60 / 175
二章 入学旅行二日目
2-03b 観察と内省 2
しおりを挟む
誰もが幼いころから共に過ごし、一緒に育つ『辞典』。授かったときはどこもかしこも真っ白だったその『辞典』は、持ち主の成長と共に色が変わる。
色が変わるのは外装部分――表紙、裏表紙、背表紙――で、それらは大抵、物心がつく頃、3~5歳あたりで見た目が固定される。
その色は持ち主の素質や性格によって、様々だ。表紙色は個性を反映する鏡みたいなものなのである。
そしてアデルの『辞典』のように、表紙色が血のような赤色になるのは、とても珍しい。
赤い『辞典』を持つ者は強大な力を手にする証だと言われ、実際、歴史に名だたる赤い『辞典』の持ち主は、いずれも異例の強さを誇る辞典魔法士ばかり。
その中には高潔で万人の救済に力を尽くした立派な辞典魔法士もあったのだが、それよありも、力を暴走させ多くの人を殺害した悪の辞典魔法士の方が有名だ。
人の記憶というものは善きものより悪しきものを強烈に焼き付ける傾向がある。そうやって、過去の事件は人々の意識に「赤い辞典=大量殺害」という安易な図式をすりこんでしまったのである。
そういう背景があるため、アデルが自らの善良性を証明するのは、容易ではない。それというのも、アデルもまた、辞典による暴走を起こし、悲惨な結末を迎えた過去を持っているからだ。
チェカの的確な導きで、今では完全に『辞典』の力をコントロールできているアデルだが、過去の凄惨な事件は、今なおアデルに忘れられない痛みを負わせている。
(それがまた、アデルの魅力の一つなんだよなぁ……。赤い『辞典』に負い目を感じながらも、他方では強大な力を秘めた、自分そのものの『辞典』を、絶え間ない努力で良い方向へと役立てようとしてる。幼い彼女が起こした『事故』――それによって失われた命を、贖おうとしている。彼女に責が無いにも関わらず。だから、あたしは彼女を応援したくなるんだよね。この先何があってもあたしはずっと味方でいるぞって……。うん。たとえ世界中がアデルの敵に回っても、あたしは絶対、アデルの味方でいる)
霧はアデルへの思いを再確認し、次にリリエンヌに目を向けた。
誰もがリリエンヌと会えば、ハッと目を見張るだろう。滅多にいないレベルの美少女だ。
蜂蜜色の巻き毛がふんわりと背中にかかり、瞳はエメラルドグリーン。微笑む姿はまるで、天使のような清らかさだ。その上、話し方や仕草が上品で、声もまた透き通った美しさ。完璧だ。
彼女はアデルの幼なじみで、『クク・アキ』の物語の中に登場するのは6巻。チェカに引き取られたアデルが一緒に暮らし始めた時、隣の家に住んでいた上品な一家の、一人娘だ。優しい性格のリリエンヌは、すぐにアデルと仲良くなった。
(リリエンヌのエピソードは多くはないけど、彼女は両親を亡くしたばかりの孤独なアデルに、ずいぶん良くしてくれたっけ。アデルが乱暴な言葉を吐いても、いつも許して優しくしてくれた。う~ん、好き!! 好き!! 好き!! もう好きしかない!)
霧は目の前の3人に見とれながら、改めて思った。
(それにしても……改めて見ると、この3人すごいな。いずれも美貌が最高潮にまで達し超新星爆発してる感じ。少女漫画にしたら常にキラキラエフェクトを背負って登場するお約束なキャラだ。ついでに薔薇なんか背負ったりなんかして。風もないのに花びら散ってたりして)
それに比べて……と、霧は自分の容姿を振り返った。
(……この中であたし、ゴミだな? 豪華タレントのドラマ撮影中に間違って手前を横切ってしまった薄汚い一般人というか、コピー機のガラス面が汚れていたために写り込んでしまった汚れた点々というか。うう……自分で言ってて悲しくなってきたが、つまりあたしは究極のモブか、あるいはそれ以下の道端の石ころが相応しい。外見同様、特に優れた特技も無いし。……なのに、なんで――なんであたしに、白羽の矢が立った?)
霧は疑問に思いながら、ソイフラージュの言葉を思い出していた。
《助けて欲しいの。今のところ霧だけが、世界とチェカを救う可能性を持ってる。今頼れるのは、あなただけ》
霧はその人生で一度も、こんな風に誰かに望まれたことがない。自身の出生ですら、そうだった。霧は肉親の愛情を感じたことがなく、両親は、どうしようもないクズだった。それを思い出すたび、鉛玉を飲み込んだみたいに、喉がつかえ、胸が苦しくなる。そんなとき決まって脳裏に甦るのは、鋭い刃物のような、母親からの言葉。母親が彼女を「霧」と名付けた、その理由だ。
――霧みたいに、ぱあっと消えてくれたらいいのに。女の子なんか、欲しくなかった。
母は、投げつけるように、霧に向かてそう言ったのだ。
色が変わるのは外装部分――表紙、裏表紙、背表紙――で、それらは大抵、物心がつく頃、3~5歳あたりで見た目が固定される。
その色は持ち主の素質や性格によって、様々だ。表紙色は個性を反映する鏡みたいなものなのである。
そしてアデルの『辞典』のように、表紙色が血のような赤色になるのは、とても珍しい。
赤い『辞典』を持つ者は強大な力を手にする証だと言われ、実際、歴史に名だたる赤い『辞典』の持ち主は、いずれも異例の強さを誇る辞典魔法士ばかり。
その中には高潔で万人の救済に力を尽くした立派な辞典魔法士もあったのだが、それよありも、力を暴走させ多くの人を殺害した悪の辞典魔法士の方が有名だ。
人の記憶というものは善きものより悪しきものを強烈に焼き付ける傾向がある。そうやって、過去の事件は人々の意識に「赤い辞典=大量殺害」という安易な図式をすりこんでしまったのである。
そういう背景があるため、アデルが自らの善良性を証明するのは、容易ではない。それというのも、アデルもまた、辞典による暴走を起こし、悲惨な結末を迎えた過去を持っているからだ。
チェカの的確な導きで、今では完全に『辞典』の力をコントロールできているアデルだが、過去の凄惨な事件は、今なおアデルに忘れられない痛みを負わせている。
(それがまた、アデルの魅力の一つなんだよなぁ……。赤い『辞典』に負い目を感じながらも、他方では強大な力を秘めた、自分そのものの『辞典』を、絶え間ない努力で良い方向へと役立てようとしてる。幼い彼女が起こした『事故』――それによって失われた命を、贖おうとしている。彼女に責が無いにも関わらず。だから、あたしは彼女を応援したくなるんだよね。この先何があってもあたしはずっと味方でいるぞって……。うん。たとえ世界中がアデルの敵に回っても、あたしは絶対、アデルの味方でいる)
霧はアデルへの思いを再確認し、次にリリエンヌに目を向けた。
誰もがリリエンヌと会えば、ハッと目を見張るだろう。滅多にいないレベルの美少女だ。
蜂蜜色の巻き毛がふんわりと背中にかかり、瞳はエメラルドグリーン。微笑む姿はまるで、天使のような清らかさだ。その上、話し方や仕草が上品で、声もまた透き通った美しさ。完璧だ。
彼女はアデルの幼なじみで、『クク・アキ』の物語の中に登場するのは6巻。チェカに引き取られたアデルが一緒に暮らし始めた時、隣の家に住んでいた上品な一家の、一人娘だ。優しい性格のリリエンヌは、すぐにアデルと仲良くなった。
(リリエンヌのエピソードは多くはないけど、彼女は両親を亡くしたばかりの孤独なアデルに、ずいぶん良くしてくれたっけ。アデルが乱暴な言葉を吐いても、いつも許して優しくしてくれた。う~ん、好き!! 好き!! 好き!! もう好きしかない!)
霧は目の前の3人に見とれながら、改めて思った。
(それにしても……改めて見ると、この3人すごいな。いずれも美貌が最高潮にまで達し超新星爆発してる感じ。少女漫画にしたら常にキラキラエフェクトを背負って登場するお約束なキャラだ。ついでに薔薇なんか背負ったりなんかして。風もないのに花びら散ってたりして)
それに比べて……と、霧は自分の容姿を振り返った。
(……この中であたし、ゴミだな? 豪華タレントのドラマ撮影中に間違って手前を横切ってしまった薄汚い一般人というか、コピー機のガラス面が汚れていたために写り込んでしまった汚れた点々というか。うう……自分で言ってて悲しくなってきたが、つまりあたしは究極のモブか、あるいはそれ以下の道端の石ころが相応しい。外見同様、特に優れた特技も無いし。……なのに、なんで――なんであたしに、白羽の矢が立った?)
霧は疑問に思いながら、ソイフラージュの言葉を思い出していた。
《助けて欲しいの。今のところ霧だけが、世界とチェカを救う可能性を持ってる。今頼れるのは、あなただけ》
霧はその人生で一度も、こんな風に誰かに望まれたことがない。自身の出生ですら、そうだった。霧は肉親の愛情を感じたことがなく、両親は、どうしようもないクズだった。それを思い出すたび、鉛玉を飲み込んだみたいに、喉がつかえ、胸が苦しくなる。そんなとき決まって脳裏に甦るのは、鋭い刃物のような、母親からの言葉。母親が彼女を「霧」と名付けた、その理由だ。
――霧みたいに、ぱあっと消えてくれたらいいのに。女の子なんか、欲しくなかった。
母は、投げつけるように、霧に向かてそう言ったのだ。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
♡してLv.Up【MR無責任種付おじさん】の加護を授かった僕は実家を追放されて無双する!戻ってこいと言われてももう遅い!
黒須
ファンタジー
これは真面目な物語です。
この世界の人間は十二歳になると誰もが天より加護を授かる。加護には様々なクラスやレアリティがあり、どの加護が発現するかは〈加護の儀〉という儀式を受けてみなければわからない。
リンダナ侯爵家嫡男の主人公も十二歳になり〈加護の儀〉を受ける。
そこで授かったのは【MR無責任種付おじさん】という加護だった。
加護のせいで実家を追放された主人公は、デーモンの加護を持つ少女と二人で冒険者になり、金を貯めて風俗店に通う日々をおくる。
そんなある日、勇者が魔王討伐に失敗する。
追い込まれた魔王は全世界に向けて最悪の大呪魔法(だいじゅまほう)ED(イーディー)を放った。
そして人類は子孫を残せなくなる。
あの男以外は!
これは【MR無責任種付おじさん】という加護を授かった男が世界を救う物語である。
全スキル自動攻撃【オートスキル】で無双 ~自動狩りで楽々レベルアップ~
桜井正宗
ファンタジー
おっさんに唯一与えられたもの――それは【オートスキル】。
とある女神様がくれた素敵なプレゼントだった。
しかし、あまりの面倒臭がりのおっさん。なにもやる気も出なかった。長い事放置して、半年後にやっとやる気が出た。とりあえず【オートスキル】を極めることにした。とはいえ、極めるもなにも【オートスキル】は自動で様々なスキルが発動するので、24時間勝手にモンスターを狩ってくれる。起きていようが眠っていようが、バリバリモンスターを狩れてしまえた。そんなチートも同然なスキルでモンスターを根こそぎ狩りまくっていれば……最強のステータスを手に入れてしまっていた。これは、そんな爆笑してしまう程の最強能力を手に入れたおっさんの冒険譚である――。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい
ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆
気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。
チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。
第一章 テンプレの異世界転生
第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!?
第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ!
第四章 魔族襲来!?王国を守れ
第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!?
第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~
第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~
第八章 クリフ一家と領地改革!?
第九章 魔国へ〜魔族大決戦!?
第十章 自分探しと家族サービス
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。
黒ハット
ファンタジー
前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。
お兄ちゃんの装備でダンジョン配信
高瀬ユキカズ
ファンタジー
レベル1なのに、ダンジョンの最下層へ。脱出できるのか!?
ダンジョンが現代に現れ、ライブ配信が当たり前になった世界。
強さに応じてランキングが発表され、世界的な人気を誇る配信者たちはワールドクラスプレイヤーと呼ばれる。
主人公の筑紫春菜はワールドクラスプレイヤーを兄に持つ中学2年生。
春菜は兄のアカウントに接続し、SSS級の激レア装備である【神王の装備フルセット】を持ち出してライブ配信を始める。
最強の装備を持った最弱の主人公。
春菜は視聴者に騙されて、人類未踏の最下層へと降り立ってしまう。しかし、危険な場所に来たことには無自覚であった。ろくな知識もないまま攻略し、さらに深い階層へと進んでいく。
無謀とも思える春菜の行動に、閲覧者数は爆上がりする。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる