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一章 入学旅行一日目

1-22  トリ同士の対決

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 最後に残った1班のメンバーは、年齢は50前後と見られる女性で、褐色の肌に恰幅かっぷくの良い体形をしている。とてもたくましそうだ。気力体力共に充実した雰囲気で、その顔には人好きのする笑顔が浮かんでいる。

 なんとリューエストは、彼女に敗れた。

 その女性は確かに、語彙力ごいりょく・表現力も豊かで、言葉に力がこもっている様子から『辞典』自体もかなり強いと見て取れたのだが……それに対してリューエストの表現は、かなり適当で気の抜けたものだった。観覧席からも拍手に交じってブーイングの声が上がっている。

「え……嘘でしょ、リューエスト、わざと手を抜いたんじゃ……」

 霧が呆然ぼうぜんとしながらそう呟くと、リリエンヌが笑いながら言った。

「あらあら、リューエストさんったら。きっとキリに華々しく最後を飾ってほしいと思っていらっしゃるんだわ」

「ノォォォォーッ!!」

「ちょっとキリ、奇声を上げるのやめて! 恥ずかしい人ね! さ、ちゃっちゃと勝ってきてよ。まさかリューエストみたいにわざと負けたりしないよね?! この24班の名誉がかかってるのよ!!」

 凄味すごみのある声でアデルに詰め寄られ、霧はスンッ……となった。そこへ申し訳なさそうに笑いながらリューエストが戻ってくる。

「ごめんねぇ、キリ。お兄ちゃん、勝てなかったぁ……。あの人、強いんだもん。え?手なんて抜いてないよ?全力だよ? やだなぁ、お兄ちゃんを疑うなんて」

「いやいやいやいやいや……リューエスト、しらじらしい……」

「ああ、キリの表現、楽しみだなぁ! 頑張って、キリ。ホラ、次の対象物、キリの好きそうな絵柄のTシャツだよ! あれね、優勝班のメンバー全員にプレゼントされるんだって!」

 霧はコート中央を見た。
 スタッフが次の対戦用に、せっせとトルソ―に飾られたTシャツを配置している。真ん中の対象物置き場は台座が回るようになっていて、やがて置かれたトルソーがゆっくり回転しはじめた。どうやらそれは、セセラム競技場のオリジナルTシャツのようだ。花のような外観の競技場を表した絵がTシャツ前面の隅にあり、そこから飛び出てきたようなイメージで審判妖精の可憐な姿が大きく描かれている。絵柄はアニメ風で、「愛らぶ表現バトル」「みんな大好きセセラム競技場」という文字が派手なフォントで入っていた。それを見て霧とアデルが同時に声を上げる。

「きゃわいい~~!! 欲しい!!」
「ださっ!!」

 二人が目を見交わす。霧はアデルに食って掛かった。

「ちょ、可愛いでしょ、あれ。着たくない?」

「ないわよ。ね、リリエンヌ、ださいわよね?」

「ん~……、キリの言うように、確かに審判妖精の絵は可愛いわぁ。でもぉ……そのぉ……アデルの言うように、ちょっとださい……きっと、あの文字のせいね」

「じゃ、さ、あの文字、アップリケか何かで隠しちゃおうよ! そしたらお揃いで着てくれる? ね、みんな!」

 霧の言葉に、リューエストが叫ぶ。

「着る着る! キリとお揃い!! ぐふふ! キリ、もらったらさっそく一緒に着よう! 入学旅行中、ずっと着ていようね!」

「……パジャマにしよっと」

 再びスンッとなった霧がそう呟くと、リリエンヌが口に手を添えて肩を震わせる。どうやら笑いをかみ殺しているようだ。そうしているうちに最終戦の出番となり、霧はレフリーに呼び出された。

 霧がコート中央に進み出ると、途端にコート内がワッと沸き立つ。
 霧は「勘弁してくれぇ……」と情けない表情で身を縮ませた。それを見て、対戦相手の女性が霧のそばまで来ると声をかけてくる。

「よろしく、キリ・ダリアリーデレさん。私はロナ・ダイニャ。対戦できて光栄です。お互い全力で表現できますように」

 彼女の言葉に霧はハッとした。ロナほどの実力者なら、リューエストのあの手を抜いた表現がわざとであることに気付いただろうし、彼女に対する侮辱ぶじょくと取られても仕方ない。それに思い当たった霧は、ヘコヘコと頭を下げた。

「あっ……、ど、どうぞよろしくお願いします、ロナさん。あ、あの、うちのリューエストがすみません。悪気は、無いんです、彼、妹バカなだけのアホでして、あなたを侮辱するつもりは全くなくて」

 霧はコート内に拡声されないように、ごく小声でロナに話しかけた。対するロナもまた、小声で答える。

「ははは、いいよいいよ、気にしてないから。むしろあなたと対戦できて感謝してる。あなたのこと、今日、噂で色々聞いたよ。すごく強いんだってね。あ、そういえば、こっちこそごめんよ」

「え、何がです?」

 ロナは更に霧に近づくと、耳元で囁くように言った。

「うちの班のガスだよ。あなたにひどい言葉を吐いた。しつけのなってない『いきがり坊や』で、本当、困ってるんだ。あんなこと言われて、気を悪くしただろう、ごめんね」

「あ、いやいや、ご丁寧に、ありがとうございます」

 いい人だ――と、霧はロナに好意を持った。つくづく、ガスティオールと一緒の班で気の毒だと思う。彼女ともっと話したい、と霧は思ったが、レフリーがロナに位置に着くよう言い、しばらくして競技が始まった。
 先攻は、ロナだ。
 彼女は一つ大きく息を吸い込むと、朗々ろうろうと声を張り上げる。

「小さなサイズ、大きなサイズ、私のビッグサイズも、もちろんある。競技場の熱気をそのままに、クスリと笑う愉快な絵柄。何より可愛い審判妖精、きらめく姿で踊ってる!」

 ロナの表現は素直で平易な言葉を使っている。愉快な言い回しの表現は、彼女特有の人好きのする雰囲気と共に、心温まるパフォーマンスで彩られていた。「私のビッグサイズ」というところで、ロナは大きく手を振りながらくるりと回り、茶目っ気たっぷりなその動きに、観客は思わず笑顔になる。続けて「可愛い審判妖精」のくだりでは、コート内に現れていた審判妖精がロナの周りを踊りながら飛び回った。ロナの表現に合わせたその愛嬌たっぷりな姿に、コート中はもちろん、霧も大喜びだ。試合の緊張も忘れて審判妖精に見入っている。

 ほどなくして審判妖精は457点を打ち出した。1班のトリを務めるだけあって、彼女はかなり強い『辞典』を持っているようだ。観覧席からは大きな拍手と歓声が上がる。

 ややあって、レフリーが両手を上げて観覧席を見回すジェスチャーをすると、沸き立っていたコート内が途端に静かになった。

 いよいよ、霧の番だ。

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