100 / 175
三章 入学旅行三日目
3-01 ソイの片割れ、レイ
しおりを挟む
誰かの気配を感じ、霧は部屋を見回した。
ベッドの傍ら、薄暗い部屋の隅に5~6歳くらい女の子が佇み、霧の作ったストーリードームを見つめている。瞳の色は榛色。薄茶の髪を三つ編みにして両肩に垂らしている。その姿を、霧は見たことがあった。昨日の晩、眠っている霧に夢の中で話しかけてきて、「不屈のソイフラージュ」と名乗ったあの子だ。そう、光と虹の『竜辞典』の主。
それに思い当たるや、霧は勢い込んで女の子に声をかけた。
「ソイフラージュ!! 話、できるの? 本調子じゃないって言ってたけど、もう大丈夫になった? あのね、この『辞典』、あなたの『竜辞典』だったなんて、すごい驚きなんだけど! あたし訊きたいことが山ほどあって……」
女の子が顔を上げてこちらを見た途端、霧はハッとした。
その子はソイフラージュでは、なかった。目鼻立ちがそっくりだったが、纏う雰囲気が、まるで違う。
「あ、ごめ……どちら様? ソイフラージュじゃ……ないよね?」
女の子は驚いた様子で霧を見つめた後、静かに言った。
《あなたは……わたしが、わかるのね? 驚いた……》
「え……? どういうこと?」
《ああ……久しぶり、誰かと、話すなんて……。ああ……キリ、あなたに会えて嬉しい。わたしを見つけてくれて、本当に、ありがとう》
「え……?」
戸惑う霧に向かって、女の子は微笑んで言った。
《わたしは、レイ。ソイの片割れ》
「はあ……えっと、初めまして? 片割れってことは……ソイフラージュの双子の姉妹か何か?」
レイと名乗った女の子は小さく頷くと、ストーリードームを指さして言った。
《これ、とっても素敵。捨てないで。ずっと見ていたい》
「あ、それ気に入った? じゃあ、あげるよ。えっと……レイ」
《本当に? ありがとう。わたし、最後のシーンでみんなが一緒におうちに帰るところと、猿のシーンが特に好き。この、自分を醜いと思っている猿が、優しい女の人にブラシで梳いてもらって、自分の美しさに気付くところが、すごく好き》
「そう、ありがとね。そんなものでよければ、いつでも好きなだけ眺めてよ」
こくんと頷き、レイはストーリードームから目を離さず言った。
《霧、あなたはまだ間に合う。……わたしと違って。どうか、幸せになって》
「え……それは、どういう……こ……と……」
霧はレイのそばに行こうとしたが、体がまるで動かなかった。
女の子の姿が、霞む。
ガクン、と落ちる感覚がして、霧は目を覚ました。
「 !! 」
そこはリューエストのコテージの、一室。
カーテンの隙間から、朝の穏やかな日差しが入り込み、床に一筋の光を描いている。
「あ……夢か」
霧はそう呟いたのち、いや違うな、と思い直した。あの子は、夢という場所を借りて、霧に語りかけてきたのだ。ソイフラージュと同じ方法で。
(『竜辞典』の主って、双子だったのか。でもチェカの書いた物語には『不屈のソイフラージュ』の名前しか登場しなかった……と思うんだけど……。最新刊しか手元にないし、今は確かめようがないな。どっかで歴史の本でも手に入ればわかるかも。うん、今、現地にいるんだもんな)
現地にいる、と改めて認識すると、霧の心中に感動と驚きが沸き起こった。
(いやあ……ほんと、何が起こるかわからんもんだねぇ……)
しみじみとそう思いながら、霧はベッドサイドのテーブルに置いたストーリードームをぼんやり眺めたのち、ミミに頼んでそれを『辞典』の中に収納してもらった。『辞典妖精』のミミには訊きたいことがたくさんあったが、そろそろ起きなければまたリューエストが迎えに来てしまうと、断念する。
霧はサッと身支度を整えると、深呼吸をした。
「おはよう、ククリコ・アーキペラゴ! よし、今日も入学旅行、楽しむぞ!」
昨晩の涙を遠くへ追いやり、「二度と出てくんな!」と過去の亡霊にヤジを飛ばして、霧は元気よく入学旅行3日目のスタートを切った。
ベッドの傍ら、薄暗い部屋の隅に5~6歳くらい女の子が佇み、霧の作ったストーリードームを見つめている。瞳の色は榛色。薄茶の髪を三つ編みにして両肩に垂らしている。その姿を、霧は見たことがあった。昨日の晩、眠っている霧に夢の中で話しかけてきて、「不屈のソイフラージュ」と名乗ったあの子だ。そう、光と虹の『竜辞典』の主。
それに思い当たるや、霧は勢い込んで女の子に声をかけた。
「ソイフラージュ!! 話、できるの? 本調子じゃないって言ってたけど、もう大丈夫になった? あのね、この『辞典』、あなたの『竜辞典』だったなんて、すごい驚きなんだけど! あたし訊きたいことが山ほどあって……」
女の子が顔を上げてこちらを見た途端、霧はハッとした。
その子はソイフラージュでは、なかった。目鼻立ちがそっくりだったが、纏う雰囲気が、まるで違う。
「あ、ごめ……どちら様? ソイフラージュじゃ……ないよね?」
女の子は驚いた様子で霧を見つめた後、静かに言った。
