上 下
172 / 175
入学旅行最終日

新しい旅立ち

しおりを挟む
 日々は瞬く間に過ぎてゆく。

 シルヴィア先生とガスティオールの一件で、トリフォンとリューエストは学園に何かの報告を行ったようだが、特に霧たちに取り調べが及ぶということもなく、24班は滞りなく図書塔課題に邁進まいしんすることができた。

 そして8日目の朝、遂に24班は課題の全てを完了した。
 とうとう、古城学園に帰る日が、来たのである。

 あの爽やかな草原に降り立った日は、まだ昨日のことのように思えるのに、同時に遥か過去の出来事のような気がして、霧は寂しさと期待の入り混じった思いで、入学旅行の波乱に満ちた日々を振り返った。そして愛しいこの日々に、さようならを告げる準備を始める。
 
 昼過ぎ、図書塔前に集合した彼らは、課題の達成に声を上げて笑い合った。そこには24班の面々が、誰一人欠けることなく揃っている。
 霧は伸びをして図書塔を仰ぎ見ながら、叫び声をあげた。

「うっひょおぉぉぉっ~! みんな、お疲れ様ぁっ!! 終わっちゃった、終わっちゃったよ、ええええ、悲しいぃ~~!!」

「何バカなこと言ってるのよ、キリってば。悲しいことないでしょ、嬉しいでしょ!!」

「うん、嬉しいんだけど、だってこれでもう、入学旅行終わりでしょ、それが悲しくて、寂しい。もう少し、みんなと一緒にいたかったな」

「わかりますわ、キリ。でも、なんて晴れやかな寂しさでしょう。ここから始まるのですもの。わたくしたちの、本格的な学園生活が」

「うん、リリー。……みんな一緒のクラスになれたら、いいなぁ。知らない人ばっかのクラスに一人で放り込まれたら、どうしよ。あ、やば、想像しただけでガクブル……」

「大丈夫だよ、キリ。お兄ちゃんが奥の手使ってあげるから……クフフフ……ヒヒヒ……任せといて」

「うおっ……闇リューエスト降臨?! 美形が悪だくみする顔、最高かよ」

「ほっほっほっ、キリ嬢や、心配せずともよい。クラスが分かれたとしても、選択授業では共に学ぶことになるし、定期的に24班で食事を共にしようではないか。お互いの近況を話し合おうぞ」

「あ、それいい、さすがトリフォン、ナイスアイディア!! ねねね、みんな、また一緒に食事してくれる?」

 みんなは力強く頷いて、口々に言った。

「もちろんじゃ。楽しみじゃのぉ」
「もう、しょうがないわね、心細いお子ちゃまのキリに付き合ってあげる! ほんと、世話が焼けるったらないわ」
「うふふ、楽しみですわ。さっそく明日、約束しましょうよ」
「僕はぁ~、朝昼晩おやつ、全部、キリと一緒に摂るから! 無問題!!」
「いつでも声をかけてくれ。最優先とはいかないが、できるだけ合わせる」

 みんなの言葉を聞いて、霧は泣きそうになってきた。

「うっうっ……ありがと、みんな。ほんと、ありがと。入学旅行、みんなと一緒に回れて、ほんと、良かった。う、う、う……」

 霧は泣きそう……ではなく、本当に泣いてしまった。それを見て、アデルが呆れた声を上げる。

「え、泣くの?! 泣いてるの、キリ?! もう、ほんとに赤ちゃんなんだから! さ、いつまでもべそかいてないで、しゃんとしなさいよ! ちゃっちゃと古城学園の位置を調べるわよ。きっと私たちが一番帰還だわ。まだ8日目だもん。歴代入学旅行の帰還最短記録は、10日。私たち、記録破りね! お父さんに自慢しよっと!!」

 そう言うアデルも、目に涙を浮かべている。
 そのとき、霧の『辞典』からソイとレイの双子が現れ、にっこり笑って言った。

《ダリアが、迎えに来た》
《ホラ、『繋がりの塔』の向こう。見て、霧》

「えっ?! ええええっ?! うあおおう、こここ、古城学園、キタコレぇっ!!」

 双子の姿はもちろん霧にしか見えないし、声が聞こえるのも、辞典主の霧にだけだ。そのため、24班のみんなは、霧の奇声と指し示す方を見て驚いた。晴れ渡った青い空に、魔法士学園の壮麗な姿が、浮かんでいる。

