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三章 入学旅行三日目

3-01   ソイの片割れ、レイ

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 誰かの気配を感じ、霧は部屋を見回した。
 ベッドの傍ら、薄暗い部屋の隅に5~6歳くらい女の子が佇み、霧の作ったストーリードームを見つめている。瞳の色は榛色はしばみいろ。薄茶の髪を三つ編みにして両肩に垂らしている。その姿を、霧は見たことがあった。昨日の晩、眠っている霧に夢の中で話しかけてきて、「不屈のソイフラージュ」と名乗ったあの子だ。そう、光と虹の『竜辞典』のあるじ
 それに思い当たるや、霧は勢い込んで女の子に声をかけた。

「ソイフラージュ!! 話、できるの? 本調子じゃないって言ってたけど、もう大丈夫になった? あのね、この『辞典』、あなたの『竜辞典』だったなんて、すごい驚きなんだけど! あたし訊きたいことが山ほどあって……」

 女の子が顔を上げてこちらを見た途端、霧はハッとした。
 その子はソイフラージュでは、なかった。目鼻立ちがそっくりだったが、まとう雰囲気が、まるで違う。

「あ、ごめ……どちら様? ソイフラージュじゃ……ないよね?」

 女の子は驚いた様子で霧を見つめた後、静かに言った。

《あなたは……わたしが、わかるのね? 驚いた……》

「え……? どういうこと?」

《ああ……久しぶり、誰かと、話すなんて……。ああ……キリ、あなたに会えて嬉しい。わたしを見つけてくれて、本当に、ありがとう》

「え……?」

 戸惑う霧に向かって、女の子は微笑んで言った。

《わたしは、レイ。ソイの片割れ》

「はあ……えっと、初めまして? 片割れってことは……ソイフラージュの双子の姉妹か何か?」

 レイと名乗った女の子は小さく頷くと、ストーリードームを指さして言った。

《これ、とっても素敵。捨てないで。ずっと見ていたい》

「あ、それ気に入った? じゃあ、あげるよ。えっと……レイ」

《本当に? ありがとう。わたし、最後のシーンでみんなが一緒におうちに帰るところと、猿のシーンが特に好き。この、自分を醜いと思っている猿が、優しい女の人にブラシでいてもらって、自分の美しさに気付くところが、すごく好き》

「そう、ありがとね。そんなものでよければ、いつでも好きなだけ眺めてよ」

 こくんと頷き、レイはストーリードームから目を離さず言った。

《霧、あなたはまだ間に合う。……わたしと違って。どうか、幸せになって》

「え……それは、どういう……こ……と……」

 霧はレイのそばに行こうとしたが、体がまるで動かなかった。

 女の子の姿が、霞む。

 ガクン、と落ちる感覚がして、霧は目を覚ました。

「 !! 」

 そこはリューエストのコテージの、一室。
 カーテンの隙間から、朝の穏やかな日差しが入り込み、床に一筋の光を描いている。

「あ……夢か」

 霧はそう呟いたのち、いや違うな、と思い直した。あの子は、夢という場所を借りて、霧に語りかけてきたのだ。ソイフラージュと同じ方法で。

(『竜辞典』の主って、双子だったのか。でもチェカの書いた物語には『不屈のソイフラージュ』の名前しか登場しなかった……と思うんだけど……。最新刊しか手元にないし、今は確かめようがないな。どっかで歴史の本でも手に入ればわかるかも。うん、今、現地にいるんだもんな)

 現地にいる、と改めて認識すると、霧の心中に感動と驚きが沸き起こった。

(いやあ……ほんと、何が起こるかわからんもんだねぇ……)

 しみじみとそう思いながら、霧はベッドサイドのテーブルに置いたストーリードームをぼんやり眺めたのち、ミミに頼んでそれを『辞典』の中に収納してもらった。『辞典妖精』のミミには訊きたいことがたくさんあったが、そろそろ起きなければまたリューエストが迎えに来てしまうと、断念する。

 霧はサッと身支度を整えると、深呼吸をした。

「おはよう、ククリコ・アーキペラゴ! よし、今日も入学旅行、楽しむぞ!」

 昨晩の涙を遠くへ追いやり、「二度と出てくんな!」と過去の亡霊きおくにヤジを飛ばして、霧は元気よく入学旅行3日目のスタートを切った。
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