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三章 入学旅行三日目
3-05b 課題8――市場迷宮 2
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自力飛行者が降り立つためのエリアは、十分な広さが設けてあり、10人ぐらいは一度に着地できそうだった。霧はそれを見てホッとした。古城学園から地上に降り立った時のように、また着地に失敗して転倒したとしても、即座に他人の迷惑にはならないだろう、と。
それでも今度は失敗なく優雅に着地したい――霧はそう思いながら、慎重に着地エリアの上を飛行し、床に足が着くか着かないかの所で『辞典』を閉じて魔法を終了させた。
うまくいく――と思いきや、30分ほど空中にあった足は、冷たい大気に晒されたせいか、硬直していた。床に足が触れ、気を抜いた途端、霧はバランスを崩して倒れそうになる。そこへリューエストが待ってましたとばかりに駆け付け、霧の体を支えてくれた。
「キリ、大丈夫? ……そっと足を動かしてみてごらん、大丈夫、僕が支えてるから」
そう言って優しい笑みを霧に投げかけるリューエストの美貌は、まるで宝石でできた繊細な芸術品のようだった。
(え……ちょいまち、美し過ぎん? キラキラエフェクト振りまいてんだけど? え、あたしの目、おかしくなった?)
霧は至近距離の美形から目が離せなくなって、一層固まってしまった。
一方、少し前に到着してアデルと一緒に霧たちを待っていたリリエンヌは、やっと到着した霧とリューエストの様子を見て、頬を緩めていた。
「見て、アデル、あなたの双子のいとこ。なんて美しい兄妹愛かしら。素敵ねぇ……。二人の間に挟まってみたいですわぁ……」
「え、挟まってみたい……って、リリーが?! なんで?!」
「だってお二人ともとても素敵でしょ。リューエストは物語に出てくる華麗な妖精騎士のようですし、キリは伝説のダリアの再来かと見まがうばかりの凛々しさですわ。わたくし、二人の妹ポジションで、あの間に挟まれてみたいですわぁ……」
リリエンヌが、頬に手を当ててうっとりとこぼす。そんなリリエンヌを見て、アデルは呆れたような表情で言った。
「はあ……そうなんだ……。まあ、見てる分にはそうかもしれないけど、あの二人、結構な変人だって知ってるでしょ? 兄は言獣オタク及び妹への愛が過剰な変態だし、その妹は異次元から来た奇人変人オタク、って感じだし……」
「なんでバレた?!」
いつの間にかすぐそばに来ていた霧にそう叫ばれ、アデルは反射的に「ギャッ!」と声を上げリリエンヌにしがみついた。
「異次元から来た奇人変人オタク……これ以上ぴったりなあたしに対する人物描写があるだろうか。簡潔かつ的確……怖いくらいに。アデル、まさかと思うがあたしの秘密を……知っているのかい?!」
アデルは思わずドキッとした。昨晩の霧の様子を思い出したからだ。秘められた何かを霧に感じていたアデルは、昨晩隣のバルコニーで霧の独り言を立ち聞きしてしまったことを悟られたくなくて、焦って言葉を返した。
「な、なによ、起きたばかりの赤ちゃんに、いったいどんな秘密があるっていうの? だいたい、秘密なんて妖艶美女の特権であって、キリは奇声を上げるオバサ……いや、何でもない」
アデルの言いかけた言葉にスンッとなった霧は、低い声で呟いた。
「…………。そうだった、あたし、起きたばっかりの赤ちゃん……だったわ。うん。オバサンより赤ちゃんの方がいいわ」
「そうだよ、キリ。起きたばっかりなんだ、足がもつれたら、いくらでもお兄ちゃんに寄り掛かっていいんだよ。抱っこだって遠慮しなくていいんだよ」
いまだ霧の手をつないで離さないリューエストにチラッと視線を投げ、霧が無表情で呟いた。
「未来永劫、抱っこは遠慮します」
あたしの体重でリューエストの腕がポキッとなってからでは遅いし第一全国のリューエストファンに殺されるから!――と、霧が心の中で付け加えていたら、トリフォンが杖をつきながらゆったりと近づいてきた。
「ほっほっほっ。仲良きことは美しきかな。皆、無事『市場迷宮』に到着して何より」
穏やかに笑いながらそうトリフォンがそう言うと、アデルは回りを見渡して呟いた。
「あれ、でも、アルビレオがいない。彼、一番最初に飛び立ったから、もう着いてるよね?」
「アルビレオは先に市場に潜りに行った。学園標準時間で12時頃までには、この場所に戻る予定だと言っておったぞ。『市場迷宮』では単独行動になるからの、どのみち一旦解散じゃ」
課題8は、『市場迷宮で他者への贈り物を購入すること』という内容だ。
それぞれ、誰かへの贈り物を探すために、市場へ入らなければいけない。それを思い出したのち、霧はトリフォンの言葉に頭をかしげた。
「市場に『潜る』の? 市場に行くんじゃなくて? 潜る? なんで?」
「ほっほっほっ、キリ嬢ちゃんも、潜ればわかる。皆、溺れるでないぞ、『市場迷宮』は底なしじゃ。欲しいものが際限なく頭に浮かんでしまうと、出られなくなる。そんなときは『また今度』と、自分に言い聞かせることじゃ。冷静に己を律し、速やかに目的を達成したら市場から脱出することを最優先するとよい」
トリフォンの忠告にうなずいて、皆はいったん解散することになった。学園標準時間の12時――今からおよそ3時間後を目安に、またこのエントランス階に戻ってくることを約束して。
それでも今度は失敗なく優雅に着地したい――霧はそう思いながら、慎重に着地エリアの上を飛行し、床に足が着くか着かないかの所で『辞典』を閉じて魔法を終了させた。
うまくいく――と思いきや、30分ほど空中にあった足は、冷たい大気に晒されたせいか、硬直していた。床に足が触れ、気を抜いた途端、霧はバランスを崩して倒れそうになる。そこへリューエストが待ってましたとばかりに駆け付け、霧の体を支えてくれた。
「キリ、大丈夫? ……そっと足を動かしてみてごらん、大丈夫、僕が支えてるから」
そう言って優しい笑みを霧に投げかけるリューエストの美貌は、まるで宝石でできた繊細な芸術品のようだった。
(え……ちょいまち、美し過ぎん? キラキラエフェクト振りまいてんだけど? え、あたしの目、おかしくなった?)
