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一章 入学旅行一日目

1-06a 歩くような速度で下降しながら、浮遊する

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 『クク・アキ』のファンなら、誰もが試みたであろう、辞典魔法遊び。頭の中で言葉を組み合わせ、どんな魔法が発動させられるか想像して遊ぶのだ。もちろん霧も、色々と言葉を組み合わせては何度も「エアー辞典魔法」遊びを楽しんだことがある。
 アニメ化された際には、そのためのオモチャも発売されたほどで、この言葉遊びは知育にも役立っている。
 その遊びの体験がこんな風に生かされるなんて思いもよらず、霧は完成した魔法のホログラムを見つめて感動の溜息をついた。

(初めての、あたしの辞典魔法。ホログラムがキラキラしてる。アニメで再現されていた絵より、美しい。尊い。エモい。泣ける)

 霧は空中に身を投じる前に、古城学園の階段の上で浮遊感に身を浸しながら感慨かんがいにふけっていた。
 魔法発動のために選んだ言葉の一つ、「アンダンテ」は音楽用語で、「歩くような速さで」という意味だ。短い言葉でダイレクトな表現のできる音楽用語は、とても使い勝手が良い。「アンダンテ」はもちろん日本語ではないが、この『クク・アキ』では、日本で使われている外来語も有効で、それがまた面白いところなのだ。
 その「アンダンテ」という言葉を「下降」とセットにし、『核語』である「浮遊」と繋げたことにより、この魔法は「歩くような速度で下降しながら、浮遊する」という魔法になったのだ。もちろん、『核語』の「浮遊」と繋げた「自分」という文字も欠かせない。『核語』の対象となる単語が選ばれていない場合は、不完全な魔法として不発となるだろう。

 地上に降り立つために、どんな魔法を発動させるかは、個人の自由だ。
 他の生徒たちは、おのおの最も適していると思われる、別の言葉を選択して魔法を発動させたことだろう。派手な言葉を使い、意気揚々いきようようと急下降して、誰よりも一番に地上へ降り立った者もいるに違いない。言葉の選び方次第では、この天空学園を旅立つための、どんな魔法も発生しうる。
 しかし霧は、空の旅を楽しみたかった。
 もちろん、初めての魔法だから、慎重にしたいという思いもあったが、一気に下りるよりはゆっくり景色を眺めながら辞典魔法という奇跡を楽しみたかった。だから、浮遊とアンダンテ、下降という言葉を選んだのだ。

 霧はひらいたままの辞典を手に持ち、試しに一番下の階段を目指して、ピョンと飛び降りてみた。ふわっと体が浮く感覚と共に足が階段から離れ、体が緩やかに下降し、目的の段へと運ばれる。トン、と足が階段につくと、浮遊は止まった。この魔法は「浮遊しながら歩くような速度で下降する――対象は、自分」という辞典魔法なのだから、足の下に何らかの物体があるときはそれ以上、下降しない。指示がない部分は、基本、自然法則にのっとって実行されるのだ。だから自分の体が階段を突き破って下降することはない。選び出した最小限の単語で、思った通りの結果となり、霧は満足げに微笑んだ。

「よし、そんじゃ、行きますか」

 霧は、エイッとばかりに足をけり、階段の最後の段から、何もない空間へとジャンプした。途端に、支えの無い空気中に体が浮き、ゆるやかに下降してゆく。

「わ、わ、わ、飛んでる、浮かんでる、……あはははは、あは、あはははははは!!」

 非日常的な体験に興奮して、思わず笑い声が口から飛び出る。体ひとつで空中に浮かんでいる奇異な状況、そして初めての辞典魔法を成功させた喜びに、体中の血液が沸騰しているかのような錯覚すら覚えた。
 強い風が時折霧の体を押し流したが、地上に広がる草原は果てしなく続いていて、多少風に飛ばされても問題なかった。まあ、着地点に何か不都合があったとしても、辞典魔法で対応できるだろう。霧はそう思いながら、空中でうつ伏せになったり仰向けになったり座ってみたりして、存分に空飛ぶ快感に身を任せた。

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