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六章 入学旅行六日目
6-05b ランチデートとプレゼント 2
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包み紙を開けて、中身を目にした霧は、驚きのあまり息を止めた。
(……これっ……、ルル姫の、魔法の杖……!!)
それは霧が子供のころ、ずっと欲しかった、オモチャの魔法の杖だった。
全長30㎝ほどの杖の先には王冠の飾りが付いていて、あちこちにキラキラした宝石や、花や星やリボンが散りばめられている。
当時はやっていた子供向けアニメの、「フェアリープリンセス・ルル」。
同年代の女の子たちは、みんなこのアニメに夢中で、親にせがんで様々なグッズを買ってもらっていた。中でもこの魔法の杖は、女の子たちの羨望の的だった。
それを持ってプリンセスルルごっこをしている子供たちを、霧はいつも、遠くからこっそり見つめていた。当然、霧は仲間には入れてもらえない。何一つグッズを持っていない上に、ボロボロの汚れた服を着た、オドオドした目の奇妙な子供だった霧は、みんなに避けられていた。
振り回せば音が鳴り、光が色鮮やかに輝く、魔法の杖。
可愛くて、綺麗で、素敵だった。
欲しかった。とても欲しかった。
あれが手に入れば、どこか遠くの世界へ連れて行ってもらえるような気がした。
恐ろしい父親の元から、救い出してもらえるような気がした。
別の自分になれるような、気がした。
その、希望と憧れの詰まった魔法の杖が、手に入らなかった夢が、今、目の前にある。
霧は震える手でパッケージごと手に取り、食い入るように見つめていた。
「あ……あ……これ……」
「あのね、『市場迷宮』でさ、僕、『霧が子供の頃、欲しかったものを探したい』って念じたんだよ。そしたら、何だか不思議なおもちゃ屋さんに辿り着いてね……あの……これ、どうかなって……」
「あ……」
霧の目に、ドッと涙があふれ出した。
「キ、キリ、そそそそ、そんなに?! ……泣くほど?! え……それ、嬉し涙、だよね……? あ……もしかして、欲しくなかった? 自力で手に入れたかった?」
霧は慌てて首を振ると、涙を拭いながら、掠れる声を紡いだ。
「リューエスト、ありがと……ありがと、ありがと……これ、すごく欲しかった、嬉しい、すごく、嬉しい! ……でも……」
涙を止めようとしたが、できそうになかった。色んな思いが交錯して、涙と共にあふれ出してゆく。霧はリューエストからの贈り物をギュッと抱きしめ、嗚咽と共に声を絞り出した。
「リューエスト、あたし、ごめんね、本物の、妹じゃなくて、あたし、ごめんね……こんなに、してもらって、あたし、申し訳なくて……。そんな資格、あたしには……」
うつむいて泣きじゃくる霧には、リューエストがどんな表情をしているか、わからなかった。怖くて、それを知ることもできなかった。
ただ、何となく、リューエストが怒っている気配が伝わってくる。
「何、言ってるの……」
静かなリューエストの声が、霧の耳に届く。彼の声は、震えていた。
「何言ってるの、キリ。君が、申し訳ないなんて思う必要は、1ミリも無い」
「でも、でもっ……あたしはっ……りゅ、竜が、連れてきてくれた……日本の……」
続きを遮るように、リューエストが小さく叫ぶ。
「僕の記憶はね、まぎれもなく僕自身の感情で編み上げられた、本物なんだよ。君は僕の、奇跡そのもの。妹なんてありふれた存在ですら、遥かに超えた、大切な大切な、僕の、キリ・ダリアリーデレ」
リューエストの声には力がこもり、そこには確かに、深い愛情が息づいていた。
彼は涙を拭う霧の右手を取ると、ギュッと自分の両手の中に握りしめ、囁いた。
「ありがとう、霧。僕の妹になってくれてありがとう。目覚めてくれてありがとう。――この世界に来てくれて、ありがとう」
思わず顔を上げた霧は、潤んだ瞳のリューエストと、目を見交わした。彼は泣き笑いのような表情で微笑むと、言葉を続けた。
「君が古城学園から降り立ったあの日。僕はね、竜が『世界事典』を上書きする以前の記憶を、少し思い出したんだ。そこにはね、別の僕がいた。冷めた目で世界を見て、人間より言獣を愛してる、クールな僕がね。あの自分に戻りたいと、僕はまるで思わないんだ。だって、全然違うんだよ。今の方が、すごく幸せなんだ、キリ。君が僕の妹として生まれ、共に育ち、今、こんなに傍にいる。僕は以前よりずっとずっと、この世界を愛してるんだ。君のいる、この世界を」
話しているうちに感情が昂ってきたらしく、リューエストの瞳から涙がこぼれた。彼はそれを拭いもせず、一言一言に力を込め、言葉を続けた。
「だからお願いだ、二度と、本物じゃないなんて、言わないでくれ。共に育った小さなキリ・ダリアリーデレも、今、目の前にいる君も、僕にとっては紛れもなく本物の君。僕は生涯、君を守る権利を持つ。僕はそれを、決して手放さない――永遠にね」
リューエストの声が、じんわりと、霧の心に沁み込んでいく。
不思議だった。
男性恐怖症ともいえる自分が、男性に手を取られて嫌悪感を覚えない、なんて。今までの霧なら、とっくに手を払っていただろう。
(そういえば、リューエストに触れられてゾッとしたこと、一度もない……。当たり前っちゃ当たり前……かな? だって、彼はかつて、アデルの次にあたしの推しだった。ううん、推しだったから、じゃない。だってここに来てすぐ、リューエストはなんか違う、って思ってた。『クク・アキ』に出てきた彼じゃないって……)
――きっと。
霧は思った。
きっと、リューエストの愛情に、一切の濁りがないからだろう、と。
彼からは性的な下心や嫌らしさを、まるで感じない。彼の美貌は性別を超えているし、双子という設定のせいなのか、リューエストから醸し出される愛情には、あらゆる性的な嫌悪感が含まれていない。だからこそ、天眼・慧眼を宿したリューエストに「妖精柄のパンツ」を見られた時も、さほどショックを受けなかったのだ。
霧はそれに気付き、改めて驚いた。
男性に手を取られて平気どころか、嬉しい、心地よい、照れる、と感じる日が来ようとは。そんな日は、生涯来ないと、そう思っていたのに。最悪の父親を持ち、そのトラウマに苦しむ霧にとって、人類の半分は、ほぼ敵、だったのだから。だからこそ、アニメや漫画の、二次元の中にしか、愛する対象を見いだせなかったのだから。
初めて味わう感覚は新鮮で、底知れぬ感動を秘めていた。
そうして固まっている霧の手を、リューエストが誤解して、パッと放す。
「あ、ごめん、キリ。触れられるの、嫌いだったね。ごめんね……。き、気持ち悪いとか、言わないで、お願い、お兄ちゃんはさ、キリの嫌がること、絶対しない。絶対だよ、だから信じて」
あきらかに意気消沈し、震える声でそう言ったリューエストの手を、霧はもう一度自分から握った。驚いたリューエストが、パッと顔を上げて霧を見つめる。リューエストの目に映る霧は、泣きながら笑っていた。
(……これっ……、ルル姫の、魔法の杖……!!)
それは霧が子供のころ、ずっと欲しかった、オモチャの魔法の杖だった。
全長30㎝ほどの杖の先には王冠の飾りが付いていて、あちこちにキラキラした宝石や、花や星やリボンが散りばめられている。
当時はやっていた子供向けアニメの、「フェアリープリンセス・ルル」。
同年代の女の子たちは、みんなこのアニメに夢中で、親にせがんで様々なグッズを買ってもらっていた。中でもこの魔法の杖は、女の子たちの羨望の的だった。
それを持ってプリンセスルルごっこをしている子供たちを、霧はいつも、遠くからこっそり見つめていた。当然、霧は仲間には入れてもらえない。何一つグッズを持っていない上に、ボロボロの汚れた服を着た、オドオドした目の奇妙な子供だった霧は、みんなに避けられていた。
振り回せば音が鳴り、光が色鮮やかに輝く、魔法の杖。
可愛くて、綺麗で、素敵だった。
欲しかった。とても欲しかった。
あれが手に入れば、どこか遠くの世界へ連れて行ってもらえるような気がした。
恐ろしい父親の元から、救い出してもらえるような気がした。
別の自分になれるような、気がした。
その、希望と憧れの詰まった魔法の杖が、手に入らなかった夢が、今、目の前にある。
霧は震える手でパッケージごと手に取り、食い入るように見つめていた。
「あ……あ……これ……」
「あのね、『市場迷宮』でさ、僕、『霧が子供の頃、欲しかったものを探したい』って念じたんだよ。そしたら、何だか不思議なおもちゃ屋さんに辿り着いてね……あの……これ、どうかなって……」
「あ……」
霧の目に、ドッと涙があふれ出した。
「キ、キリ、そそそそ、そんなに?! ……泣くほど?! え……それ、嬉し涙、だよね……? あ……もしかして、欲しくなかった? 自力で手に入れたかった?」
霧は慌てて首を振ると、涙を拭いながら、掠れる声を紡いだ。
「リューエスト、ありがと……ありがと、ありがと……これ、すごく欲しかった、嬉しい、すごく、嬉しい! ……でも……」
涙を止めようとしたが、できそうになかった。色んな思いが交錯して、涙と共にあふれ出してゆく。霧はリューエストからの贈り物をギュッと抱きしめ、嗚咽と共に声を絞り出した。
「リューエスト、あたし、ごめんね、本物の、妹じゃなくて、あたし、ごめんね……こんなに、してもらって、あたし、申し訳なくて……。そんな資格、あたしには……」
うつむいて泣きじゃくる霧には、リューエストがどんな表情をしているか、わからなかった。怖くて、それを知ることもできなかった。
ただ、何となく、リューエストが怒っている気配が伝わってくる。
「何、言ってるの……」
静かなリューエストの声が、霧の耳に届く。彼の声は、震えていた。
「何言ってるの、キリ。君が、申し訳ないなんて思う必要は、1ミリも無い」
「でも、でもっ……あたしはっ……りゅ、竜が、連れてきてくれた……日本の……」
続きを遮るように、リューエストが小さく叫ぶ。
「僕の記憶はね、まぎれもなく僕自身の感情で編み上げられた、本物なんだよ。君は僕の、奇跡そのもの。妹なんてありふれた存在ですら、遥かに超えた、大切な大切な、僕の、キリ・ダリアリーデレ」
リューエストの声には力がこもり、そこには確かに、深い愛情が息づいていた。
彼は涙を拭う霧の右手を取ると、ギュッと自分の両手の中に握りしめ、囁いた。
「ありがとう、霧。僕の妹になってくれてありがとう。目覚めてくれてありがとう。――この世界に来てくれて、ありがとう」
思わず顔を上げた霧は、潤んだ瞳のリューエストと、目を見交わした。彼は泣き笑いのような表情で微笑むと、言葉を続けた。
「君が古城学園から降り立ったあの日。僕はね、竜が『世界事典』を上書きする以前の記憶を、少し思い出したんだ。そこにはね、別の僕がいた。冷めた目で世界を見て、人間より言獣を愛してる、クールな僕がね。あの自分に戻りたいと、僕はまるで思わないんだ。だって、全然違うんだよ。今の方が、すごく幸せなんだ、キリ。君が僕の妹として生まれ、共に育ち、今、こんなに傍にいる。僕は以前よりずっとずっと、この世界を愛してるんだ。君のいる、この世界を」
話しているうちに感情が昂ってきたらしく、リューエストの瞳から涙がこぼれた。彼はそれを拭いもせず、一言一言に力を込め、言葉を続けた。
「だからお願いだ、二度と、本物じゃないなんて、言わないでくれ。共に育った小さなキリ・ダリアリーデレも、今、目の前にいる君も、僕にとっては紛れもなく本物の君。僕は生涯、君を守る権利を持つ。僕はそれを、決して手放さない――永遠にね」
リューエストの声が、じんわりと、霧の心に沁み込んでいく。
不思議だった。
男性恐怖症ともいえる自分が、男性に手を取られて嫌悪感を覚えない、なんて。今までの霧なら、とっくに手を払っていただろう。
(そういえば、リューエストに触れられてゾッとしたこと、一度もない……。当たり前っちゃ当たり前……かな? だって、彼はかつて、アデルの次にあたしの推しだった。ううん、推しだったから、じゃない。だってここに来てすぐ、リューエストはなんか違う、って思ってた。『クク・アキ』に出てきた彼じゃないって……)
――きっと。
霧は思った。
きっと、リューエストの愛情に、一切の濁りがないからだろう、と。
彼からは性的な下心や嫌らしさを、まるで感じない。彼の美貌は性別を超えているし、双子という設定のせいなのか、リューエストから醸し出される愛情には、あらゆる性的な嫌悪感が含まれていない。だからこそ、天眼・慧眼を宿したリューエストに「妖精柄のパンツ」を見られた時も、さほどショックを受けなかったのだ。
霧はそれに気付き、改めて驚いた。
男性に手を取られて平気どころか、嬉しい、心地よい、照れる、と感じる日が来ようとは。そんな日は、生涯来ないと、そう思っていたのに。最悪の父親を持ち、そのトラウマに苦しむ霧にとって、人類の半分は、ほぼ敵、だったのだから。だからこそ、アニメや漫画の、二次元の中にしか、愛する対象を見いだせなかったのだから。
初めて味わう感覚は新鮮で、底知れぬ感動を秘めていた。
そうして固まっている霧の手を、リューエストが誤解して、パッと放す。
「あ、ごめん、キリ。触れられるの、嫌いだったね。ごめんね……。き、気持ち悪いとか、言わないで、お願い、お兄ちゃんはさ、キリの嫌がること、絶対しない。絶対だよ、だから信じて」
あきらかに意気消沈し、震える声でそう言ったリューエストの手を、霧はもう一度自分から握った。驚いたリューエストが、パッと顔を上げて霧を見つめる。リューエストの目に映る霧は、泣きながら笑っていた。
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