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第六章 遊猟区域

100.使えないなりに ― 1

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 ルルチと腕を組んだまま、ご機嫌な様子のユー・ボーローが彼女と共に森を出ようと足を踏み出すも……無事に通過できたのはルルチ一匹で、未だ土地の封印が解けていない魔牛は、見えない壁にゴンッ! と鼻先と足の爪先を強打して、わなわなと身悶えた。

「ブルァ”ア”ッ”!!?? 話が違ェじゃねェかァッ!!?? テメェーら俺サマをだましやがったのかァッ”!!??」
「アらら……ボーローサマ、大丈夫ですカァ?」
「気が早いんだよ。まだお前を森から出す方法が見つかってないんだ。俺らもここから出してやりてぇのは山々なんだが……どうしたもんかなぁ」
「”見つかってない”ってなんだァ!!?? 俺サマ外に出られると思ったから仲間になってヤったんだぞォッ!!?? 早く出しやがれェッ”!!!! ブル”ゥ”ーーッ”、イライライライラしてくるぜェーーーーッ”!!!!」

 地団駄を踏むユー・ボーローのせいで、近場にいるベルトリウス達は立つのがやっとなほどの地揺れに見舞われる。
 オイパーゴスに相談の通信を入れてみようかとベルトリウスがふらつきながら考えていたところ、突如ケランダットがユー・ボーローに向けて風の刃を放ち、ブワリと顔の毛が浮いただけで無傷だったユー・ボーローは上半身をかがませて、恐ろしい眼力で透明の壁越しに小さな人間を睨み付けた。

「テメーなんかしやがったなァ”ッ”!!??」
「お前をここに縛り付けていった魔術師達は、森に何かを残していったか?」
「アァン”ッ”!? 何かってッ”…………なんだァ?」
「それを聞いてるんだ。封術ふうじゅつというのは霊具れいぐを軸にすることで、より強力な縛りとなる。これほど広範囲の場所、しかも百年以上も魔力の補給なしに継続する結界なんて、いくら秀でた魔術師であろうと霊具の力を借りなければ出来得ない話だ。変わった建造物や装飾があるなら、それが封印を維持するかなめだ。霊具を破壊することで封術は解かれるはずだ」
「……フージュ……? …………????」
「へぇー……おめぇまともに役に立ってるところ久々に見たぜ。魔術に関してはやっぱ頼もしいな」

 専門用語が並ぶケランダットの説明にユー・ボーローが疑問符を飛ばして首をひねるかたわら、ベルトリウスは珍しく舵取かじとり役に立った相棒に感心の声を上げた。
 ケランダットは困ったように眉根を寄せて小さく口角を上げると、試しにといった感じで恐る恐る言葉を紡いだ。

「……こんな人間を殺してしまうのは勿体ないと思わないか? 能力というのは何も破壊的異能だけに留まらないだろう? 知識だって評価点として考慮されていいはずだ」
「でも最悪、エイレンに聞けば同じ答えが返ってくるわけだしな。あいつ何人も魔術師を飲み込んでっし、何ならあっちの方が知識量で言うと上だろ?」
「魔術は……国によって進展の差があるんだ。俺の国では常識だった古代語が、タハボートではまだ解明されていない場合がある……」
「それを言うなら逆も当然あるだろう? タハボートで常識だった術が、カイキョウじゃ未知の術なわけだ。ははっ、何したってエイレンにかなわねぇじゃん!」
「……」

 ベルトリウスの残酷な返答にケランダットは俯いて片手で顔面を覆うと、しばらく無言で目元を揉む仕草を繰り返していた。

「なンだか、暗いオハナシをされてマスネ……」
「ンー……俺サマわかんねェー話だ……おい、俺サマを放ったらかして何勝手に盛り上がってんだ!? 俺サマにわかる話をしろォッ!!」
「悪い悪い……で、あんたはこいつの言う建造物や装飾を森の中で見たことがあんのか? あるなら案内してくれ。そいつをぶっ壊せば無事解放だ」
「ワァ~ッ! ヨかったですネェ、ボーローサマァ♡ ココから出られマスよォ~♡」
「オウッ!!!! …………ン? でも、俺サマ変なモンなんか見たことないぜ?」

 ルルチと喜び合っていたユー・ボーローが素っ頓狂な表情で答えると、三者はじっとケランダットに視線を送り、気が付いたケランダットは面を上げてから少し考えて言った。

「……何かの拍子に破壊されるのを恐れて、お前の手の届かない場所に建てたんだろう。地面に埋めたか、木の上に隠したか……霊具というのは自身を中心に円形に効果を発揮するのが一般的だ。そして一つの霊具の効果範囲には限界がある。この森全土を覆うことは不可能に近い。広範囲に術をかける場合は多角形を描くように点部分に霊具を配置する方法が最も適していると思われるが、ここで使用されたものは予想外に倒しきれなかった魔物を封じるために製作した急ごしらえの霊具だったと仮定するならば、複数個用意している時間などなかったはずだ。たとえ複数個存在したとしても、一つ破壊すればそいつが張っていた部分の結界が欠けるわけだからな、空いた部分から脱出が可能だ。したがって、見つけ次第破壊するということで構わないだろう」
「……オメーはァ……さっきからわかんねェーコトばっか言ってんなァ……? つまり……どういうコトだァ……?」
「つまリ、ちょっとでも”変ダゾ?”って感じたモノは全部壊シちゃえばイインだと思いマスヨ」
「そういうことだな。案外楽に脱出できそうで助かったな。手分けして探そう」