霧は至近距離の美形から目が離せなくなって、一層固まってしまった。
一方、少し前に到着してアデルと一緒に霧たちを待っていたリリエンヌは、やっと到着した霧とリューエストの様子を見て、頬を緩めていた。
「見て、アデル、あなたの双子のいとこ。なんて美しい兄妹愛かしら。素敵ねぇ……。二人の間に挟まってみたいですわぁ……」
「え、挟まってみたい……って、リリーが?! なんで?!」
「だってお二人ともとても素敵でしょ。リューエストは物語に出てくる華麗な妖精騎士のようですし、キリは伝説のダリアの再来かと見まがうばかりの凛々しさですわ。わたくし、二人の妹ポジションで、あの間に挟まれてみたいですわぁ……」
リリエンヌが、頬に手を当ててうっとりとこぼす。そんなリリエンヌを見て、アデルは呆れたような表情で言った。
「はあ……そうなんだ……。まあ、見てる分にはそうかもしれないけど、あの二人、結構な変人だって知ってるでしょ? 兄は言獣オタク及び妹への愛が過剰な変態だし、その妹は異次元から来た奇人変人オタク、って感じだし……」
「なんでバレた?!」
いつの間にかすぐそばに来ていた霧にそう叫ばれ、アデルは反射的に「ギャッ!」と声を上げリリエンヌにしがみついた。
「異次元から来た奇人変人オタク……これ以上ぴったりなあたしに対する人物描写があるだろうか。簡潔かつ的確……怖いくらいに。アデル、まさかと思うがあたしの秘密を……知っているのかい?!」
アデルは思わずドキッとした。昨晩の霧の様子を思い出したからだ。秘められた何かを霧に感じていたアデルは、昨晩隣のバルコニーで霧の独り言を立ち聞きしてしまったことを悟られたくなくて、焦って言葉を返した。
「な、なによ、起きたばかりの赤ちゃんに、いったいどんな秘密があるっていうの? だいたい、秘密なんて妖艶美女の特権であって、キリは奇声を上げるオバサ……いや、何でもない」
アデルの言いかけた言葉にスンッとなった霧は、低い声で呟いた。
「…………。そうだった、あたし、起きたばっかりの赤ちゃん……だったわ。うん。オバサンより赤ちゃんの方がいいわ」
「そうだよ、キリ。起きたばっかりなんだ、足がもつれたら、いくらでもお兄ちゃんに寄り掛かっていいんだよ。抱っこだって遠慮しなくていいんだよ」
いまだ霧の手をつないで離さないリューエストにチラッと視線を投げ、霧が無表情で呟いた。
「未来永劫、抱っこは遠慮します」
あたしの体重でリューエストの腕がポキッとなってからでは遅いし第一全国のリューエストファンに殺されるから!――と、霧が心の中で付け加えていたら、トリフォンが杖をつきながらゆったりと近づいてきた。
「ほっほっほっ。仲良きことは美しきかな。皆、無事『市場迷宮』に到着して何より」
穏やかに笑いながらそうトリフォンがそう言うと、アデルは回りを見渡して呟いた。
「あれ、でも、アルビレオがいない。彼、一番最初に飛び立ったから、もう着いてるよね?」
「アルビレオは先に市場に潜りに行った。学園標準時間で12時頃までには、この場所に戻る予定だと言っておったぞ。『市場迷宮』では単独行動になるからの、どのみち一旦解散じゃ」
課題8は、『市場迷宮で他者への贈り物を購入すること』という内容だ。
それぞれ、誰かへの贈り物を探すために、市場へ入らなければいけない。それを思い出したのち、霧はトリフォンの言葉に頭をかしげた。
「市場に『潜る』の? 市場に行くんじゃなくて? 潜る? なんで?」
「ほっほっほっ、キリ嬢ちゃんも、潜ればわかる。皆、溺れるでないぞ、『市場迷宮』は底なしじゃ。欲しいものが際限なく頭に浮かんでしまうと、出られなくなる。そんなときは『また今度』と、自分に言い聞かせることじゃ。冷静に己を律し、速やかに目的を達成したら市場から脱出することを最優先するとよい」
トリフォンの忠告にうなずいて、皆はいったん解散することになった。学園標準時間の12時――今からおよそ3時間後を目安に、またこのエントランス階に戻ってくることを約束して。
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