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52.魔神ガニと戦います

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 汽水湖がある空洞はとても広く、天井もかなりの高さがある。
 でも巨大すぎる蟹がいるせいで、狭く見えた。
 魔神ガニは見た目とは裏腹に、俊敏に動く。
 ジルコは身体強化と風魔法を使って、魔神ガニと攻防を繰り広げていた。
 はっきり言って、速すぎる。
 エリアーナは目で追うのを諦めた。
 
「命の源を奪い 渇きを与えよ ≪干ばつターチシス≫」

 魔神ガニに向けて干ばつ魔法を唱えた。
 これは人や物の水分を奪う。
 水属性の魔物に唱えれば、弱体化できるのではと思い、試してみた。
 ジルコの剣撃が当たった脚に少し傷がつく。
 今までは硬すぎて、傷一つ付けられなかった。
 干ばつ魔法は有効のようだ。

「エリアーナ、さっきのを重ね掛けしまくれ!
 足を落とせば動きを遅くできる。
 俺はさっき付けた傷へ集中攻撃する!」

「はい!カッサカサになるまで掛けてやります!」

 干ばつ魔法ターチシスを早口で言おうとして思い切り舌を噛んだ。
 痛い。
 絶対血が出ている気がするが、それは一旦忘れて干ばつ魔法を唱え続けた。
 もちろん、次からは早さより正確さを重視だ。
 ジルコは風魔法で魔神ガニの注意を逸らし、先ほど傷をつけた箇所へ的確に攻撃している。
 傷は少しずつ大きくなり、とうとう脚にひびが入った。
 怒り心頭に発した魔神ガニは、猛烈な勢いで大量に泡を吐いた。

「クソ、もろに浴びた!この泡、体を痺れさせるんだ。エリアーナ、頼む!」

 ジルコは全身泡まみれだ。
 しかも痺れの効果もある。
 ただ泡を流すだけではダメだろう。

けがれを流れ落とせ ≪浄化プルガーティオ
 異常を浮かせ 全て流れよ ≪状態治しキュラーレ≫」

 麻痺することもなく、泡は全て消えた。
 ジルコが次の手を打とうとした直後。
 魔神ガニのハサミが、彼の脇腹をえぐった。
 服とともに肉が裂け、血しぶきが魔神ガニにかかる。
 ジルコのその姿に、息が止まった。
 すぐに駆け寄りたくなるが、そんなことをして何になる。
 今自分にできる、彼のためになること!
 
れ出た命の欠片よ
 在るべきところへ逆流せよ ≪大回復マグ・レクーティオ≫」 

 瞬時に脇腹は元に戻った。
 少し掠っただけに見えたのに、あの威力。
 支配者級の魔物の恐ろしさを垣間見た。
 ジルコは追撃しようとする魔神ガニのハサミを受け流す。
 剣の柄頭についている魔法石が、眩いほど緑に輝いた。
 
「吹き荒ぶ 嵐をまとえ ≪烈風斬フォンティベント≫!」

 ジルコの強烈な剣撃が、魔神ガニのひびに直撃する。
 脚が一本、吹き飛んだ。
 バランスを崩した魔神ガニへ、すかさず猛攻撃を繰り出すジルコ。
 エリアーナも負けじと、干ばつ魔法をかけ続けた。
 魔神ガニの殻の強度はどんどん落ちていく。
 さらに脚がもう一本なくなる。
 それだけでなく、片方のハサミまで折れてしまった。
 うまく動けず、自慢のハサミも一つになってしまった魔神ガニが、再び大量の泡をまき散らす。
 ジルコに向けてというか、四方八方手あたり次第だ。
 あまりの泡に魔神ガニの姿が見えなくなった。

「目くらましか?エリアーナ、頼む!」

けがれを流れ落とせ ≪浄化プルガーティオ≫」

 魔神ガニへ向け、浄化魔法をかけた。
 泡は一瞬でなくなる。
 さきほどいた場所に、魔神ガニの姿はない。
 湖の水面が揺れているので、中に入ったのだろう。

「逃がすかよ!エレアーナ、また奴を引き上げてくれ」

 救助魔法を使おうとするが、思いとどまる。
 すでに魔神ガニは満身創痍な状態だ。
 水から出て反撃できる状態ではない。

「ジルコさん、私の好きにやっていいですか?きっと、ご期待にえるはずです!」
 
「なんか考えがあるんだな。よし、アンタに任せる」

 ジルコに許可も得たので、実行に移そう。
 彼の美しい腹を傷つけた恨み、ここで晴らす!
 湖に向け、手をかざした。

「沸き立ち 滾れ ≪沸騰ティハール≫」

 この魔法はあっという間に、水を沸かせることができる。
 おそらく、水魔法の使える人々が、日常的に使っている便利な魔法だ。
 決して、攻撃魔法ではない。
 でも、させることができる。
 今頃魔神ガニは『湖の中にいては手も足も出せまい』と安心しきっているはずだ。

(フッフッフッ……釜ゆで地獄を味わってもらおう!)
 
 もちろん、この汽水湖の水量を沸騰させるとなれば、莫大な魔力が必要だ。
 でもエリアーナになら不可能ではない。
 湖は一瞬で煮えたぎる地獄風呂と化した。
 
「やっぱ魔力でねじ伏せるんだな……。
 何かもう安心するわ。すげー、アンタらしい解決策だ」

 ジルコは呆れて笑っているが、やり方に異議はないようだ。
 少しして、巨体が浮かび上がってきた。
 辺りに茹で蟹のいい匂いが漂う。
 しかし、その衝撃の姿に目を疑った。

「……え、なぜ真っ青?
 あんなにおいしそうな赤いカニだったのに」

 意味が分からない。
 茹で蟹のように美味しそうな赤い殻を持っていたのに、それが今では青い。
 ムラもなく、とても綺麗な青一色で統一されている。
 全然食欲のわかない色だ。
 こんなにいい匂いをさせているのに。
 そして、パラパラと崩れていって湯に溶けた。
 あとに残るのは、大きな蟹ばさみと巨大な魔石だ。
 もちろん両方とも回収して、以前グラメンツで購入した風呂敷魔導具にしまった。
 
「エリアーナさん、ジルコさん!
 魔神ガニが消えたら、小神ガニも消えちゃいました」

 ニーナたちがやってきた。
 その姿を見て、無事だったことに安堵する。
 大きな怪我はないようだ。
 でも、みんなぼろぼろの状態だった。
 おそらく、小神ガニのハサミにやられたのだろう。
 切り傷や細かな傷だらけで、服も所々破れている。

「小神ガニは魔神ガニの魔力で成り立っていたからな。
 大本が消えれば、消滅する。
 ニコ、ニーナ、ゲオ、三人だけでよくやった。
 オマエらが小神ガニを引き受けてくれたから、俺たちは魔神ガニに集中できた。ありがとな」

 ジルコはニコとニーナの頭をなでた。
 二人は照れ臭そうに笑いながら、それを享受している。
 彼らの健闘がなければ、魔神ガニを倒すのはもっと大変だったろう。
 その健闘を称え、心を込めて回復魔法をかけた。
 
「みんな、お疲れ様!
 大変だったけど、支配者級の魔物を倒せたし
 たぶんスタンピードも落ち着くんじゃないかな?
 そろそろ波の時間なのに、魔物が湧く様子はないし」

 湖の中も、空洞内も静まり返っている。
 魔物が発生する様子はない。

「おそらく海の中にあるダンジョンから、ここへ入り込んじまったんだろう。
 普通の魔神ガニはだが、今日のは別格だった。
 支配者級に進化した魔物かもな。
 なんにせよ、魔物素材と魔石を見せれば、ギルドも納得するだろ」

「二つとも、びっくりする大きさですからね。
 ドヤ顔でロックスさんに見せつけましょう!」

 意気揚々と海辺の洞窟から出る。
 ここまで一匹も魔物はいなかった。
 やはり、スタンピードは終わったのだ。
 やっと待ち望んだ新鮮な海産物にありつける!
 そう思うと、本部の天幕へ向かう足取りは、早歩きになった。
 その結果、砂浜で転び、砂まみれになる。
 しかし!そんなことにへこたれず、浄化魔法をかけ、本部の天幕へ急ぐのだった。




 
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