上 下
108 / 175
三章 入学旅行三日目

3-05b 課題8――市場迷宮 2

しおりを挟む
 自力飛行者が降り立つためのエリアは、十分な広さが設けてあり、10人ぐらいは一度に着地できそうだった。霧はそれを見てホッとした。古城学園から地上に降り立った時のように、また着地に失敗して転倒したとしても、即座に他人の迷惑にはならないだろう、と。
 それでも今度は失敗なく優雅に着地したい――霧はそう思いながら、慎重に着地エリアの上を飛行し、床に足が着くか着かないかの所で『辞典』を閉じて魔法を終了させた。
 うまくいく――と思いきや、30分ほど空中にあった足は、冷たい大気に晒されたせいか、硬直していた。床に足が触れ、気を抜いた途端、霧はバランスを崩して倒れそうになる。そこへリューエストが待ってましたとばかりに駆け付け、霧の体を支えてくれた。

「キリ、大丈夫? ……そっと足を動かしてみてごらん、大丈夫、僕が支えてるから」

 そう言って優しい笑みを霧に投げかけるリューエストの美貌は、まるで宝石でできた繊細な芸術品のようだった。

(え……ちょいまち、美し過ぎん? キラキラエフェクト振りまいてんだけど? え、あたしの目、おかしくなった?)

 霧は至近距離の美形から目が離せなくなって、一層固まってしまった。

 一方、少し前に到着してアデルと一緒に霧たちを待っていたリリエンヌは、やっと到着した霧とリューエストの様子を見て、頬を緩めていた。

「見て、アデル、あなたの双子のいとこ。なんて美しい兄妹愛かしら。素敵ねぇ……。二人の間に挟まってみたいですわぁ……」

「え、挟まってみたい……って、リリーが?! なんで?!」

「だってお二人ともとても素敵でしょ。リューエストは物語に出てくる華麗な妖精騎士のようですし、キリは伝説のダリアの再来かと見まがうばかりの凛々しさですわ。わたくし、二人の妹ポジションで、あの間に挟まれてみたいですわぁ……」

 リリエンヌが、頬に手を当ててうっとりとこぼす。そんなリリエンヌを見て、アデルは呆れたような表情で言った。

「はあ……そうなんだ……。まあ、見てる分にはそうかもしれないけど、あの二人、結構な変人だって知ってるでしょ? 兄は言獣オタク及び妹への愛が過剰な変態だし、その妹は異次元から来た奇人変人オタク、って感じだし……」

「なんでバレた?!」

 いつの間にかすぐそばに来ていた霧にそう叫ばれ、アデルは反射的に「ギャッ!」と声を上げリリエンヌにしがみついた。

「異次元から来た奇人変人オタク……これ以上ぴったりなあたしに対する人物描写があるだろうか。簡潔かつ的確……怖いくらいに。アデル、まさかと思うがあたしの秘密を……知っているのかい?!」

 アデルは思わずドキッとした。昨晩の霧の様子を思い出したからだ。秘められた何かを霧に感じていたアデルは、昨晩隣のバルコニーで霧の独り言を立ち聞きしてしまったことを悟られたくなくて、焦って言葉を返した。

「な、なによ、起きたばかりの赤ちゃんに、いったいどんな秘密があるっていうの? だいたい、秘密なんて妖艶美女の特権であって、キリは奇声を上げるオバサ……いや、何でもない」

 アデルの言いかけた言葉にスンッとなった霧は、低い声で呟いた。

「…………。そうだった、あたし、起きたばっかりの赤ちゃん……だったわ。うん。オバサンより赤ちゃんの方がいいわ」

「そうだよ、キリ。起きたばっかりなんだ、足がもつれたら、いくらでもお兄ちゃんに寄り掛かっていいんだよ。抱っこだって遠慮しなくていいんだよ」

 いまだ霧の手をつないで離さないリューエストにチラッと視線を投げ、霧が無表情で呟いた。

「未来永劫、抱っこは遠慮します」

 あたしの体重でリューエストの腕がポキッとなってからでは遅いし第一全国のリューエストファンに殺されるから!――と、霧が心の中で付け加えていたら、トリフォンが杖をつきながらゆったりと近づいてきた。

「ほっほっほっ。仲良きことは美しきかな。皆、無事『市場迷宮』に到着して何より」

 穏やかに笑いながらそうトリフォンがそう言うと、アデルは回りを見渡して呟いた。

「あれ、でも、アルビレオがいない。彼、一番最初に飛び立ったから、もう着いてるよね?」

「アルビレオは先に市場に潜りに行った。学園標準時間で12時頃までには、この場所に戻る予定だと言っておったぞ。『市場迷宮』では単独行動になるからの、どのみち一旦解散じゃ」

 課題8は、『市場迷宮で他者への贈り物を購入すること』という内容だ。
 それぞれ、誰かへの贈り物を探すために、市場へ入らなければいけない。それを思い出したのち、霧はトリフォンの言葉に頭をかしげた。

「市場に『もぐる』の? 市場に行くんじゃなくて? ? なんで?」

「ほっほっほっ、キリ嬢ちゃんも、潜ればわかる。皆、溺れるでないぞ、『市場迷宮』は底なしじゃ。欲しいものが際限なく頭に浮かんでしまうと、出られなくなる。そんなときは『また今度』と、自分に言い聞かせることじゃ。冷静に己を律し、速やかに目的を達成したら市場から脱出することを最優先するとよい」

 トリフォンの忠告にうなずいて、皆はいったん解散することになった。学園標準時間の12時――今からおよそ3時間後を目安に、またこのエントランス階に戻ってくることを約束して。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

外れスキルで異世界版リハビリの先生としてスローライフをしたいです。〜戦闘でも使えるとわかったのでチーム医療でざまぁすることになりました〜

k-ing ★書籍発売中
ファンタジー
 使い方がわからないスキルは外れスキルと言われているこの世界で、俺はスキルのせいで家族に売られて奴隷となった。  そんな奴隷生活でも俺の面倒を見てくれる第二の父親と言える男に出会った。  やっと家族と思える人と出会ったのにその男も俺が住んでいる街の領主に殺されてしまう。  領主に復讐心を抱きながらも、徐々に体力が落ち、気づいた頃に俺は十歳という若さで亡くなった。  しかし、偶然にも外れスキルを知っている男が俺の体に転生したのだ。  これでやっと復讐ができる……。  そう思った矢先、転生者はまさかのスローライフを望んでいた。  外れスキル【理学療法】で本職の理学療法士がスローライフを目指すと、いつのまにか俺の周りには外れスキルが集まっていた。  あれ?  外れスキルって意外にも戦闘で使えちゃう?  スローライフを望んでいる俺が外れスキルの集まり(チーム医療)でざまぁしていく物語だ。 ※ダークファンタジー要素あり ※わずかに医療の話あり ※ 【side:〇〇】は三人称になります 手軽に読めるように1話が短めになっています。 コメント、誤字報告を頂けるととても嬉しいです! 更新時間 8:10頃

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!

ree
ファンタジー
 波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。  生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。  夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。  神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。  これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。  ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。

1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません

水川サキ
恋愛
「僕には他に愛する人がいるんだ。だから、君を愛することはできない」 伯爵令嬢アリアは政略結婚で結ばれた侯爵に1年だけでいいから妻のふりをしてほしいと頼まれる。 そのあいだ、何でも好きなものを与えてくれるし、いくらでも贅沢していいと言う。 アリアは喜んでその条件を受け入れる。 たった1年だけど、美味しいものを食べて素敵なドレスや宝石を身につけて、いっぱい楽しいことしちゃおっ! などと気楽に考えていたのに、なぜか侯爵さまが夜の生活を求めてきて……。 いやいや、あなた私のこと好きじゃないですよね? ふりですよね? ふり!! なぜか侯爵さまが離してくれません。 ※設定ゆるゆるご都合主義

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

婚約者と兄、そして親友だと思っていた令嬢に嫌われていたようですが、運命の人に溺愛されて幸せです

珠宮さくら
恋愛
侯爵家の次女として生まれたエリシュカ・ベンディーク。彼女は見目麗しい家族に囲まれて育ったが、その中で彼女らしさを損なうことなく、実に真っ直ぐに育っていた。 だが、それが気に入らない者も中にはいたようだ。一番身近なところに彼女のことを嫌う者がいたことに彼女だけが、長らく気づいていなかった。 嫌うというのには色々と酷すぎる部分が多々あったが、エリシュカはそれでも彼女らしさを損なうことなく、運命の人と出会うことになり、幸せになっていく。 彼だけでなくて、色んな人たちに溺愛されているのだが、その全てに気づくことは彼女には難しそうだ。

夢のテンプレ幼女転生、はじめました。 憧れののんびり冒険者生活を送ります

ういの
ファンタジー
旧題:テンプレ展開で幼女転生しました。憧れの冒険者になったので仲間たちとともにのんびり冒険したいとおもいます。 七瀬千那(ななせ ちな)28歳。トラックに轢かれ、気がついたら異世界の森の中でした。そこで出会った冒険者とともに森を抜け、最初の街で冒険者登録しました。新米冒険者(5歳)爆誕です!神様がくれた(と思われる)チート魔法を使ってお気楽冒険者生活のはじまりです!……ちょっと!神獣様!精霊王様!竜王様!私はのんびり冒険したいだけなので、目立つ行動はお控えください!! 初めての投稿で、完全に見切り発車です。自分が読みたい作品は読み切っちゃった!でももっと読みたい!じゃあ自分で書いちゃおう!っていうノリで書き始めました。 【5/22 書籍1巻発売中!】

処理中です...