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五章 入学旅行五日目

5-07b シルヴィアの企み 2

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 シルヴィアはその美しい微笑みを崩さず話を続けた。

「竜に選ばれた者。あなたの手にあるのは、『竜辞典』の一つね?」

 それには答えず、霧は静かに言葉を紡ぐ。話の流れとは無関係の、ある言葉を。

「女性のいなくなった殺伐さつばつとした世界で……」

 霧の放ったそのフレーズに、シルヴィアが一瞬わずかに表情を崩す。
 しかし彼女はすぐに元の微笑みを浮かべると、面白そうに口に手を添え、霧のセリフの続きを引き継いだ。

「残された男たちが醜く足掻あがく姿を、見てみたいものだわ……」

 その一連の言葉は、かつてまだチェカが学園にいたころ、彼との会話の中でシルヴィアが口にしたセリフだ。霧はそれを、チェカの書いた物語、『クク・アキ』最新刊を通して目にしたのだ。
 シルヴィは当然、彼女自身が放ったその言葉を覚えていた。それは女児の出生率の低下という、人類存続の危機の気配に対する、シルヴィアの率直な感想だ。その思いはきっといつも、心の中にくすぶる熾火おきびのように、消えずに燃え続けてていたのだろう。

 二人が今、続けて再現したそのセリフは、まるで合言葉のようにカチッと合わさり、二人の間に不思議な連帯感を芽生えさせる。
 ミステリアスな微笑をたたえるシルヴィアに、霧は続けて言った。

「あたしも思ったよ。このまま女の子の生まれる確率がどんどん減って、やがて女性がこの世界から消えた時――女という虐げる対象を失くした男たちが、共食いしながらじわじわ滅んでいくのを、ざまあみろとほくそ笑み、ポテチ片手に高みの見物をしてみたいところだ――ってね」

 それを聞いて、シルヴィアは嬉しそうに、破顔した。

「まあ……うふふ、いいわね! 素敵! わたくしたち、とても気が合いそうね。嬉しいわ、キリ。ねえ、あなたは……わたくしと、同じくらいの年齢かしら?」

「多分ね。美魔女先生と比べたら、とてもそんな風に見えないけどね」

「まあ、嬉しいわ! ねえ、お友達になってくださらない? わたくし、女性の友人がいないのよ。なぜかしら、みんな冷たい目でわたくしを避けるの」

「まあ、ズバリ言うとその美貌のせいだね。隣に立ったら、完全引き立て役で辛いもんね。ついでにパートナーも取られるかもしれないしね。あたしはそんなことどうでもいいし、友達になれるもんならなりたいけど。……だけどねぇ、シルヴィア先生」

「なあに?」

「なんであたしに、けしかけたの? この、イサナを」

「あら、違うわ。キリは勘違いをしていてよ。仕方ないわね、うふふ……教えてあげる。ターゲットの近くに、たまたま、あなたがいたのよ。24班は、本当に仲がいいわね。競技場でのプレイも、見事だったわ。本当に羨ましい。わたくしの入学旅行の際は……」

 何か嫌な記憶を掘り起こしたらしく、シルヴィアは悩まし気に溜息をついた。憂いに満ちたその表情がまた、釘付けになるほど美しく魅力的だ。
 霧は逸れた話を引き戻し、続けた。

「つまり、シルヴィア先生のターゲットは24班の誰かというわけか。でも、当然、周りにいた無関係の人々が手当たり次第に襲われることも、分かっていたんでしょ? で、その狙いは、何なの? お友達になるなら信頼感が必要だよねぇ、殺されかけた身としては、経緯いきさつが知りたいなぁ」

「仕方なかったのよ、だってわたくし、攪乱かくらん要員だったのだもの。組織に従わないと、わたくし自身の身が危ないの。わたくし、脅されているの。保身のためよ。だからどうか、わたくしを助けてちょうだい、キリ」

「攪乱? 何のための?」

 シルヴィアはまたもや、ゾッとするほど美しい微笑みを浮かべた。

「ねえ、キリ……取り引きしましょ。わたくしを見逃してちょうだい。そうしたら、あなたの真実を、黙っていてあげる」

「あたしの何を、黙っているって?」

「わたくしの先程のセリフは、チェカにしか、言ったことがないの。ねえ、キリ、あなたはチェカを知っている。失踪後のチェカを。そうでしょ?」

「うん、チェカはあたしの叔父さんだからね、当然知ってるよ。夢の中で、何度も会ってるしね。あたし、ずっと眠っててさ、その間に、チェカとシルヴィア先生の会話も見たんだよねぇ」

「彼、で元気にしてた? あの時は油断しちゃったわ。チェカがわたくしを攻撃するはずないからって、のんびりしてたら、逃がしちゃって。まさか、『竜辞典』と一緒に消えちゃうなんて、ね……思わなかったの。うふふ、さすがわたくしの幼なじみ。彼、昔からかくれんぼがうまかったのよ」

「へえ? シルヴィア先生がいつも鬼役? そりゃ怖い。だから帰ってこないのかな? チェカ叔父さんには早く帰ってきて欲しいよ。アデルが可哀相だしね」

 かみ合ってるように見えて微妙にかみ合わない二人の会話。見事に、腹の探りあいだ。
 霧はそれとなくシルヴィアに真実を匂わせながらも、あくまで自分は「ずっと眠っていたキリ・ダリアリーデレ」を白々しく演じていた。霧自身としては、こんなまだるっこしいことをせずにずばり正体をばらして腹を割ってシルヴィアと話し合ってみたかったが、レイが心配しているので実行には移さなかった。
 その飄々とした霧の様子を見て、シルヴィアは痺れを切らしたように話の流れを変える。

「この赤いたま、何かわかって?」

 シルヴィアは右手に不思議な球を持っていた。それはテニスボールぐらいの大きさで、赤く光り輝いている。

「キリ、どうか、そこから動かないで。少しでも動いたら、これを握りつぶすわ。そうしたら、スイッチが入るの。地上階の自爆システムを作動させるスイッチが、ね。そうなの。わたくし、この図書塔を崩壊させようとしているの、うふふ」

(うふふ、って……)

 霧は背中に冷たいものが走るのを感じながら、掠れた声を出した。

「恐ろしい人だね、シルヴィア先生。どうして……」

 どうして――霧の言葉の続きを予測して、シルヴィアは言葉を紡ぐ。次の瞬間、二人は同時に声をあげた。

「どうして、そんな酷いことを? そうね、たくさんの人が死ぬわね、わかっていてよ。でも、命じられたことなの、仕方ないの。わたくし、脅されているんですもの」
「どうしてそんなに泣いてるの? 何が悲しいの?」

 霧の言葉は、シルヴィアの予測とはまるで違った。
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