《あなたは……わたしが、わかるのね? 驚いた……》
「え……? どういうこと?」
《ああ……久しぶり、誰かと、話すなんて……。ああ……キリ、あなたに会えて嬉しい。わたしを見つけてくれて、本当に、ありがとう》
「え……?」
戸惑う霧に向かって、女の子は微笑んで言った。
《わたしは、レイ。ソイの片割れ》
「はあ……えっと、初めまして? 片割れってことは……ソイフラージュの双子の姉妹か何か?」
レイと名乗った女の子は小さく頷くと、ストーリードームを指さして言った。
《これ、とっても素敵。捨てないで。ずっと見ていたい》
「あ、それ気に入った? じゃあ、あげるよ。えっと……レイ」
《本当に? ありがとう。わたし、最後のシーンでみんなが一緒におうちに帰るところと、猿のシーンが特に好き。この、自分を醜いと思っている猿が、優しい女の人にブラシで梳いてもらって、自分の美しさに気付くところが、すごく好き》
「そう、ありがとね。そんなものでよければ、いつでも好きなだけ眺めてよ」
こくんと頷き、レイはストーリードームから目を離さず言った。
《霧、あなたはまだ間に合う。……わたしと違って。どうか、幸せになって》
「え……それは、どういう……こ……と……」
霧はレイのそばに行こうとしたが、体がまるで動かなかった。
女の子の姿が、霞む。
ガクン、と落ちる感覚がして、霧は目を覚ました。
「 !! 」
そこはリューエストのコテージの、一室。
カーテンの隙間から、朝の穏やかな日差しが入り込み、床に一筋の光を描いている。
「あ……夢か」
霧はそう呟いたのち、いや違うな、と思い直した。あの子は、夢という場所を借りて、霧に語りかけてきたのだ。ソイフラージュと同じ方法で。
(『竜辞典』の主って、双子だったのか。でもチェカの書いた物語には『不屈のソイフラージュ』の名前しか登場しなかった……と思うんだけど……。最新刊しか手元にないし、今は確かめようがないな。どっかで歴史の本でも手に入ればわかるかも。うん、今、現地にいるんだもんな)
現地にいる、と改めて認識すると、霧の心中に感動と驚きが沸き起こった。
(いやあ……ほんと、何が起こるかわからんもんだねぇ……)
しみじみとそう思いながら、霧はベッドサイドのテーブルに置いたストーリードームをぼんやり眺めたのち、ミミに頼んでそれを『辞典』の中に収納してもらった。『辞典妖精』のミミには訊きたいことがたくさんあったが、そろそろ起きなければまたリューエストが迎えに来てしまうと、断念する。
霧はサッと身支度を整えると、深呼吸をした。
「おはよう、ククリコ・アーキペラゴ! よし、今日も入学旅行、楽しむぞ!」
昨晩の涙を遠くへ追いやり、「二度と出てくんな!」と過去の亡霊にヤジを飛ばして、霧は元気よく入学旅行3日目のスタートを切った。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
妹と歩く、異世界探訪記
東郷 珠
ファンタジー
ひょんなことから異世界を訪れた兄妹。
そんな兄妹を、数々の難題が襲う。
旅の中で増えていく仲間達。
戦い続ける兄妹は、世界を、仲間を守る事が出来るのか。
天才だけど何処か抜けてる、兄が大好きな妹ペスカ。
「お兄ちゃんを傷つけるやつは、私が絶対許さない!」
妹が大好きで、超過保護な兄冬也。
「兄ちゃんに任せろ。お前は絶対に俺が守るからな!」
どんなトラブルも、兄妹の力で乗り越えていく!
兄妹の愛溢れる冒険記がはじまる。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
社畜の俺の部屋にダンジョンの入り口が現れた!? ダンジョン配信で稼ぐのでブラック企業は辞めさせていただきます
さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。
冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。
底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。
そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。
部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。
ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。
『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!
異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。
黒ハット
ファンタジー
前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる