残された記憶を読み取るって……?
ルシフは地面にバッジを置き、杖を握りしめて立ち上がった。
そして、3歩下がって杖の先をバッジに向け、大きく呼吸をして目を閉じた。
そのまま杖にぐっと力を込める。
その瞬間。
杖が空に向けてピカッと蒼い光を放った。
ぶわっとルシフの長い髪がなびく。
杖から、空に、大きく、映像が映し出された。
すごい……ちゃんと魔法使えるんだ……!
映像に映っていたのは私の家を見上げる1人の男。チャイムを押すこともせず、ただじっと私の家を見上げ続けている。
「これがおそらくバッジの持ち主だと思われます。この男に心当たりは?」
ベルに尋ねられ、私は慌てて記憶を辿った。
「私、この男をどこかで見たような気がする……。でも、どこで見たんだろう……?」
私が考え込んでいると、映像がふっと消えた。
「ダメだ……。読み取れる記憶はこれが限界だ。この男が何らかの手がかりを握っていそうなんだがな……。仕方ない。あとは聞き込みと張り込みで捜してみるか……」
「えー……聞き込みと張り込みって、もはや魔法関係ないじゃん。『どんな難事件でも魔法で解決してやるよ』とか偉そうに言ってたくせに」
「うるせぇ。時には地道な努力も必要なんだよ。よし、ベル、コンビニであんぱん買ってこい」
「なんでですか」
「バカ、張り込みといえばあんぱんだろうが」
「知りませんよ、そんな常識。カレーパンじゃ駄目なんですか」
「駄目だ。あんぱん以外は認めない」
「つぶあんとこしあん、どっちにします?」
「つぶあんに決まってるだろ。アンパンマンの顔に詰まってるあんこも実はつぶあんなんだぞ。つぶあんは正義だ」
「えぇ、初耳なんですけど……。僕はこしあん派なのでちょっとショックです……」
「はぁ?お前こしあん派なのかよ。つくづくお前とは意見が合わないな。俺はきのこ派、お前はたけのこ派だし、俺はケーキの苺は先に食べる派、お前は最後に食べる派だろ。相性最悪だな、俺たち」
「本当ですね」
いや、そんなのどうでもいいから仕事してくれないかな。
「じゃあ、僕、コンビニ行ってきます」
もうベル、探偵のアシスタントっていうよりただのパシリじゃねーか……。
ベルは道路を渡った先にあるコンビニに早足で入っていった。
「もしかしたらこのバッジの持ち主がこれを拾いに戻ってくるかもしれない。それに、イリスの知り合いばかり狙われるということは、犯人はこの辺に住んでる可能性が高い……この道を通るとしてもおかしくない。張り込みしてみる価値はあるだろう」
「ほんとに来るかなぁ……。張り込みする前にもっと別の手がかりを探した方がいいんじゃない……?」
私たちがぐだぐだ喋っていると、ベルが猛ダッシュでこっちに戻ってきた。
「ベル、もうあんぱん買ってきたのか?異様に早いな」
「買ってきてません」
「は?お前何しにコンビニに行ったんだよ」
「違うんですよ。わかったんです、そのバッジの持ち主が!」
「ほんとか?一体誰なんだ?」
「彼は、コンビニ店員です」
……。
コンビニ店員?
「そこのコンビニの店員さん。さっきの映像に映っていた男と同一人物です」
なるほど……どこかで見たような気がすると思ったら、コンビニ店員だったのね……。
「じゃ、早速その男に話を聞いてみるか」
「待って、ルシフ。奴はユートピア魔法軍と何らかの繋がりがあるんですよ。話を聞くにしても慎重にやらないと」
「……そうだな。どうする?」
「まずは顔を隠した方がいいんじゃないですか?」
ベルはそう言って鞄をごそごそ探ると、中からマスクとサングラスを出して、ルシフに装備させた。ルシフが戸惑いがちに言う。
「ちょっとこれ、不審じゃないか……?」
正直なところ、ちょっとどころじゃなく、めちゃくちゃ不審だ。
黒ずくめの魔法使い衣装にマスクにサングラスのロン毛男とか、怪しさの極みでしかない。
「素性さえバレなきゃいいんですよ」
「いやいやいや。お前、これは無理あるよ。これでコンビニに入っていったら通報されるぞ」
「それは困りますね」
「もっとマシな変装ないのか?」
「そんなの魔法でなんとかしてくださいよ。あんた魔法使いなんだから……」
「その必要はないよ」
ルシフとベルの会話を遮るように、背後から声がした。
「いや、なんで電車移動なの?」
右隣にルシフ、左隣にベルが座った状態で、私はガタンゴトンと電車に揺られていた。
「ルシフ、あんた魔法使いなんだよね?空飛ぶホウキ使うとか、魔法陣使ってワープとか、そういうことしないの?」
私が問いただすとルシフは「はぁ……」と溜め息を吐いた。
「めんどくせぇんだよ、そういうの……。あのな、魔法は万能じゃねーんだよ。簡単な魔法ならそんなに気にならんが、上級魔法になればなるほど使うと体力と気力が削られてく。つまりは無駄に魔法を使いたくないの。犯人を突き止める前に俺が疲れてちゃ話にならねーだろ」
「でも、私、あんたたちに会ってから、魔法を使ってるところ一度も見てないよ。大丈夫なの、本当に。ちゃんと魔法使えるの?」
「は?俺たちのこと疑ってるのかよ」
ルシフは不機嫌そうに顔を背けた。
ぱっとベルの方を見ると、「僕たちのこと信じてくれないんですね……」とでも言いたげな哀しい表情をしていた。
ルシフがぶつくさ言い出す。
「そりゃそうだよな。境界じゃ魔法使い自体それほど多くないし。疑われるのも無理はない。俺たちには生きづらい世の中だよ……」
それを聞いてベルまでぼそぼそ喋り出す。
「魔法使いというだけで世間の見る目は冷たいですもんね。『魔法使いが満員電車乗ってんじゃねーよ』。『魔法使いならバスの座席譲れよ』。『魔法使いがラーメン屋の行列並んでるんじゃねーよ』……みたいな。魔法使いだって普通の人間と大して変わらないのに」
「ご、ごめん、落ち込まないでよ2人とも……。ほら、もうすぐ駅に着くよ」
ここで2人にふて腐れられて仕事を放棄されたら困る。私はなんとか2人をなだめて電車を降りた。
駅から歩いて10分ほどの閑静な街に私の家はある。
「ここが私の家だよ」
「ふーん、小せぇ家だな」
「黙れ。……で、この家の前の通りで、兄が襲われたの」
私が全くひと気のない道路を指差すと、
「なるほどな」
と言いながら、ルシフは道にしゃがんで現場を観察し始めた。
しばらく道路をうろうろしたりしゃがんだりするのを繰り返し、ルシフは不意に
「おい、ベル」
とアシスタントを呼び寄せた。
「これを見ろ」
「……これ、ユートピア魔法軍の物ですよね。どうして、こんなところに奴らが……?」
「何?何か見つけたの?」
私が後ろから覗き込むと、ルシフは神妙な顔で頷いた。
ルシフが手にしていたのはひとつのバッジだった。弁護士のバッジと変わらないほどの大きさだ。
「何それ?」
「これは、異世界にある『ユートピア』と呼ばれる国の魔法軍がつけるバッジだ。奴らは戦争でもない限り、国の治安維持のために身を粉にして働いてる。つまり、ほとんど自国から出ることのないユートピア魔法軍のバッジが境界に落ちてるのはおかしいってことだ」
「ルシフ。もし、真犯人がユートピア魔法軍の者だとすると厄介ですよ。奴らなら事件の証拠を隠滅するのも朝飯前ですからね」
「それもそうだが、何よりも、奴らに俺たちの居場所が知れたらまずい」
「はい、確実に殺されますね」
「え?どういうこと?あんたたちそのユートピア魔法軍っていうのに狙われてるの?」
「ああ……。ちょっと訳あってな」
こんな子ども2人が命を狙われてるなんてちょっと信じ難いんだけど……。
「とりあえず、このバッジに残された記憶を読み取ってみましょう。このバッジの持ち主がわかるかもしれません」
「ああ」
残された記憶を読み取るって……?
ルシフは地面にバッジを置き、杖を握りしめて立ち上がった。
そして、3歩下がって杖の先をバッジに向け、大きく呼吸をして目を閉じた。
そのまま杖にぐっと力を込める。
その瞬間。
杖が空に向けてピカッと蒼い光を放った。
ぶわっとルシフの長い髪がなびく。
杖から、空に、大きく、映像が映し出された。
すごい……ちゃんと魔法使えるんだ……!
映像に映っていたのは私の家を見上げる1人の男。チャイムを押すこともせず、ただじっと私の家を見上げ続けている。
「これがおそらくバッジの持ち主だと思われます。この男に心当たりは?」
ベルに尋ねられ、私は慌てて記憶を辿った。
「私、この男をどこかで見たような気がする……。でも、どこで見たんだろう……?」
私が考え込んでいると、映像がふっと消えた。
「ダメだ……。読み取れる記憶はこれが限界だ。この男が何らかの手がかりを握っていそうなんだがな……。仕方ない。あとは聞き込みと張り込みで捜してみるか……」
「えー……聞き込みと張り込みって、もはや魔法関係ないじゃん。『どんな難事件でも魔法で解決してやるよ』とか偉そうに言ってたくせに」
「うるせぇ。時には地道な努力も必要なんだよ。よし、ベル、コンビニであんぱん買ってこい」
「なんでですか」
「バカ、張り込みといえばあんぱんだろうが」
「知りませんよ、そんな常識。カレーパンじゃ駄目なんですか」
「駄目だ。あんぱん以外は認めない」
「つぶあんとこしあん、どっちにします?」
「つぶあんに決まってるだろ。アンパンマンの顔に詰まってるあんこも実はつぶあんなんだぞ。つぶあんは正義だ」
「えぇ、初耳なんですけど……。僕はこしあん派なのでちょっとショックです……」
「はぁ?お前こしあん派なのかよ。つくづくお前とは意見が合わないな。俺はきのこ派、お前はたけのこ派だし、俺はケーキの苺は先に食べる派、お前は最後に食べる派だろ。相性最悪だな、俺たち」
「本当ですね」
いや、そんなのどうでもいいから仕事してくれないかな。
「じゃあ、僕、コンビニ行ってきます」
もうベル、探偵のアシスタントっていうよりただのパシリじゃねーか……。
ベルは道路を渡った先にあるコンビニに早足で入っていった。
「もしかしたらこのバッジの持ち主がこれを拾いに戻ってくるかもしれない。それに、イリスの知り合いばかり狙われるということは、犯人はこの辺に住んでる可能性が高い……この道を通るとしてもおかしくない。張り込みしてみる価値はあるだろう」
「ほんとに来るかなぁ……。張り込みする前にもっと別の手がかりを探した方がいいんじゃない……?」
私たちがぐだぐだ喋っていると、ベルが猛ダッシュでこっちに戻ってきた。
「ベル、もうあんぱん買ってきたのか?異様に早いな」
「買ってきてません」
「は?お前何しにコンビニに行ったんだよ」
「違うんですよ。わかったんです、そのバッジの持ち主が!」
「ほんとか?一体誰なんだ?」
「彼は、コンビニ店員です」
……。
コンビニ店員?
「そこのコンビニの店員さん。さっきの映像に映っていた男と同一人物です」
なるほど……どこかで見たような気がすると思ったら、コンビニ店員だったのね……。
「じゃ、早速その男に話を聞いてみるか」
「待って、ルシフ。奴はユートピア魔法軍と何らかの繋がりがあるんですよ。話を聞くにしても慎重にやらないと」
「……そうだな。どうする?」
「まずは顔を隠した方がいいんじゃないですか?」
ベルはそう言って鞄をごそごそ探ると、中からマスクとサングラスを出して、ルシフに装備させた。ルシフが戸惑いがちに言う。
「ちょっとこれ、不審じゃないか……?」
正直なところ、ちょっとどころじゃなく、めちゃくちゃ不審だ。
黒ずくめの魔法使い衣装にマスクにサングラスのロン毛男とか、怪しさの極みでしかない。
「素性さえバレなきゃいいんですよ」
「いやいやいや。お前、これは無理あるよ。これでコンビニに入っていったら通報されるぞ」
「それは困りますね」
「もっとマシな変装ないのか?」
「そんなの魔法でなんとかしてくださいよ。あんた魔法使いなんだから……」
「その必要はないよ」
ルシフとベルの会話を遮るように、背後から声がした。
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