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一章 入学旅行一日目
1-19b キリの活躍
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いよいよ、霧の番となった。
対戦者は30歳前後と見られる男性で、ワイルドな雰囲気の男前。彼は霧の近くまで来ると、にっこり笑って言った。
「やあ、よろしく、俺は17班のゲイルだ。君、課題3で学園始まって以来の高得点を取ったらしいね? 対戦できて嬉しいよ。とても楽しみだ」
「はあ……。よろしくお願いします、24班のキリです。あまり期待しないでください。実物は抜け作なので……がっかりすることになりますよ」
霧の自信なさげな物言いに驚いたのか、ゲイルは一瞬ポカンとしていたが、すぐに破顔して言った。
「面白いな、君! 一緒の班になれなかったのが残念だ。おや、後ろであの有名なリューエスト・ダリアリーデレが睨んでる。もしかして、恋人?」
「まさか。信じられないでしょうが、あれ、あたしの兄です。信じられないでしょうが、血が繋がっているらしいです。ええ、信じられませんとも、双子だなんて。別に信じなくても差し支えないので信じなくてもいいですよ。でもあたしに絡むと兄があなたにタックルかますので要注意です。これだけは紛れもなく真実です」
ゲイルはまたもや一瞬ポカンとしたが、そのあと大笑いした。どうやら気さくな性格らしい。その笑い方には侮蔑やあざけりなどの嫌な雰囲気は微塵もなく、好意的で爽やかな、ただ愉快だから笑う、という清々しいものだった。
やがてレフリーの合図で、男性から表現が始まった。
表現対象物は、何の飾りも無い黒い立方体。彼はこの無機質な物体をどう表現するのだろう、と霧は緊張しながらも興味津々で耳をそばだてた。
「正六面体の向いは平行、隣は垂直。6の面に12の辺、8の頂点、11展開。へこんじゃいない凸集合、俺の人生も同じくへこむ暇なし!」
(ほほう……? 意味わからん。え……数学? 頭良さそうだな~、この人。凸集合って何だ? よく分からなかったけど、へこまない人生っていいな)
へこみっぱなしの霧は、素直にそう思った。
審判妖精は196点を打ち出している。新入生の平均点は120ほどだから、彼はなかなか強い『辞典』を持っているようだ。もちろん表現が軽快で音のリズムも良かったから、高得点に繋がったのだろう。観覧者からも拍手が沸き起こっている。
続けてレフリーの合図で霧の表現の番となると、コート内は途端に静かになった。
霧は緊張しながら一つ大きく息を吸い込むと、口を開く。
「闇を切り取り光を詰めた。黒く塗り、四角く角張らせ、壊れやすい純白を染まらぬよう守るため。誰が取り出せるだろう、開く面の無い箱の奥、ひっそり佇むその希望を」
霧の表現が始まった途端、辺りはまるで闇が降りたように暗くなり、黒い立方体の中に閉じ込められたような圧迫感が立ち込めた。しかし次の瞬間には美しい光が差し、その神秘的な輝きが人々の心に余韻を残して溶けていく。誰もがそれを感じたが、誰一人、その不思議な現象を説明できる者はなく、霧の放った言葉の雰囲気に呑まれていた。
ほんのわずかな間の表現口上。その一瞬が、永遠に続くように感じられる。霧が表現を言い終わっても、コート内は静まり返っていた。
そうして誰もが身じろぎもせず固まっているのを見て、霧の胸中に不安が募ってゆく。
(え……しまった、はずしたか? 叙情的過ぎた? 事前にいくつか考えた中から、対戦者とは違った切り口の表現を選んだんだけど……ポエミー過ぎたか?!)
霧が内心冷や汗を浮かべていると、呪縛から解き放たれたように、審判妖精が採点を掲げた。光で編み上げたその数字は――
「1万4270点! なんと、1万4270点と出ました! 辞典競技が始まって以来の最高得点です!」
我に返ったレフリーが声高にそう叫ぶと、観客たちが弾かれたように立ち上がり、拍手と歓声を上げた。コート内はたちまち、割れるような大音響に包まれる。
「ああああ……。表現は好きだけど注目されるのは嫌だ。もうここから離れて次の課題に行きたい……」
そう呟き、喜ぶどころか意気消沈している霧を見て、対戦相手のゲイルが近くに走り寄ってきて言った。
「すごいな、キリ! 心が射貫かれるような痺れる表現だった! なあ、良かったら、うちの班と一緒に課題回りしないか? 君と話がしたい! 大丈夫、うちの班全員いい奴ば……っ!」
ゲイルは最後まで言い切ることができなかった。なぜならすごい形相のリューエストに胸倉を掴まれ、後方に弾き飛ばされたからだ。
「妹に近づくな! 指一本でも触れたら、許さない!」
「リュリュリュー、あたし、何にもされてないから! ちょ、ごめん、17班の人、だだだ、大丈夫?! だから言ったのに!」
ゲイルは怒るかと思いきや、すぐに体勢を立て直すと爽やかに笑って言った。
「いやぁ~、全然大丈夫、むしろありがとう! 異才と名高いリューエストさんに凄まれるとは、貴重な体験だ! みんなに自慢してやろっと!」
すんっ……と、霧から表情が消えた。学園の生徒って、もしかしてどこかいっちゃってるアレな奴が多いのか?と思っていると、レフリーの進行で観覧席の点数が双方に加算された。
「観覧席からの配点により、両者総点が出ました! 17班ゲイル・グーゴルプレックス237点! そして24班キリ・ダリアリーデレ……なんと、1万9229点! 勝者、キリ・ダリアリーデレ!」
ワッと、観覧席から拍手と歓声の嵐が沸き起こった。熱狂に包まれた観覧席に向かって、キリの肩を抱いたリューエストが、誇らしげに手を振っている。嬉しそうなリューエストとは反対に、霧は引きつった顔で棒立ちになっていた。
対戦者は30歳前後と見られる男性で、ワイルドな雰囲気の男前。彼は霧の近くまで来ると、にっこり笑って言った。
「やあ、よろしく、俺は17班のゲイルだ。君、課題3で学園始まって以来の高得点を取ったらしいね? 対戦できて嬉しいよ。とても楽しみだ」
「はあ……。よろしくお願いします、24班のキリです。あまり期待しないでください。実物は抜け作なので……がっかりすることになりますよ」
霧の自信なさげな物言いに驚いたのか、ゲイルは一瞬ポカンとしていたが、すぐに破顔して言った。
「面白いな、君! 一緒の班になれなかったのが残念だ。おや、後ろであの有名なリューエスト・ダリアリーデレが睨んでる。もしかして、恋人?」
「まさか。信じられないでしょうが、あれ、あたしの兄です。信じられないでしょうが、血が繋がっているらしいです。ええ、信じられませんとも、双子だなんて。別に信じなくても差し支えないので信じなくてもいいですよ。でもあたしに絡むと兄があなたにタックルかますので要注意です。これだけは紛れもなく真実です」
ゲイルはまたもや一瞬ポカンとしたが、そのあと大笑いした。どうやら気さくな性格らしい。その笑い方には侮蔑やあざけりなどの嫌な雰囲気は微塵もなく、好意的で爽やかな、ただ愉快だから笑う、という清々しいものだった。
やがてレフリーの合図で、男性から表現が始まった。
表現対象物は、何の飾りも無い黒い立方体。彼はこの無機質な物体をどう表現するのだろう、と霧は緊張しながらも興味津々で耳をそばだてた。
「正六面体の向いは平行、隣は垂直。6の面に12の辺、8の頂点、11展開。へこんじゃいない凸集合、俺の人生も同じくへこむ暇なし!」
(ほほう……? 意味わからん。え……数学? 頭良さそうだな~、この人。凸集合って何だ? よく分からなかったけど、へこまない人生っていいな)
へこみっぱなしの霧は、素直にそう思った。
審判妖精は196点を打ち出している。新入生の平均点は120ほどだから、彼はなかなか強い『辞典』を持っているようだ。もちろん表現が軽快で音のリズムも良かったから、高得点に繋がったのだろう。観覧者からも拍手が沸き起こっている。
続けてレフリーの合図で霧の表現の番となると、コート内は途端に静かになった。
霧は緊張しながら一つ大きく息を吸い込むと、口を開く。
「闇を切り取り光を詰めた。黒く塗り、四角く角張らせ、壊れやすい純白を染まらぬよう守るため。誰が取り出せるだろう、開く面の無い箱の奥、ひっそり佇むその希望を」
霧の表現が始まった途端、辺りはまるで闇が降りたように暗くなり、黒い立方体の中に閉じ込められたような圧迫感が立ち込めた。しかし次の瞬間には美しい光が差し、その神秘的な輝きが人々の心に余韻を残して溶けていく。誰もがそれを感じたが、誰一人、その不思議な現象を説明できる者はなく、霧の放った言葉の雰囲気に呑まれていた。
ほんのわずかな間の表現口上。その一瞬が、永遠に続くように感じられる。霧が表現を言い終わっても、コート内は静まり返っていた。
そうして誰もが身じろぎもせず固まっているのを見て、霧の胸中に不安が募ってゆく。
(え……しまった、はずしたか? 叙情的過ぎた? 事前にいくつか考えた中から、対戦者とは違った切り口の表現を選んだんだけど……ポエミー過ぎたか?!)
霧が内心冷や汗を浮かべていると、呪縛から解き放たれたように、審判妖精が採点を掲げた。光で編み上げたその数字は――
「1万4270点! なんと、1万4270点と出ました! 辞典競技が始まって以来の最高得点です!」
我に返ったレフリーが声高にそう叫ぶと、観客たちが弾かれたように立ち上がり、拍手と歓声を上げた。コート内はたちまち、割れるような大音響に包まれる。
「ああああ……。表現は好きだけど注目されるのは嫌だ。もうここから離れて次の課題に行きたい……」
そう呟き、喜ぶどころか意気消沈している霧を見て、対戦相手のゲイルが近くに走り寄ってきて言った。
「すごいな、キリ! 心が射貫かれるような痺れる表現だった! なあ、良かったら、うちの班と一緒に課題回りしないか? 君と話がしたい! 大丈夫、うちの班全員いい奴ば……っ!」
ゲイルは最後まで言い切ることができなかった。なぜならすごい形相のリューエストに胸倉を掴まれ、後方に弾き飛ばされたからだ。
「妹に近づくな! 指一本でも触れたら、許さない!」
「リュリュリュー、あたし、何にもされてないから! ちょ、ごめん、17班の人、だだだ、大丈夫?! だから言ったのに!」
ゲイルは怒るかと思いきや、すぐに体勢を立て直すと爽やかに笑って言った。
「いやぁ~、全然大丈夫、むしろありがとう! 異才と名高いリューエストさんに凄まれるとは、貴重な体験だ! みんなに自慢してやろっと!」
すんっ……と、霧から表情が消えた。学園の生徒って、もしかしてどこかいっちゃってるアレな奴が多いのか?と思っていると、レフリーの進行で観覧席の点数が双方に加算された。
「観覧席からの配点により、両者総点が出ました! 17班ゲイル・グーゴルプレックス237点! そして24班キリ・ダリアリーデレ……なんと、1万9229点! 勝者、キリ・ダリアリーデレ!」
ワッと、観覧席から拍手と歓声の嵐が沸き起こった。熱狂に包まれた観覧席に向かって、キリの肩を抱いたリューエストが、誇らしげに手を振っている。嬉しそうなリューエストとは反対に、霧は引きつった顔で棒立ちになっていた。
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