44 / 175
一章 入学旅行一日目
1-23a 祭りのクライマックス 1
しおりを挟む
いよいよ、霧の番だ。
霧はロナのおかげで緊張がほどけ、楽しい気分で表現を始めた――観客席に向かって、手を振りながら。
「千客万来、満場御礼、歓天喜地の大喝采に、心よりのお礼を申し上げます! 一期一会の貴重な今日の日、最後を飾るはこのTシャツ! ダサい文字も逆にネタ振り痛快無比、さあ皆さま一緒に着て踊りましょう!」
踊る、という言葉を引き継ぐことで、霧はロナへの感謝と親しみを込めた。ロナのおかげで、嫌でたまらなった1班との対決が、心楽しいものとなったから。その思いが伝わったようで、向かいに立っているロナは「感動した!」というようにハグをする手ぶりをして霧に満面の笑みを送ってきた。
霧は無事に表現を終えて、満足した。対象物であるTシャツの表現は少々脱線して、この場への感謝の気持ちを表す表現となったが、後悔はしていない。決勝バトルを盛り上げてくれた観客の人々にも、この貴重なひとときを共に楽しんでくれた感謝の気持ちを伝えたかったのだ。霧にとっては勝ち負けや高得点を取ることよりも、その気持ちを表現することが大切だった。
――いい、キリ、あなたは誇り高いダリアの一族、生まれただけで宝なのよ!
霧に向かってそう言い放ったアデルの言葉が、脳裏に蘇る。子供時代の悲惨な体験から、霧は自分のことを「生まれただけで宝」とはどうしても思えなかったが、今この場で満足な表現をできた自分に対しては、誇らい気持ちでいっぱいだった。
ややあって、静かだった観覧席から割れるような拍手と大音響の歓声が上がった。霧が表現するとなぜか、人々はしばらく動けなくなる。『辞典』の持つ言葉の影響力が強すぎるのかもしれない、と霧は思っていた。何しろこれは普通の字引きで、かなりの語彙が収録されているのだから――と。霧は、そう思っていた。
観客の喝采が飛ぶ中、審判妖精が点数を掲げた。レフリーがすかさず声を張り上げる。
「な、な、なんと!! 1万6541点です!! 1万6541点! 御覧ください皆さま、前代未聞の高得点です! キリ・ダリアリーデレの表現は、わが競技場、いえ、全競技場の、最高記録です!! さあ皆さま、お手元の配点ボタンをどちらかにお振り分けください! ピンク色の花模様が先攻ロナ・ダイニャ、オレンジ色の太陽が、後攻キリ・ダリアリーデレです! 各席、いずれかに1点ずつ加算できます! 3分後に締め切りです、お早く!」
観客はみな、手元の配点ボタンを押し始めた。
一方、1万6541点ものぶっちぎり高得点を取るとは夢にも思わなかった霧は、「え、なんで?!」と動揺し、目を泳がせている。そんな霧の元にロナが駆け寄ってきて、ガバっとハグした後、笑いながら言った。
「もうほんとすごいねあなた、最高の表現だったよ! 対象物のTシャツからちょっとそれた内容を、パワーのある四文字熟語で補填して、なおかつ爆上げするとは! ほんと恐れ入った!」
ロナのその言葉に、霧はそうだったのか、と納得した。
(四文字熟語って、1万馬力搭載のウルトラエンジンだったのかぁ……。リズムが取りやすいので使っただけなんだけど、それであんなに高得点になったんだな……はあ、なるほど)
霧がポカンとしていると、ロナは興奮した様子で続けた。
「それにあなたの『辞典』、驚異の強さだね! 『言獣』も相当な数、持っているんじゃない? 言葉一つ一つに物凄い力がこもっていて、痺れたよ! もう私、惚れちゃった! ああそれから、これ絶対言わなきゃ、私の言葉の一部を引き継いでくれて、本当に嬉しかったよ! ああ、学園に戻るのが楽しみだ! 一緒のクラスになれたらいいな!」
「あ、あ、あ、こここ、こちらこそ! あ、あたし、オタクで変人なんで、そのうちドン引きさせてしまうかもしれませんが、こここ、こんなんで良かったら、ぜ、ぜひよろしくお願いします」
心のこもった抱擁も、これほど気持ちの良い賛辞も、そしてド直球で表された好意も、霧には初めてのことだった。そのため動揺の極致に達した霧は、自分でも何を言っているのかわからなくなってきていた。言わなくていいようなことも言ったかもしれない。しかしロナはまったく気にせず、大らかな笑顔で応えた。
「あははは、いいねぇ、あなたのその謙虚な態度。私は好きだよ。もっと自信持っていいと思うけど、その自信なさげな物言いも、ガス……あいつの空威張りに比べたら、一億万倍いいね! ますます惚れちゃうよ!」
「あばばば……それ以上褒められたら幸福が致死量に達してあぼーんしますのでやめてください、ぐはっ!」
