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四章 入学旅行四日目
4-01a 二人の主 1
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入学旅行4日目、早朝。
霧はベッドの上で身じろぎし、何かの気配を感じてそっと目を開けた。
誰かがソファにが座り、霧の作ったストーリードームを眺めている。5~6歳ぐらいの女の子だ。薄茶色の髪を三つ編みにして、両肩に垂らしている。
それは『竜辞典』の主ソイフラージュにそっくりな、レイという少女だった。
《ごめん、起こしちゃった?》
霧の視線に気付いたレイが、話しかけてくる。霧はゆっくり体を起こしながら、首を振った。
「あ、いや、いいんだよ。昨日は疲れて早々に寝ちゃったから、さっきからうっすら目が覚めてたんだ。それにどのみち、もう起きる時間。今日は早くから図書塔に出かけるから」
そう言いながら霧はベッドの端に座り、レイと向き合った。
「あのさ、レイ、昨日はありがとね。おかげで、アデルを見つけられた。迷宮主と話ができるなんて、レイってすごいね、ほんと」
霧の言葉に、レイはうっすらと微笑みを浮かべた。
《すごいのは迷宮主の方。迷宮主はすべての世界・存在に波長を合わせられるから、わたしの呼びかけにも気付いてくれた》
レイは一旦言葉を途切らせると、消え入りそうなかすかな声で、続けた。
《…………わたしは、はみ出してしまった、半端者なの。消滅するはずだったのに……『辞典』に、取り込まれてしまった……。ソイの、おまけみたいなもの……。もう、終わらせたいの……存在……することを》
悲しい言葉とは裏腹に、レイの表情には何の感情も浮かんでいなかった。苦悩することに疲れ果てたというように、無表情で虚空を見つめるレイの様子に、霧は胸を突かれる。
「ど、ど、どうして……どうして、そんな、おまけだなんて……。レイは、ソイフラージュと双子の姉妹なんでしょ? ……ハッ……もしかして、二人、仲が悪いの?!」
レイは首を振った。
《ソイは、知らないの。わたしが『辞典』に宿っていることを。『レイフラージュ』という存在は、永遠に失われたと、思ってる》
「え? ど、どういう、こと?!」
独り言を言うように、ボソボソとした口調で、レイは続けた。
《はみ出してしまったわたしは、ソイと同じ場所を共有できなかった。わたし側からはすべてを見ることができるけど、ソイも辞典妖精もわたしを発見できない。わたしの声も、届かない。だから、『辞典』の中でわたしは、ずっと一人だった。……あなたが、わたしを見つけるまで》
「え……一人で、いたの? ずっと? まさか、1500年以上?!」
こくん、と、レイが頷く。
霧は彼女の孤独を思い、茫然とした。1500年以上も続く、孤独。自分なら、とっくに発狂しているだろう、と。
虚ろな瞳のレイを労わるように見つめ、霧はかすれた声を出す。
「……あ、あのさ、ソイフラージュに何か伝えたいことがあるなら、あたしを使ってよ。何でもやるよ。もしそれで……」
霧は一瞬、言い淀んだ。レイの言った、『存在を終わらせたい』という言葉があまりにも重く、発音することすら躊躇われたために。
その気持ちを、そう思わざるを得なかった慟哭に満ちた人生を、霧もまたよく知っている。だからこそ、この今にも消えてしまいそうなレイを、その悲しみを、見ぬふりをして通り過ぎることなど、できなかった。
霧はその思いに突き動かされるように、喉に詰まった言葉をたどたどしく紡いでゆく。
「レイ……何があったのか、あたしは知らないし、ありがた迷惑かもしれないけど……、レイのためなら、あたし、何でもやる。うん、何でもやる。よし、さっそくやろう。ね、ソイフラージュと話をしてみようよ。彼女、まだ寝てる? 起こせそう?」
レイは顔を上げると、泣き笑いのような表情で微笑んだ。それを見て、霧の胸にまたもやズキリと、痛みが走る。
レイは一度目をそらすと、再び霧を見つめて静かな口調で言った。
《ソイは、まだ寝てる。起こさなくていい。……いいの、霧。わたしが頼みたいことは、別にある。それは後でいい。今は、入学旅行を優先させて》