「おお、まことに。あれに見えるは古城学園ではないか!」

「うわぁ、これあれじゃない、僕と霧のお揃いヘアゴムの、ラッキー効果!! やったね、探す手間、省けた!!」

「ええっ、こんなことある?! 本当にそのヘアゴムの効果だとしたら、ささやかどころじゃない超ラッキーアイテムじゃない。10万個に1個の確率でラッキー効果が百倍になる大当たり商品が紛れてるって噂、本当かも……」

「ひゅげあああああああっ(すごい、最高、素敵、上がる)!!!!!!」

 奇声を上げる霧を辛辣な目で見ながら、アデルがこぼす。

「もしキリと一緒のクラスになったら、散々その奇声を聞かされるわけね。どうしよ、私、キリと従姉いとこだからって、他の生徒から同じ変人の目で見られたら心外だわ」

 そう言って困ったように顔をしかめるアデルの目には、言葉とは裏腹に、霧に対する親愛が宿っている。それを感じた霧は、アデルに笑顔を向けながら言った。

「あたしは、アデルと同じクラスになれたら、みんなに自慢するんだぁ。実はあたし、このめちゃ可愛かわアデルの従姉です!いいでしょ、すごいでしょ、って!!」

「うげっ……」

「僕も自慢するんだぁ。アデルは僕の従姉だし、キリはなんと僕の双子の妹なんだよ、すごいでしょ!!って!! うふふ、楽しみだなぁ、学園生活、すぐそばでキリの活躍を見ていられるなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう! さあみんな、学園に帰ろう!!」

 みんなは一斉に頷き、笑いさざめきながら言読町ことよみちょうを歩き出した。
 図書塔から離れ、365ページ広場を抜け、『繋がりの塔』を目指す。
 霧はその道中、何一つ忘れまい、と言読町ことよみちょうの素晴らしい眺めの数々を、目に焼き付けながら歩いた。
 そして『繋がりの塔』に辿り着いた24班一行は、塔内を通って自力飛行者専用ポートに出ると、めいめい『辞典』を広げた。

 みんなが飛び立つ中、霧の『辞典』からはまたもや双子が現れ、嬉しそうに言った。

《やっと帰れる。ああ、嬉しい。3年ぶりよ》
《霧、入学旅行無事終了、おめでとう》

「ありがとう。二人とも、これからもよろしくね」

《もちろん。私たちからも、お願いするわ。これからもよろしく、霧! ……あっ!》

 双子が驚きの声を上げた瞬間、何かおかしな気配が、体中を突き抜けた気がした。

「……んんっ?! あれ、今の何?!」

 双子はしっかり手を繋ぎながら、霧を見上げて喜びに顔を輝かせる。

《たった今、『星の辞典』が、帰ってきた!》
《懐かしい友、孤高のククルモカが!!》

「え? それ、なんか聞いたことのあるような……何だっけ」

《『星の辞典』は、三冊の『竜辞典』の一つ。賢竜けんりゅうが宿ってる》
《ククルモカは、適合者を見つけて、日本から帰還した!! 今、学園にいる》

「おおおお、すごい!! やった、適合者、どんな人だろ?! 友達になれるかなぁ」

 霧の独り言のように聞こえる言葉に、黙って耳を傾けていたリューエストが、訊いてくる。

「どうしたの、キリ? と話してるんだね? なんて?」

 その場には霧とリューエストの二人しかいない。他のみんなはもう飛び立ち、空高く上がっているからだ。そのため、霧はためらいなくリューエストに答えた。

「『竜辞典』の一つ、『星の辞典』が今、学園に帰って来たって。これで、失われた三冊のうち二冊が、戻ってきた!」

 リューエストはそれを聞いて破顔した。

「ああ、それは吉報だね! やっぱりさっきの気配は、また『世界事典』に上書きが施された気配だったんだね」

「リューエストも気付いたんだね、そうらしいよ。リューエスト、これであと一冊だ。あと一冊、戻ってきたら、チェカを迎えに行ける!」

 リューエストの華やかな美貌が、霧に向かって鮮やかに咲きほころぶ。彼は頷くと、晴れやかに言った。

「さあ、帰ろう、霧! 共に、学園に!」

「うん、リューエスト。帰ろう、学園に!」

 霧はリューエストに笑顔を返し、『辞典』を開けた。
 二人は同じ言葉を選び出し、立体ホログラムに乗せてゆく。
 準備が整った二人は、目を見交わし頷きあうと、共に飛び立った。

 ――目指すは、古城学園。

 霧は顔を上げ、はちきれんばかりの喜びで顔を輝かせた。

 悲しい日々は、もう遠い過去のこと。
 苦難は浄化され、生まれの呪いはその効力を失った。
 胸の奥の渇いた泉には、今、豊かな美しい水であふれている。
 愛と希望という、ありふれた、人にとって最も必要な光で、満ちている。