霧の意味不明な狼狽ぶりに引くどころか、ロナはますます爆笑している。
二人がそうやって親睦を深めている間、レフリーは観客の配点を締め切り、やがて声を張り上げた。
「合計点を発表します!」
霧はロナのおかげで緊張がほどけ、楽しい気分で表現を始めた――観客席に向かって、手を振りながら。
「千客万来、満場御礼、歓天喜地の大喝采に、心よりのお礼を申し上げます! 一期一会の貴重な今日の日、最後を飾るはこのTシャツ! ダサい文字も逆にネタ振り痛快無比、さあ皆さま一緒に着て踊りましょう!」
踊る、という言葉を引き継ぐことで、霧はロナへの感謝と親しみを込めた。ロナのおかげで、嫌でたまらなった1班との対決が、心楽しいものとなったから。その思いが伝わったようで、向かいに立っているロナは「感動した!」というようにハグをする手ぶりをして霧に満面の笑みを送ってきた。
霧は無事に表現を終えて、満足した。対象物であるTシャツの表現は少々脱線して、この場への感謝の気持ちを表す表現となったが、後悔はしていない。決勝バトルを盛り上げてくれた観客の人々にも、この貴重なひとときを共に楽しんでくれた感謝の気持ちを伝えたかったのだ。霧にとっては勝ち負けや高得点を取ることよりも、その気持ちを表現することが大切だった。
――いい、キリ、あなたは誇り高いダリアの一族、生まれただけで宝なのよ!
霧に向かってそう言い放ったアデルの言葉が、脳裏に蘇る。子供時代の悲惨な体験から、霧は自分のことを「生まれただけで宝」とはどうしても思えなかったが、今この場で満足な表現をできた自分に対しては、誇らい気持ちでいっぱいだった。
ややあって、静かだった観覧席から割れるような拍手と大音響の歓声が上がった。霧が表現するとなぜか、人々はしばらく動けなくなる。『辞典』の持つ言葉の影響力が強すぎるのかもしれない、と霧は思っていた。何しろこれは普通の字引きで、かなりの語彙が収録されているのだから――と。霧は、そう思っていた。
観客の喝采が飛ぶ中、審判妖精が点数を掲げた。レフリーがすかさず声を張り上げる。
「な、な、なんと!! 1万6541点です!! 1万6541点! 御覧ください皆さま、前代未聞の高得点です! キリ・ダリアリーデレの表現は、わが競技場、いえ、全競技場の、最高記録です!! さあ皆さま、お手元の配点ボタンをどちらかにお振り分けください! ピンク色の花模様が先攻ロナ・ダイニャ、オレンジ色の太陽が、後攻キリ・ダリアリーデレです! 各席、いずれかに1点ずつ加算できます! 3分後に締め切りです、お早く!」
観客はみな、手元の配点ボタンを押し始めた。
一方、1万6541点ものぶっちぎり高得点を取るとは夢にも思わなかった霧は、「え、なんで?!」と動揺し、目を泳がせている。そんな霧の元にロナが駆け寄ってきて、ガバっとハグした後、笑いながら言った。
「もうほんとすごいねあなた、最高の表現だったよ! 対象物のTシャツからちょっとそれた内容を、パワーのある四文字熟語で補填して、なおかつ爆上げするとは! ほんと恐れ入った!」
ロナのその言葉に、霧はそうだったのか、と納得した。
(四文字熟語って、1万馬力搭載のウルトラエンジンだったのかぁ……。リズムが取りやすいので使っただけなんだけど、それであんなに高得点になったんだな……はあ、なるほど)
霧がポカンとしていると、ロナは興奮した様子で続けた。
「それにあなたの『辞典』、驚異の強さだね! 『言獣』も相当な数、持っているんじゃない? 言葉一つ一つに物凄い力がこもっていて、痺れたよ! もう私、惚れちゃった! ああそれから、これ絶対言わなきゃ、私の言葉の一部を引き継いでくれて、本当に嬉しかったよ! ああ、学園に戻るのが楽しみだ! 一緒のクラスになれたらいいな!」
「あ、あ、あ、こここ、こちらこそ! あ、あたし、オタクで変人なんで、そのうちドン引きさせてしまうかもしれませんが、こここ、こんなんで良かったら、ぜ、ぜひよろしくお願いします」
心のこもった抱擁も、これほど気持ちの良い賛辞も、そしてド直球で表された好意も、霧には初めてのことだった。そのため動揺の極致に達した霧は、自分でも何を言っているのかわからなくなってきていた。言わなくていいようなことも言ったかもしれない。しかしロナはまったく気にせず、大らかな笑顔で応えた。
「あははは、いいねぇ、あなたのその謙虚な態度。私は好きだよ。もっと自信持っていいと思うけど、その自信なさげな物言いも、ガス……あいつの空威張りに比べたら、一億万倍いいね! ますます惚れちゃうよ!」
