上 下
7 / 175
一章 入学旅行一日目

1-03b ああ入学旅行

しおりを挟む
 きりは異世界の空気を胸いっぱいに吸い込むと、足を前に踏み出した。どこもかしこも、臨場感りんじょうかんあふれている。青い空には白い雲が流れゆき、風に乗ってどこからか鐘の音が聞こえてくる。あれは、この古城学園を歓迎する人々が鳴らしているものだ。霧は耳を澄ませ、感動に目を潤ませた。

(ああ――本当に、どこもかしこも、物語の通り!)

 愛称で『古城学園』と呼ばれるこの空飛ぶ城は、元は地上に建っていた。その頃は王の住まう城だったが、1500年以上も昔に起きた大変革の折、ダリアと言う名の天才魔法士によって空中に運ばれたものだ。以来、特殊な魔法でずっと大空を浮遊している。
 霧が今立っている場所は、城の正面玄関にあたる場所で、少し先に進んだ先に、幅の広い階段が下へと続いているのが見えた。かつては城への出入りのため大地と繋がっていたその階段は、今は一番下で途切れている。
 霧は強い風になぶられながら、ゆっくりとその階段を、下りていった。ちゅうに浮かぶ階段に立っているという、日常では遭遇したことのない状況に、足がすくむ。
 階段の中ほどまで来ると、霧は草原の広がる眼下の景色を覗き込んで、感嘆の声を上げた。

「うっわ……すごいなぁ……、マジで空に浮かんでるよ」

 霧は物語1巻の、印象的なシーンを思い出した。
 学園に入学したての主人公、チェカ・ダリアリーデレが、この空飛ぶ古城学園から飛び立って、入学旅行に行く場面を。

 ――良い入学旅行を!

 霧の頭の中に先程学園長から掛けられた言葉がよみがえり、興奮で鼻の穴が広がる。

「入学旅行……そうか、あたし、入学旅行に出かけるのか! ということは……だ、魔法士学園に入学したということだ! そうか、そうなのか!! この夢、そういう設定なんだな!」

 霧は弾かれたように笑い出した。愉快でたまらない。
 『ククリコ・アーキペラゴ~空飛ぶ古城学園と魔法士たち~』略して『クク・アキ』を愛読しているファン、『ククリアン』なら、この素敵な魔法士学園の生徒になってみたいと思わない者はいないだろう。そして誰もが、入学旅行を体験してみたいと思ったはず。

 この物語が老若男女問わず幅広い世代の読者に支持された要因の一つ。それは、この学園の入学可能年齢が、下は15歳から始まり、上は年齢制限がない、という点があげられる。
 しかも、男女差別は一切ない。『クク・アキ』の世界に住む人は、男でも女でもその他でも、誰でも思い立ったときに学園の門を叩けるのだ。
 男女差別が顕著けんちょ閉塞感へいそくかんのある日本社会で生まれ育った霧には、この学園をはじめとした世界の成り立ちは、非常に魅力的でスカッとするものだった。
 物語の中では、実際に様々な年齢・立場の生徒たちが登場する。15歳という若さの少年少女もいれば、40代~50代の中年、果ては80代のお年寄りまで、この学園では普通に肩を並べて勉学に励んでいるのだ。年齢という垣根がないため、生徒間の交流は非常に広く、奥深いものになる。
 もちろん、この学園に入るための試験は難関だ。ほとんどの生徒が、何年も準備して試験に挑む。
 そして狭き門である古城学園に入学を許された生徒は、まず初めに入学旅行に旅立つ。

 ――入学旅行。それは奇想天外な物語の、幕開けなのである。

「入学旅行、ああ入学旅行、入学旅行!」

 霧はウキウキして、思わず誰かの俳句の調子を真似てしまった。感動のあまり両手を広げて青空をあおぎ見た途端、強い風にあおられ、遥か下方に広がる草原の風景が、ぐらりと視界を踊る。よろけて下に転げ落ちそうになりながらも、霧の胸には恐怖心はなく、ただただ、楽しくてたまらなかった。
 どうにも高揚感こうようかんが収まらず、階段に座り込んで一人笑い転げている霧に、後ろから声が飛んでくる。

「キリ、大丈夫なの?! ちゃんと飛べ立てる?! 教えたこと、覚えているわね?!」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

外れスキルで異世界版リハビリの先生としてスローライフをしたいです。〜戦闘でも使えるとわかったのでチーム医療でざまぁすることになりました〜

k-ing ★書籍発売中
ファンタジー
 使い方がわからないスキルは外れスキルと言われているこの世界で、俺はスキルのせいで家族に売られて奴隷となった。  そんな奴隷生活でも俺の面倒を見てくれる第二の父親と言える男に出会った。  やっと家族と思える人と出会ったのにその男も俺が住んでいる街の領主に殺されてしまう。  領主に復讐心を抱きながらも、徐々に体力が落ち、気づいた頃に俺は十歳という若さで亡くなった。  しかし、偶然にも外れスキルを知っている男が俺の体に転生したのだ。  これでやっと復讐ができる……。  そう思った矢先、転生者はまさかのスローライフを望んでいた。  外れスキル【理学療法】で本職の理学療法士がスローライフを目指すと、いつのまにか俺の周りには外れスキルが集まっていた。  あれ?  外れスキルって意外にも戦闘で使えちゃう?  スローライフを望んでいる俺が外れスキルの集まり(チーム医療)でざまぁしていく物語だ。 ※ダークファンタジー要素あり ※わずかに医療の話あり ※ 【side:〇〇】は三人称になります 手軽に読めるように1話が短めになっています。 コメント、誤字報告を頂けるととても嬉しいです! 更新時間 8:10頃

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!

ree
ファンタジー
 波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。  生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。  夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。  神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。  これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。  ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。

1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません

水川サキ
恋愛
「僕には他に愛する人がいるんだ。だから、君を愛することはできない」 伯爵令嬢アリアは政略結婚で結ばれた侯爵に1年だけでいいから妻のふりをしてほしいと頼まれる。 そのあいだ、何でも好きなものを与えてくれるし、いくらでも贅沢していいと言う。 アリアは喜んでその条件を受け入れる。 たった1年だけど、美味しいものを食べて素敵なドレスや宝石を身につけて、いっぱい楽しいことしちゃおっ! などと気楽に考えていたのに、なぜか侯爵さまが夜の生活を求めてきて……。 いやいや、あなた私のこと好きじゃないですよね? ふりですよね? ふり!! なぜか侯爵さまが離してくれません。 ※設定ゆるゆるご都合主義

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

婚約者と兄、そして親友だと思っていた令嬢に嫌われていたようですが、運命の人に溺愛されて幸せです

珠宮さくら
恋愛
侯爵家の次女として生まれたエリシュカ・ベンディーク。彼女は見目麗しい家族に囲まれて育ったが、その中で彼女らしさを損なうことなく、実に真っ直ぐに育っていた。 だが、それが気に入らない者も中にはいたようだ。一番身近なところに彼女のことを嫌う者がいたことに彼女だけが、長らく気づいていなかった。 嫌うというのには色々と酷すぎる部分が多々あったが、エリシュカはそれでも彼女らしさを損なうことなく、運命の人と出会うことになり、幸せになっていく。 彼だけでなくて、色んな人たちに溺愛されているのだが、その全てに気づくことは彼女には難しそうだ。

夢のテンプレ幼女転生、はじめました。 憧れののんびり冒険者生活を送ります

ういの
ファンタジー
旧題:テンプレ展開で幼女転生しました。憧れの冒険者になったので仲間たちとともにのんびり冒険したいとおもいます。 七瀬千那(ななせ ちな)28歳。トラックに轢かれ、気がついたら異世界の森の中でした。そこで出会った冒険者とともに森を抜け、最初の街で冒険者登録しました。新米冒険者(5歳)爆誕です!神様がくれた(と思われる)チート魔法を使ってお気楽冒険者生活のはじまりです!……ちょっと!神獣様!精霊王様!竜王様!私はのんびり冒険したいだけなので、目立つ行動はお控えください!! 初めての投稿で、完全に見切り発車です。自分が読みたい作品は読み切っちゃった!でももっと読みたい!じゃあ自分で書いちゃおう!っていうノリで書き始めました。 【5/22 書籍1巻発売中!】

処理中です...