最後にソイは《ありがとう、霧。またね》と呟くと、姿を消した。
霧はベッドの上で身じろぎし、何かの気配を感じてそっと目を開けた。
誰かがソファにが座り、霧の作ったストーリードームを眺めている。5~6歳ぐらいの女の子だ。薄茶色の髪を三つ編みにして、両肩に垂らしている。
それは『竜辞典』の主ソイフラージュにそっくりな、レイという少女だった。
《ごめん、起こしちゃった?》
霧の視線に気付いたレイが、話しかけてくる。霧はゆっくり体を起こしながら、首を振った。
「あ、いや、いいんだよ。昨日は疲れて早々に寝ちゃったから、さっきからうっすら目が覚めてたんだ。それにどのみち、もう起きる時間。今日は早くから図書塔に出かけるから」
そう言いながら霧はベッドの端に座り、レイと向き合った。
「あのさ、レイ、昨日はありがとね。おかげで、アデルを見つけられた。迷宮主と話ができるなんて、レイってすごいね、ほんと」
霧の言葉に、レイはうっすらと微笑みを浮かべた。
《すごいのは迷宮主の方。迷宮主はすべての世界・存在に波長を合わせられるから、わたしの呼びかけにも気付いてくれた》
レイは一旦言葉を途切らせると、消え入りそうなかすかな声で、続けた。
《…………わたしは、はみ出してしまった、半端者なの。消滅するはずだったのに……『辞典』に、取り込まれてしまった……。ソイの、おまけみたいなもの……。もう、終わらせたいの……存在……することを》
悲しい言葉とは裏腹に、レイの表情には何の感情も浮かんでいなかった。苦悩することに疲れ果てたというように、無表情で虚空を見つめるレイの様子に、霧は胸を突かれる。
「ど、ど、どうして……どうして、そんな、おまけだなんて……。レイは、ソイフラージュと双子の姉妹なんでしょ? ……ハッ……もしかして、二人、仲が悪いの?!」
レイは首を振った。
《ソイは、知らないの。わたしが『辞典』に宿っていることを。『レイフラージュ』という存在は、永遠に失われたと、思ってる》
「え? ど、どういう、こと?!」
独り言を言うように、ボソボソとした口調で、レイは続けた。
《はみ出してしまったわたしは、ソイと同じ場所を共有できなかった。わたし側からはすべてを見ることができるけど、ソイも辞典妖精もわたしを発見できない。わたしの声も、届かない。だから、『辞典』の中でわたしは、ずっと一人だった。……あなたが、わたしを見つけるまで》
「え……一人で、いたの? ずっと? まさか、1500年以上?!」
こくん、と、レイが頷く。
霧は彼女の孤独を思い、茫然とした。1500年以上も続く、孤独。自分なら、とっくに発狂しているだろう、と。
虚ろな瞳のレイを労わるように見つめ、霧はかすれた声を出す。
「……あ、あのさ、ソイフラージュに何か伝えたいことがあるなら、あたしを使ってよ。何でもやるよ。もしそれで……」
霧は一瞬、言い淀んだ。レイの言った、『存在を終わらせたい』という言葉があまりにも重く、発音することすら躊躇われたために。
その気持ちを、そう思わざるを得なかった慟哭に満ちた人生を、霧もまたよく知っている。だからこそ、この今にも消えてしまいそうなレイを、その悲しみを、見ぬふりをして通り過ぎることなど、できなかった。
霧はその思いに突き動かされるように、喉に詰まった言葉をたどたどしく紡いでゆく。
「レイ……何があったのか、あたしは知らないし、ありがた迷惑かもしれないけど……、レイのためなら、あたし、何でもやる。うん、何でもやる。よし、さっそくやろう。ね、ソイフラージュと話をしてみようよ。彼女、まだ寝てる? 起こせそう?」
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レイは一度目をそらすと、再び霧を見つめて静かな口調で言った。
《ソイは、まだ寝てる。起こさなくていい。……いいの、霧。わたしが頼みたいことは、別にある。それは後でいい。今は、入学旅行を優先させて》
最後にソイは《ありがとう、霧。またね》と呟くと、姿を消した。
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