 ベルトリウスですら完全に把握しきれなかった長話をルルチが飲み込めていたのは以外だったが、ともあれユー・ボーローを森へ縛り付けていると思われる”霊具”なる物を探すということで意見がまとまった四名は、別れて森に入ることにした。

 だが本格的な捜索を始める前に、意識が芽生えたばかりで調和など全く気に掛けないユー・ボーローが、解放策を提示してくれたケランダットに対していらぬ一言を投下してしまうのだった。

「”壊す”……ナルホドなッ!! そこのオメー、そういう簡単なコトをムズかしく言ってんじゃねェーよォ!! イチイチ話が長ェーしよォッ、もっとコイツらみたく俺サマにわかりやすくセツメーしろッ!!」
「……この上なく分かりやすかっただろうが。そこの発情女でも理解できたっていうのに、獣上がりにも差が――」
「さぁ、暗くなる前に霊具を探さなきゃな! ユー・ボーローも早くここから出たいだろう?」
「オウッ!!!! ……でもそいつ、今なーんかすげェームカつくコト言いかけてなかったかァ? 俺サマそういうのにビン……ビンカン? なんだぜェ?」
「そうか? 特に何も感じなかったけどな?」

 ”ンー?”と首をひねるユー・ボーローに、ここで機嫌を損ねて暴れられたら困ると、ベルトリウスはなるべく自然に振る舞った。
 それでも尚、ユー・ボーローの引っ掛かりはぬぐえなかったらしい。

「それになんかァ……目付きが気に入らねェーんだよなァ? 俺サマ気に入らねェヤツは食っちまうことにしてんだ……ってコトでェ、お前も食っちまわねェーとなァ? ブルルッ”……ブモ”ォ”ォ”―― ッ”!!!!」
「ボーローサマァ、ルルチちゃんと一緒にレーグ探しに参リましょウ! ホラホラ、おてて貸してくだサーイ♡ ボーローサマの手ってェ、大きくって頼もシくって素敵ですよネェ~♡」

 ユー・ボーローがひと鳴き響かせようと天を仰いだその瞬間、彼の隣に立つルルチが大きくたくましい腕に自身の細腕を絡ませ、さらに柔らかい谷間で挟んで上手く気をそらした。

「ブルル”ッ”……ン~~、そうかァ?」 
「そウですとも♡ ササッ、こンなトコロで立ち止まってナイで、早くイキましょイキましょ! お散歩ってェ、とってもたのしイんですヨォ?」
「ンッ!! オメーの言う通りッ、こんな小せェーに構ってるヒマはねェーわなッ!! オメー気に入ったぜッ!! 特別に俺サマがいつもヒナタボッコしてた、ポカポカのあったけェトコに案内してヤるッ!! コウ……コウエー? に思えッ!!」
「ワァ~イ♡ 楽シみですゥ~♡」

 去り際にパチンッと片目をまばたかせてユー・ボーローと共に茂みへ消えていったルルチは、何だかとってもいい女に見えた……。


 ベルトリウスは予想外に空気が読めるルルチを見直してから、問題となったケランダットに向き合った。
 ケランダットは己の非を理解しているのか、”やってしまった”という顔で視線を泳がせた。

「ルルチに助けられたな。あいつが助け舟を出してなきゃ、せっかくの勧誘が無駄になるところだった。ついでにお前も食われてたぞ。命でつぐなう覚悟はあったのか?」
「悪かった……その……問題を起こそうとしたわけじゃないんだ。ただお前相手じゃないと、ちょっと、気が抜けちまって……」
「”気が抜ける”?」
「あ、いやっ! 気を付けてはいるんだ……! あんまりっ……そう、誰かと衝突しないように……だから……―― ……ごめん……今度からは他の奴にも、もっと気を配るようにする……」

 尻すぼみする声に呼応するかの如く、ケランダットは目に見えて肩を落とし、しょぼくれてしまった。
 原因はとなったのはユー・ボーローだが、安易に喧嘩を買ってしまったのはケランダットだ。
 しかしながら、”でも”とか、”だって”を口にしなかったのはよかった。言い訳を並べればきつく叱るところであったが、今回は殊勝な態度に免じて大目に見てやることにした。

「お前が誰よりも早く霊具を見つけるんだ。手柄がなければ失態に目をつぶれない」

 そう冷たく言い放つと、ベルトリウスはケランダットを置いて一人森の中へと歩いていってしまった。
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