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二章 入学旅行二日目

2-06b あなたの辞典に触りたい 2

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 霧はドキドキしながら、リューエストの『辞典』に手を伸ばす。ホルダー越しに見えている彼の『辞典』の表紙は、奇麗な空色だ。霧がその表紙にタッチしようとした途端、指がスッと『辞典』を通り抜けた。

「わっ! すすすすす、すり抜けた! 何にもないみたいに!!」

「うん。そうだね。触れられない、というのはそういうことなんだ」

「ね、リューエスト、『辞典』を収めてるホルダーなら、触れるの?」

「触ってごらんよ」

 霧は再びリューエストの『辞典』に手を伸ばし、今度は彼の『辞典』ホルダーを触ろうとした。その途端、またもや指がすり抜ける。アデルが横から解説してくれた。

「『辞典』と近接して触れている物質も、触れなくなるのよ。だってそうじゃなきゃ、物質ごしに他人の『辞典』を盗んでしまえるものね。そうなったら大事おおごとだわ。『辞典』はその人の命と言っても過言じゃないもの」

「なるほどぉ……」

「例えばこの、僕の『辞典』を机の上に置くとする」

 そう言いながらリューエストは、部屋の隅に配置してある小さな丸テーブルの上に『辞典』を置いた。彼が何をしようとしているのか気付いたアデルが、その丸テーブルを持ち上げて『辞典』ごと移動させしようとした。

「こんな風に、『辞典』に触れている物質でも、『辞典』からある程度の距離があれば触れることができるけど、このテーブルを『辞典』ごと移動しようとするとね」

 アデルがテーブルを横にずらした途端、『辞典』は垂直に床の上に落ちた。その『辞典』を拾い上げながら、リューエストが解説の続きを話す。

「とまあ、こんな風に、どうやっても持ち主以外には『辞典』を持ち去ったり運んだりできないんだよ。どう、わかった?」

「うん。わかった。……で……それってさぁ……」

 霧は渇いた喉を潤すためにグラスに注いだ水を飲んでから、思い切って続きを話した。

「……あたしの、この『辞典』も、同じようになるか、知りたいんだよね……」

「そうなるに決まってるじゃない。何で、そんなこと訊くの、キリ?」

 アデルの不審げな様子に、霧はとっさにごまかすことにした。

「あ、いや、その、あ、悪夢を見てね、誰かが、あたしの辞典を、手に取って盗んじゃうという……」

 ああ、とみんなが納得した顔になった。

「あるある、誰もが見る悪夢。『辞典』が誰かによって持ち去られてしまうやつ!」

「わたくしも、見たことありますわぁ……。すっごく嫌な夢……。可哀相にキリ、昨夜、見ましたの? 疲れていたのね……決勝戦、大変だったものね」

「ううううううっ、か、か、可哀相にぃっ、キリィィィ!! お兄ちゃんがそばで眠っていれば、そんなひどい夢、成敗してやったのに!! 今夜は同室で寝ようね、キリ!」

「や、それは断る」

 霧がズバッとリューエストの提案を断っていると、アデルが霧の辞典に手を伸ばした。

「 !! 」

 霧が息を止めて見守る中、アデルの指はスッと、霧の辞典を突き抜ける。

「あっ……!」

「ホラ、どう、キリ? 安心した? ね、触れないでしょ? それにしても、変なブックカバー付けてるのね、キリ。まるで普通の辞書みたい」

「あ、あ、そ、そうなの。普通の、辞書みたいに見えるのが、お、お、面白くて……あ、ありがとう、アデル。触ってくれて……安心した」

 震える声でそう言いながら、霧は心の底から安堵した。

(ああ、良かった。良かった。本当に、良かった。この世界の辞典と、おんなじだ、これ……)

 一方、リューエストもまた霧の辞典に触れようとして、スッと指をすり抜けさせて言った。

「ホラ、安心した、キリ? お兄ちゃんにもありがとうって、言って! 僕はこの先毎日でも、辞典すり抜けチェックしてあげるよ、可愛い妹の頼みだもんね! それでさぁ、その時にはまた、お兄ちゃんにさぁ、触ってって、おねだりしてもいいんだよ」

「変態か。もう二度と頼まんわ」

 再びズバッと切り捨てられたリューエストが肩を落とすのを、リリエンヌは頬を紅潮させてうっとりと眺め、溜息をついていた。

 やがて時計を確認したアデルが、慌てた様子で声を上げる。

「ちょっと、もうあと30分で9時よ! 撤収の準備! 各自部屋に戻って忘れ物が無いか確認、15分後に部屋前の廊下に集合よ!」

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