「あばばば……それ以上褒められたら幸福が致死量に達してあぼーんしますのでやめてください、ぐはっ!」
霧の意味不明な狼狽ぶりに引くどころか、ロナはますます爆笑している。
二人がそうやって親睦を深めている間、レフリーは観客の配点を締め切り、やがて声を張り上げた。
「合計点を発表します!」
1
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
リフォーム分譲ダンジョン~庭にダンジョンができたので、スキルを使い改装して、分譲販売することにした。あらぬ罪を着せてた奴らにざまぁしてやる~
喰寝丸太
ファンタジー
俺はソフトウェア開発会社の社員だった。
外注費を架空計上して横領した罪に問われ会社を追われた。
不幸は続く。
仲の良かった伯父さんが亡くなった。
遺産が転がり込むかと思われたら、貰った家の庭にダンジョンができて不良物件に。
この世界は10年前からダンジョンに悩まされていた。
ダンジョンができるのは良く聞く話。
ダンジョンは放っておくとスタンピードを起こし、大量のモンスターを吐き出す。
防ぐ手段は間引きすることだけ。
ダンジョンの所有者にはダンジョンを管理する義務が発生しますとのこと。
そして、スタンピードが起きた時の損害賠償は所有者である俺にくるらしい。
ダンジョンの権利は放棄できないようになっているらしい。
泣く泣く自腹で冒険者を雇い、討伐する事にした。
俺が持っているスキルのリフォームはダンジョンにも有効らしい。
俺はダンジョンをリフォーム、分譲して売り出すことにした。
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
よろしくお願いいたします。
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
妹と歩く、異世界探訪記
東郷 珠
ファンタジー
ひょんなことから異世界を訪れた兄妹。
そんな兄妹を、数々の難題が襲う。
旅の中で増えていく仲間達。
戦い続ける兄妹は、世界を、仲間を守る事が出来るのか。
天才だけど何処か抜けてる、兄が大好きな妹ペスカ。
「お兄ちゃんを傷つけるやつは、私が絶対許さない!」
妹が大好きで、超過保護な兄冬也。
「兄ちゃんに任せろ。お前は絶対に俺が守るからな!」
どんなトラブルも、兄妹の力で乗り越えていく!
兄妹の愛溢れる冒険記がはじまる。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
【完結】元ヤンナース異世界生活
川原源明
ファンタジー
回復魔法の存在しない世界で医療知識を活かした異世界生活
交通事故で、子どもを庇って命を落とした。元ヤンキーの看護師、進藤 茜
創造神の態度に納得いかずにクレームをつける!すると先輩の神と名乗る女性が現れ一緒に謝罪
謝罪を受け取ったと思ったら…話も終わってないのに…異世界に飛ばされる…あのくそ女神!
そんな思いをしながら、始まる元ヤンナース茜の異世界生活
創造神と異界の女神から貰ったチート能力を活かした
治療魔法を使って時には不治の病を治し、時には、相手を殺す…
どんなときも、周りに流されないで自分の行きたい道を!
様々な経験を積むうちに内なる力に目覚めていく…その力とは…
奴隷商で大けがしてる奴隷を買って治療魔法で回復させ、大けがをさせた元凶討伐をしたり、
王国で黒死病治療に関わったり
お隣の帝国の後継者争いに巻き込まれていく…
本人は、平穏な生活を望むが、周囲がそうさせてくれない…
異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。
黒ハット
ファンタジー
前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。
異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~
ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ
以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ
唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活
かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる