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三章 入学旅行三日目

3-06b 不思議楽しいショッピング 2

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 支払い方法一覧には、「辞典/ククリコ・アーキペラゴ」の他に、「日本円/地球」とある。

(えっ……、え?! 日本円でも、利用できるの?! うそ、なんで?! どうなってんの、コレ?! あれ、円対応、って書かれた注釈がある。「おすすめキー8000円、日本円にしておよそ1万円分の買い物ができる」だって……)

 霧のバッグの中には、日本円の入った財布が入っていて、確か所持金は1万2000円ほどだ。霧は一瞬、日本円を選んだらどうなるか試してみようとしたが、「いやいやいや……」と首を振り、日本円をポチッとしかけた手を、引っ込めた。なぜだかわからないが、直感的に、日本円を選んではいけない気がしたのだ。

「危ない危ない……。好奇心は身を滅ぼす、というではないか……」

 霧はそう呟きながら「辞典/ククリコ・アーキペラゴ」を選び、清算を済ませる。すると鍵の形をした物理的なアイテムが目の前に現れた。手の平に乗るぐらいの大きさで、細かい装飾がほどこされている。

「うわぁ……綺麗……」

 霧はそれを持ってさっそく売り場に戻ると、不思議なヘアゴムを購入した。
 リール叔母さん用に鮮やかな発色の山吹色、リューエスト用に彼の瞳によく似た透明感のある水色、そして自分用に、学園のショートケープに合わせた紺色。
 「大切な家族」へのささやかな贈り物を「色違いのお揃い」で手に入れた霧は、胸の奥からせりあがってくる甘ったるい感情に、涙が出そうになってきた。

(初めてだ……。家族への、プレゼントを買うなんて。リール叔母さん、喜んでくれるかな。リューエストは……何をあげても喜んでくれるだろうな。フフ……)

 渡したときのリアクションを想像して、霧は一人でにんまりした。

(そっか……こんなに、楽しいものなんだ。大切な人への贈り物を買うのって……)

 贈り物を無事購入できた満足感に加え、課題8の攻略クリアに安堵した霧は、次なる探索へと乗り出した。こんな不思議なマーケットに来たのだ、楽しまない手はない、と盛大に鼻息を吹きながら。

 通路に出て欲しいものを頭に思い浮かべると、瞬時に市場内のどこかに飛ばされる。最初は違和感があり多少怖かったが、その不思議な浮遊感に慣れてくると、楽しくてたまらなくなってきた。そうすると、冷静に分析することも可能になり、徐々にコツを掴んでくる。欲しいもののイメージが鮮明であるほど、的確な店の前に飛ばされることがわかり、霧はあちこち探索して楽しんだ。素敵なお店を見つけた時は、入店していくつか買い物もした。リューエストが言っていた通り、妖精の店も見つけ、霧は喜びのあまり頭から湯気を出しそうな心地になった。

 そうしているうちに、この不思議な市場に「潜る」と形容される理由がだんだん分かってくる。一つは、飛ばされている最中に、水中を泳いでいるときのような感覚が起こるため。そして時折、柱のある吹き抜けエリアの見えない、どの階層かわからないところに飛ばされることもあり、そんなときは水底に沈んでいるかのような感覚が湧きおこってくるためだ。

(そういえば、リューエストが昨日言ってたな……『市場迷宮』の中には日本のお店があるって主張してる人がいる……とか……。本当かな? 日本のお店……例えば、うどん屋とか?)

 霧が何気にそう思った途端、景色が一変した。

「あっ……!」

 暖簾のれんのかかった入り口。
 横にスライドする、引き戸。
 古びた木とすりガラスで構成された、明らかに和風のたたずまい。
 出汁だしと醤油のいい匂いが、ふんわり漂ってくる。

「う、う、うどん屋……!!」

 霧の目の前に、道のくぼみにうずもれるように佇む一軒の店。
 それはまぎれも無く、うどん屋だった。

「え……ちょ……。本当にあるとは……。ど、ど、どうしよ……」

 霧は不安に思った。この店に入ったら最後、ククリコ・アーキペラゴに戻ってこられなくなるのでは、と。

「や……それだけは、いやだ。それはまずい。絶対嫌だ。うどん好きだけど、この店には入らない。うん。よ、よし……別のこと、考えよ。そうだな……お花! 綺麗なお花いっぱいの、お店が立ち並ぶ、明るい通りがいい!」

 またもや瞬時に、目前の景色が変わった。
 霧の希望通り、美しい花々を扱う花屋が、一本の通りに面してズラッと並んでいる。
 その明るい雰囲気に、霧はホッとした。

「お、おお……。はあ……。そうそう、やっぱりお花っていいいよね。目の前に咲いているのを見るだけで心がパッと明るくなる。うんうん……」

 霧は花屋を覗き「どれがいいかな~」と思いながら、同時にこの奇妙な課題について考えていた。
 この課題8の内容を知った当初、霧は「なんで買い物?」と疑問に思ったが、だんだんと、この課題の意図がわかってくる。
 『市場迷宮』での課題は、新入生個人の自己制御における成熟度、判断力、未知の場所を訪れた際の行動傾向などを知るためなのだろう、と。

 花屋を堪能した霧は、次はちょっと冒険してみようと、「今まで見たこともない、妖しく美しい、心が震えるような観賞用アイテムが欲しい」と念じてみた。ここ1時間ほどの経験では、思い描くイメージが抽象的だとうまく飛ばされないときの方が多かったのだが、今回は希望通りの場所に飛ばされ、霧はびっくりした。

「お……。うわ……ここは……」

 縦横無尽じゅうおうむじんに通路が交わる一角に、霧は立っていた。どの通路にも視界の続く限り、両側に店が並んでいる。柱がどこにも見えないため、どこか深層階の奥に飛ばされたようだ。かすみがかかったような薄暗い雰囲気、高い天井、どの店も独特の雰囲気を醸し出している。
 仄暗い通路を覗き込んで、霧はギョッとした。幽霊のような影がゆらゆらと移動し、フッと現れては消える。

「うおぅ! ユユユ、ユーレイみたいな、あれが、リューエストが言っていたものか……っ!」

 複雑に交差する道に並ぶ店は、いずれも個性的な装飾に彩られ、ミステリアスな輝きで霧を誘っている。異様な気配を感じ、霧は冷や汗を流しながら拳を固めた。本能的に「行ってはいけない」と感じたが、同時に「あの店に入ってみたい、あの先にあるものを見てみたい」という好奇心が抑えられない。
 霧がとうとう震える足を一歩、奥へと運ぼうとした時。

《だめ、霧。あなたは生への執着が薄すぎる。だから危ない。ここは歪みが深すぎる。店に入れば、帰ってこれないかもしれない。その命を、簡単に手放さないで》

「 ?! 」

 霧を押しとどめたのは、今朝、夢の中で出会ったレイだった。
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