 キラキラと、古城学園が眩しく輝く。
 心地よい風が、歓迎するように霧を空へと舞い上げた。

「あは、あははははは、ねえリューエスト、すごい気持ち良い風!」

「うん、何だか誰かが、手伝ってくれてるみたいだよ!」

 二人は笑いさざめきながら、ひたすら上昇した。
 空飛ぶ古城学園は、もう目の前。

 入学旅行は終わりを告げ、
 今、新しい日々が、始まろうとしていた。





    < 終わり >
   
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

外れスキルで異世界版リハビリの先生としてスローライフをしたいです。〜戦闘でも使えるとわかったのでチーム医療でざまぁすることになりました〜

k-ing ★書籍発売中
ファンタジー
 使い方がわからないスキルは外れスキルと言われているこの世界で、俺はスキルのせいで家族に売られて奴隷となった。  そんな奴隷生活でも俺の面倒を見てくれる第二の父親と言える男に出会った。  やっと家族と思える人と出会ったのにその男も俺が住んでいる街の領主に殺されてしまう。  領主に復讐心を抱きながらも、徐々に体力が落ち、気づいた頃に俺は十歳という若さで亡くなった。  しかし、偶然にも外れスキルを知っている男が俺の体に転生したのだ。  これでやっと復讐ができる……。  そう思った矢先、転生者はまさかのスローライフを望んでいた。  外れスキル【理学療法】で本職の理学療法士がスローライフを目指すと、いつのまにか俺の周りには外れスキルが集まっていた。  あれ?  外れスキルって意外にも戦闘で使えちゃう?  スローライフを望んでいる俺が外れスキルの集まり(チーム医療)でざまぁしていく物語だ。 ※ダークファンタジー要素あり ※わずかに医療の話あり ※ 【side:〇〇】は三人称になります 手軽に読めるように1話が短めになっています。 コメント、誤字報告を頂けるととても嬉しいです! 更新時間 8:10頃

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!

ree
ファンタジー
 波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。  生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。  夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。  神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。  これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。  ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。

1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません

水川サキ
恋愛
「僕には他に愛する人がいるんだ。だから、君を愛することはできない」 伯爵令嬢アリアは政略結婚で結ばれた侯爵に1年だけでいいから妻のふりをしてほしいと頼まれる。 そのあいだ、何でも好きなものを与えてくれるし、いくらでも贅沢していいと言う。 アリアは喜んでその条件を受け入れる。 たった1年だけど、美味しいものを食べて素敵なドレスや宝石を身につけて、いっぱい楽しいことしちゃおっ! などと気楽に考えていたのに、なぜか侯爵さまが夜の生活を求めてきて……。 いやいや、あなた私のこと好きじゃないですよね? ふりですよね? ふり!! なぜか侯爵さまが離してくれません。 ※設定ゆるゆるご都合主義

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

婚約者と兄、そして親友だと思っていた令嬢に嫌われていたようですが、運命の人に溺愛されて幸せです

珠宮さくら
恋愛
侯爵家の次女として生まれたエリシュカ・ベンディーク。彼女は見目麗しい家族に囲まれて育ったが、その中で彼女らしさを損なうことなく、実に真っ直ぐに育っていた。 だが、それが気に入らない者も中にはいたようだ。一番身近なところに彼女のことを嫌う者がいたことに彼女だけが、長らく気づいていなかった。 嫌うというのには色々と酷すぎる部分が多々あったが、エリシュカはそれでも彼女らしさを損なうことなく、運命の人と出会うことになり、幸せになっていく。 彼だけでなくて、色んな人たちに溺愛されているのだが、その全てに気づくことは彼女には難しそうだ。

夢のテンプレ幼女転生、はじめました。 憧れののんびり冒険者生活を送ります

ういの
ファンタジー
旧題:テンプレ展開で幼女転生しました。憧れの冒険者になったので仲間たちとともにのんびり冒険したいとおもいます。 七瀬千那(ななせ ちな)28歳。トラックに轢かれ、気がついたら異世界の森の中でした。そこで出会った冒険者とともに森を抜け、最初の街で冒険者登録しました。新米冒険者(5歳)爆誕です!神様がくれた(と思われる)チート魔法を使ってお気楽冒険者生活のはじまりです!……ちょっと!神獣様!精霊王様!竜王様!私はのんびり冒険したいだけなので、目立つ行動はお控えください!! 初めての投稿で、完全に見切り発車です。自分が読みたい作品は読み切っちゃった!でももっと読みたい!じゃあ自分で書いちゃおう!っていうノリで書き始めました。 【5/22 書籍1巻発売中!】

処理中です...