20 / 77
20.朝のグラメンツを歩きます
しおりを挟むエリアーナは今感動していた。
風呂上り、夜空を眺めながら、腰に手を当ててよく冷えた牛乳を飲んでいる。
もちろん、浴衣姿だ。
「プハーッ!たまらん!」
この町に来てからまだ1日も経っていない。
しかし、すでにエリアーナはこの町がかなり気に入っているのだった。
ジルコがとってくれた宿は、温泉街ではなく冒険者街にあった。
1階が食堂で、2階と3階が宿屋となっており、風呂なしだから安いそうだ。
すぐ近くに共同浴場があり、そこを利用すればいいので特に問題はなかった。
嬉しいことに、宿の女主人がユカタの収集が趣味らしく、一部を貸し出していたのだ。
そして、共同浴場の入り口横には、何と瓶入り牛乳の自販機があった。
正式には機械ではなく魔導具なのだが、どこからどう見ても前世でおなじみ『自動販売機』だ。
建物や浴衣、それにこの自販機。
この町を作り上げた転生者の気概を感じる。
自販機に白銅貨を入れ、牛乳を一つ買った。
普通の牛乳のほかに、イチゴ、コーヒー、フルーツまであったのだ。
これはもう日替わりで飲むしかない。
異世界の瓶入り牛乳はさらっとしていて、風呂上りにちょうどいい飲みやすさだった。
「アンタは一体、ここへ何しに来たんだ……。
いくら何でも満喫しすぎだろ」
自販機の隣にある長椅子へ座るジルコは、白けた目でこちらを見てくる。
その手にはしっかり牛乳瓶が握られていた。
「ジルコさんだって、風呂上がりの牛乳
堪能してるじゃないですか!」
「いや、風呂上りに牛乳売ってんの見かけて
買わないやつなんていないだろ。
だからこれは、いいんだ」
屁理屈にごまかされた気がするが、それよりも今は重大なことがある。
ジルコはいつもと変わらぬ見た目だったのだ。
内心、美青年エルフの湯上り浴衣姿を期待していたので少し残念だった。
「……ジルコさんは浴衣借りなかったんですか?」
「借りるわけないだろ。
俺は観光しにここへ来たわけじゃないしな」
そう言われてしまうと、自分がすごく悪いことをしているように感じる。
決して遊び気分というわけではなく、ただ少し浮かれてしまったのだ。
素直に反省した。
「面目ない……。
でも、浴衣かわいくないですか?」
ジルコに浴衣を見せるため、両手を広げ胸を張る。
こちらを向いたと思ったら、すぐに視線を外された。
「……寝るときはそれで寝るなよ」
そう言うとジルコは宿へ帰っていった。
夜だからよく見えなかったが、彼のとがり耳が色付いていた気がする。
どうしてだろうと思い、自分の浴衣を見た。
適当に着すぎたからか、胸元が緩んで谷間が披露されているではないか。
「いや、痴女じゃん!何見せつけてんの、私!」
すぐに浴衣を直し、ジルコのあとを追う。
部屋に戻り謝罪をするが、何だか気恥ずかしい空間となってしまい、その晩はいつもより早く就寝したのだった。
翌朝。
ありがたいことに朝からやっている1階の食堂で朝食を食べる。
冒険者の朝は早いため、それに合わせて朝から営業している店がこの辺りは多いそうだ。
食べ終え、外に出る。
外の通りはすでに冒険者や坑夫のような恰好をした人々で賑わっていた。
『シラディクス山』
それはこの町のどこからでも見える、あの火山のことだ。
冒険者街は町の中でも、より火山へ近い位置にある。
彼らは昨日通った門ではなく、山側の門をこれから潜るのだろう。
「シラディクス山て、たしかダンジョン内で
火属性の魔法石が採掘できるんですよね。
武器や防具への加工もこの町でやっているんですか?」
ジルコの持つ片手剣の柄頭にある緑の魔法石を見ながら聞いた。
エメラルドのように透き通っていて綺麗だ。
「いや、あの山は魔法石は採れるが金属は採れない。
だから武器や防具への加工はしていないはずだ。
たしか、火魔法の補助や強化ができる
装飾品は作っていたと思うぞ。
ま、俺は風魔法しか使えないから
売ってる店に行ったことはないがな」
火魔法は魔力操作を間違うと、大惨事が起きやすい。
なので、火魔法使いは精密な魔力操作が求められる。
その補助をしてもらえるなら、火魔法使いにとってグラメンツのアクセサリーはとてもありがたいのかもしれない。
「火魔法使いの知り合いがいたら
ぜひお土産に買いたいところですね!」
「……アンタ土産を買う相手がいたのか?」
そんな分かり切ったことを聞かないで欲しい。
天涯孤独の身なのを改めて思い知らされる。
「いませんけどね!えぇ!
そんなお方、私には一人もおりませんけどね!
ただの世間話ですよ。一般論です!」
言っていて余計に悲しくなった。
何だか朝からしょげそうだ。
「ま、俺にもいないけどな。
……ほら、行くぞ」
頭にポンポンと温かいものが触れた。
歩き出したジルコの背中が見える。
(今のは……ジルコさんの、手かな)
そう気づくと、少し恥ずかしくて、でもとても嬉しかった。
彼なりに気遣ってくれたのかもしれない。
「はい!はやく冒険者証作りに行きましょう!」
少し走って、ジルコを追いかけた。
それに気づき、こちらを振り向いてくれた。
彼の後ろではなく、隣を歩く。
足取りはとても軽かった。
150
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる