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二章 入学旅行二日目

2-03a 観察と内省 1

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 霧はアデルに、彼女の養父であるチェカが生きていることを教えてあげたい、という思いに駆られた。
 アデルにとってチェカは、幼いころに亡くした実の両親と同じか、それ以上に大切な存在なのだ。生死がわからないまま突然チェカと離れ離れになった苦悩は、想像を超えるほど深いだろう。

(今すぐ教えてあげたいけど……あの子……ソイフラージュに言動には気を付けろって言われたしなぁ……。チェカは日本にいる、なんて言えば色々説明しなきゃいけないし、難しいわ……。だいたい、アデルに『チェカは日本にいるよ』なんて言ったら……)

 「ばっかじゃないの? オバサン、頭大丈夫?」などとアデルから軽蔑を込めたセルフを投げつけられるシーンが、霧の頭に浮かぶ。霧は溜息を付き、アデルにチェカの居所を告げるのは今のところ保留、と決めた。

(そういえばチェカ、なんで日本にいるんだ? 『言語げんご双生界そうせいかい』の存在って、この世界の人にとってなかばおとぎ話的なものだったよね? 気軽に行けるようなとこじゃないよね? まあ、それを言うならなんであたしがここにいるのかも、謎なんだけど。……ああ……わからん! ソイフラージュに色々きたいことあるんだけど、気軽に会話できないって雰囲気だったしなぁ……。あ、そういえば、『辞典妖精』に何でも訊けって言ってたな……よし、訊きたいことを整理しとこ……)

 霧は今朝見たばかりの明晰夢めいせきむを思い出しながら、物思いに沈んだ。目の前ではリューエストの言獣オタク熱が暴走し、今も彼の終わらない解説が展開していたが、霧にとってそれらは外国語のBGMと化していた。

(あの女の子……ソイフラージュっていえば、伝説のダリアに並ぶ英雄だったよね? 1500年以上前に、ダリアと共に世界の変革を行った中心人物だ。確か、秘術を駆使して死したのちも自らの『辞典』に魂を残すことに成功したとか、そんなだったな……。そんなすごい人物と会話したとか、すごくない? ううむ、なんか、どんどん厨二病的ちゅうにびょうてきな展開になってきたぞ……。これが物語なんかじゃなく、リアルな世界だなんて、まったく驚き。オタクなあたしへのサービスかっていうぐらいなんだが……ううむ……)

 霧は思考を中断し、目の前の面々を観察した。

 相変わらず熱弁をふるっているリューエストは、さらさらのプラチナブロンドの長い髪を垂らし、宝石アクアマリンのような美しい瞳を輝かせている。耳が尖っていないのが不思議なくらい、彼はまるで映画に出てくるエルフのような、奇跡の美貌を持つ青年だ。
 ダリアの一族は総じて高身長のため、彼もまた背が高く、その上無駄な贅肉ぜいにくなど皆無のスレンダー体型、その姿はファッションモデルのよう。
 また、リューエストの『ダリアの金橙オレンジ』は、物語の中で紹介されていた通り、左の耳たぶにある。それは花のような模様のあざ。彼の美貌を飾るのにこれ以上相応ふさわしい痣があるかと思うほど、まるでピアスみたいにまばゆい光を放っている。

(昨日、夢だと思い込めたのが不思議なくらい、高解像度だな。美しすぎて、目がくらむわ)

 しみじみそう思いながら、霧は今度はアデルを眺めた。
 彼女は絹糸のような白い髪をツインテールにして、両肩に垂らしている。
 抜けるような白い肌にはそばかすが浮いていて、眼鏡の奥の赤い瞳が印象的だ。その大きな瞳は、彼女の意志の強さを物語るように、キラキラと輝いている。
 アデルの身長は150㎝ぐらいで小柄だが、不思議な存在感があり、とてもチャーミングだ。
 そして彼女の『辞典』は、瞳と同じように赤い。
 赤は、この『クク・アキ』の世界ではあまり歓迎されない色だ。特に、『辞典』の外観においては赤は『み色』として恐れられる。だからこそあの性格の悪い男ガスティオールは、アデルを「真っ赤っ赤アデル」とからかったのだ。

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