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一章 入学旅行一日目
1-24b 夢か現実か
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ほどなくして一行はリーヴズホテルに到着し、ホテルスタッフの歓迎を受け、それぞれ豪華な部屋に案内された。
室内は清潔感溢れる白い壁に、競技場のシンボルカラーである紫色の模様がさりげなく施された、上品なたたずまい。広い部屋のあちこちには、いかにも高級そうな家具が備え付けられている。
そして競技場スタッフの言葉通り、広いバルコニーからは、咲きほころんだ花の形をした競技場の全貌が見渡せた。
あり得ないほど豪華な部屋に泊まれる興奮に続いて、バルコニーからの心躍るナイスビューに、霧の精神状態は最高潮に達し、今にも気絶しそうな心地になってくる。
部屋の設備を一通り説明してくれたホテルスタッフが退室すると、霧は冷めやらぬ興奮を鎮めようと窓際に置かれたソファに腰かけた。
夕刻の傾いた日差しが部屋の中を優しく染め、開け放たれた窓からは競技場の喧騒が心地よく響く。――何もかもが、夢とは思えない鮮やかさを伴って。
ふと、霧の耳に競技場のトイレで聞こえてきた声がよみがえった。
――夢じゃない。キリ、これは夢じゃない。
霧は一つ大きく息を吸うと、吐き出した。そうして、現状を整理するために頭をフル回転させる。
(確かに、夢にしては、何もかもリアル過ぎる。競技場やトイレ設備にしても、私の頭の中で想像できる範囲を超えてる。物語の中でも、こんなに詳しい描写はなかった。……それに明晰夢にしては、長過ぎる)
あの声が「夢じゃない」と言った通り、霧は今この世界に現実に存在しているとしか、思えなかった。つまりククリコ・アーキペラゴは架空の物語などではなく、実際に存在している世界だということだ。
(ハッ! もしかしてあれか、これ異世界転移とかいうやつか?! もしかしてあたし、トラックにひかれたとか?! そんな記憶ないけど。待てよ、異世界転生とかいうやつかも。いやいや、転生したならもうちょっとこう、見目好い姿かたちになってるのがお約束でしょ。リューエストに似た美形でもおかしくないのに、この体、あたしのまんまじゃん)
霧は洗面所まで行き、鏡に映る自分の姿を確認した。
背中に少しかかるくらいの黒い髪は、無造作に後ろでくくっている。
黒い瞳の三白眼は切れ長の吊り目。そのせいで普通にしてるだけで睨んでいるような印象を人に与えてしまう。
その上180㎝という高身長、しっかりした骨格で丸みが少ないので男に見えてしまうことも。女装男子と間違えられたことすら、ある。
霧はそっと、ため息をついた。何もかも、自分のままだ。
不本意で、厭わしい、霧にとっては遺伝子の暴力とも言える、この体。
(はあ……もし夢やお約束の異世界転生とかなら、もうちっとこう、可愛い見た目にしてくれてもいいと、思うんだよね。大嫌いなこんな姿じゃなくてさ。もしかしてあたし、何かの事故に巻き込まれて病院で植物状態のまま、長い夢を見てるんじゃ……とも思ったけど、外見に対する自分の願望が一切反映されていないところを見ると、その可能性も薄いな。う~ん……だとしたら、この現象は一体何なんだ?)
霧は頭を悩ませた。
今朝、ツアーメイトと合流したとき、リューエストが言っていたことを思い出す。
――キリはね、眠っている間、日本という異世界で暮らしている夢を見ていて、目覚めた今も、その夢の世界が現実で、この現実世界が夢だと思いこんでいる。だからキリの言動や行動はちょっと変わってるけど……
リューエストは、そんな風に言っていた。霧は半年前までずっと眠っていて、日本という異世界で暮らしている夢を見ていた、と。
霧は次第に混乱してきた。もしかしたら本当に、日本での自分の方が、夢ではないか、と。
(現実と仮想。リアルとバーチャル。ノンフィクションとフィクション。あたしは対角線上にあるその二つの、境にいるのか? それともあたしが現実だと思って暮らしていたあの日本社会こそが、幻なのか? リール叔母さんやリューエストの言うように、あたしは生まれてからずっと眠っていて、今までの人生が夢だったのだと、仮定することもできる。その仮定を否定する確かな証拠を、あたしは持っているのか?)
そこまで考えて、霧はハッとした。
(――ああっ、ある! 証拠ある! 本だ!『クク・アキ』の出たばかりの新刊、8巻が!)
霧は慌てて、斜め掛けしたままのバッグの中を確かめた。そこには霧が愛用している小物類がすべて入ったままで、図書館に行く前に購入した『ククリコ・アーキペラゴ~空飛ぶ古城学園と魔法士たち~』の最新刊も、ちゃんと存在していた。
「……『クク・アキ』8巻……」
ごくん、と霧の喉が鳴る。
室内は清潔感溢れる白い壁に、競技場のシンボルカラーである紫色の模様がさりげなく施された、上品なたたずまい。広い部屋のあちこちには、いかにも高級そうな家具が備え付けられている。
そして競技場スタッフの言葉通り、広いバルコニーからは、咲きほころんだ花の形をした競技場の全貌が見渡せた。
あり得ないほど豪華な部屋に泊まれる興奮に続いて、バルコニーからの心躍るナイスビューに、霧の精神状態は最高潮に達し、今にも気絶しそうな心地になってくる。
部屋の設備を一通り説明してくれたホテルスタッフが退室すると、霧は冷めやらぬ興奮を鎮めようと窓際に置かれたソファに腰かけた。
夕刻の傾いた日差しが部屋の中を優しく染め、開け放たれた窓からは競技場の喧騒が心地よく響く。――何もかもが、夢とは思えない鮮やかさを伴って。
ふと、霧の耳に競技場のトイレで聞こえてきた声がよみがえった。
――夢じゃない。キリ、これは夢じゃない。
霧は一つ大きく息を吸うと、吐き出した。そうして、現状を整理するために頭をフル回転させる。
(確かに、夢にしては、何もかもリアル過ぎる。競技場やトイレ設備にしても、私の頭の中で想像できる範囲を超えてる。物語の中でも、こんなに詳しい描写はなかった。……それに明晰夢にしては、長過ぎる)
あの声が「夢じゃない」と言った通り、霧は今この世界に現実に存在しているとしか、思えなかった。つまりククリコ・アーキペラゴは架空の物語などではなく、実際に存在している世界だということだ。
(ハッ! もしかしてあれか、これ異世界転移とかいうやつか?! もしかしてあたし、トラックにひかれたとか?! そんな記憶ないけど。待てよ、異世界転生とかいうやつかも。いやいや、転生したならもうちょっとこう、見目好い姿かたちになってるのがお約束でしょ。リューエストに似た美形でもおかしくないのに、この体、あたしのまんまじゃん)
霧は洗面所まで行き、鏡に映る自分の姿を確認した。
背中に少しかかるくらいの黒い髪は、無造作に後ろでくくっている。
黒い瞳の三白眼は切れ長の吊り目。そのせいで普通にしてるだけで睨んでいるような印象を人に与えてしまう。
その上180㎝という高身長、しっかりした骨格で丸みが少ないので男に見えてしまうことも。女装男子と間違えられたことすら、ある。
霧はそっと、ため息をついた。何もかも、自分のままだ。
不本意で、厭わしい、霧にとっては遺伝子の暴力とも言える、この体。
(はあ……もし夢やお約束の異世界転生とかなら、もうちっとこう、可愛い見た目にしてくれてもいいと、思うんだよね。大嫌いなこんな姿じゃなくてさ。もしかしてあたし、何かの事故に巻き込まれて病院で植物状態のまま、長い夢を見てるんじゃ……とも思ったけど、外見に対する自分の願望が一切反映されていないところを見ると、その可能性も薄いな。う~ん……だとしたら、この現象は一体何なんだ?)
霧は頭を悩ませた。
今朝、ツアーメイトと合流したとき、リューエストが言っていたことを思い出す。
――キリはね、眠っている間、日本という異世界で暮らしている夢を見ていて、目覚めた今も、その夢の世界が現実で、この現実世界が夢だと思いこんでいる。だからキリの言動や行動はちょっと変わってるけど……
リューエストは、そんな風に言っていた。霧は半年前までずっと眠っていて、日本という異世界で暮らしている夢を見ていた、と。
霧は次第に混乱してきた。もしかしたら本当に、日本での自分の方が、夢ではないか、と。
(現実と仮想。リアルとバーチャル。ノンフィクションとフィクション。あたしは対角線上にあるその二つの、境にいるのか? それともあたしが現実だと思って暮らしていたあの日本社会こそが、幻なのか? リール叔母さんやリューエストの言うように、あたしは生まれてからずっと眠っていて、今までの人生が夢だったのだと、仮定することもできる。その仮定を否定する確かな証拠を、あたしは持っているのか?)
そこまで考えて、霧はハッとした。
(――ああっ、ある! 証拠ある! 本だ!『クク・アキ』の出たばかりの新刊、8巻が!)
霧は慌てて、斜め掛けしたままのバッグの中を確かめた。そこには霧が愛用している小物類がすべて入ったままで、図書館に行く前に購入した『ククリコ・アーキペラゴ~空飛ぶ古城学園と魔法士たち~』の最新刊も、ちゃんと存在していた。
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ごくん、と霧の喉が鳴る。
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