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二章 入学旅行二日目

2-03b 観察と内省 2

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 誰もが幼いころから共に過ごし、一緒に育つ『辞典』。授かったときはどこもかしこも真っ白だったその『辞典』は、持ち主の成長と共に色が変わる。
 色が変わるのは外装部分――表紙、裏表紙、背表紙――で、それらは大抵、物心がつく頃、3~5歳あたりで見た目が固定される。
 その色は持ち主の素質や性格によって、様々だ。表紙色は個性を反映する鏡みたいなものなのである。
 そしてアデルの『辞典』のように、表紙色が血のような赤色になるのは、とても珍しい。
 赤い『辞典』を持つ者は強大な力を手にする証だと言われ、実際、歴史に名だたる赤い『辞典』の持ち主は、いずれも異例の強さを誇る辞典魔法士ばかり。
 その中には高潔で万人の救済に力を尽くした立派な辞典魔法士もあったのだが、それよありも、力を暴走させ多くの人を殺害した悪の辞典魔法士の方が有名だ。
 人の記憶というものは善きものより悪しきものを強烈に焼き付ける傾向がある。そうやって、過去の事件は人々の意識に「赤い辞典=大量殺害」という安易な図式をすりこんでしまったのである。
 そういう背景があるため、アデルが自らの善良性を証明するのは、容易ではない。それというのも、アデルもまた、辞典による暴走を起こし、悲惨な結末を迎えた過去を持っているからだ。
 チェカの的確な導きで、今では完全に『辞典』の力をコントロールできているアデルだが、過去の凄惨な事件は、今なおアデルに忘れられない痛みを負わせている。

(それがまた、アデルの魅力の一つなんだよなぁ……。赤い『辞典』に負い目を感じながらも、他方では強大な力を秘めた、自分そのものの『辞典』を、絶え間ない努力で良い方向へと役立てようとしてる。幼い彼女が起こした『事故』――それによって失われた命を、あがなおうとしている。彼女に責が無いにも関わらず。だから、あたしは彼女を応援したくなるんだよね。この先何があってもあたしはずっと味方でいるぞって……。うん。たとえ世界中がアデルの敵に回っても、あたしは絶対、アデルの味方でいる)

 霧はアデルへの思いを再確認し、次にリリエンヌに目を向けた。
 誰もがリリエンヌと会えば、ハッと目を見張るだろう。滅多にいないレベルの美少女だ。
 蜂蜜色の巻き毛がふんわりと背中にかかり、瞳はエメラルドグリーン。微笑む姿はまるで、天使のような清らかさだ。その上、話し方や仕草が上品で、声もまた透き通った美しさ。完璧だ。
 彼女はアデルの幼なじみで、『クク・アキ』の物語の中に登場するのは6巻。チェカに引き取られたアデルが一緒に暮らし始めた時、隣の家に住んでいた上品な一家の、一人娘だ。優しい性格のリリエンヌは、すぐにアデルと仲良くなった。

(リリエンヌのエピソードは多くはないけど、彼女は両親を亡くしたばかりの孤独なアデルに、ずいぶん良くしてくれたっけ。アデルが乱暴な言葉を吐いても、いつも許して優しくしてくれた。う~ん、好き!! 好き!! 好き!! もう好きしかない!)

 霧は目の前の3人に見とれながら、改めて思った。

(それにしても……改めて見ると、この3人すごいな。いずれも美貌が最高潮にまで達し超新星爆発してる感じ。少女漫画にしたら常にキラキラエフェクトを背負って登場するお約束なキャラだ。ついでに薔薇なんか背負ったりなんかして。風もないのに花びら散ってたりして)

 それに比べて……と、霧は自分の容姿を振り返った。

(……この中であたし、ゴミだな? 豪華タレントのドラマ撮影中に間違って手前を横切ってしまった薄汚い一般人というか、コピー機のガラス面が汚れていたために写り込んでしまった汚れた点々というか。うう……自分で言ってて悲しくなってきたが、つまりあたしは究極のモブか、あるいはそれ以下の道端の石ころが相応ふさわしい。外見同様、特に優れた特技も無いし。……なのに、なんで――なんであたしに、白羽の矢が立った?)

 霧は疑問に思いながら、ソイフラージュの言葉を思い出していた。

《助けて欲しいの。今のところ霧だけが、世界とチェカを救う可能性を持ってる。今頼れるのは、あなただけ》

 霧はその人生で一度も、こんな風に誰かに望まれたことがない。自身の出生ですら、そうだった。霧は肉親の愛情を感じたことがなく、両親は、どうしようもないクズだった。それを思い出すたび、鉛玉なまりだまを飲み込んだみたいに、喉がつかえ、胸が苦しくなる。そんなとき決まって脳裏のうりよみがえるのは、鋭い刃物のような、母親からの言葉。母親が彼女を「霧」と名付けた、その理由だ。

――霧みたいに、ぱあっと消えてくれたらいいのに。女の子なんか、欲しくなかった。

 母は、投げつけるように、霧に向かてそう言ったのだ。

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