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4章
6. 残酷な運命の手
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「ローズ!!」
シャーロットの声に振り向くと、そこには帯剣し軽鎧に身を包んだ勇ましい恰好の彼女が、馬から下りて駆けてくるところだった。シャーロットの後ろには、同じく武装し馬に跨ったフィリップとギルバートもいる。
ローズは不覚にも、涙がせりあがってくるのを止められなかった。ロッティ!と叫びながら彼女の元に駆け寄り、ひしと抱き合う。シャーロットもまた涙混じりの声で、ローズの名を呼んだ。
「ローズ! ああ……ローズ! 良かった、無事だったのね! 魔王に何もされてない?!」
「ええ、ユニコーンが私を守ってくれたの。あいつ、聖なる力に触れて、逃げて行ったわ。でもレジナルドの話だと、きっとまた戻ってくる。レジナルドは塔の最上部にいるわ。行ってあげて。とても気落ちしてる。彼には、あなたの力が必要よ」
シャーロットはフィリップとギルバートを振り返る。シャーロットの言いたいことを理解した二人は頷き返し、シャーロットはもう一度ローズを熱く抱擁したあと、塔へと駆けて行った。ギルバートはシャーロットの馬を厩舎につなぎに行き、フィリップはローズを自分の馬の前に座らせ、そして戻ってきたギルバートと共に、3人は出発した。
「二人とも、魔王の毒気に当てられなかったの?」
ローズの質問に、ギルバートがすぐに答える。
「ええ。騎士団の連中が何やらおかしな顔つきになる中、俺はまったく無事でした。フィリップ殿下も同様です。どうやら精霊の泉の水を浴びたのが原因かと。シャーロットが言うには、魔を退ける強力な気配がまだ体に残ってるそうです。あのオネエ精霊、強烈な個性で『聖』が付くような尊い存在とは思えませんでしたが、癒しの森や聖獣ユニコーン同様、魔に対抗する力を持っているようです」
そういえば二人とも、ヒステリーを起こした精霊から水をもらうとき、差し出した水筒だけでなく全身に水しぶきを浴びていた。それを思い出したローズは、こんなところで役に立つなんて、と不思議な気持ちになった。そして同時に、ある事柄に対して寛大な気持ちになった。
(まあ……許してあげてもよくてよ、オネエ精霊。私より先に、シュリからプレゼントをもらったこと)
ローズはまだ根に持っていたらしい。
馬を走らせながら、フィリップはローズに話しかけた。
「すまなかった、ローズ。兄上の様子がおかしいことには気づいていたが、何も手を打てずにいたのを、許してくれ」
「私も同じですわ、殿下。何もできなかった。私たちは、無力です。勇者の血を引く者に頼る以外、何もできず、はがゆいばかりですわ」
「ああ……シャーロットは凄いな。君が拉致されたことに気付いてすぐ、行動に移した。僕の元に駆けてきて『王家所有の人里離れた建物はどこか』と尋ねてきた。僕がいくつかの場所を地図上で指し示すと、彼女はしばらく目を閉じて集中したあと、カッと目を見開いて僕たちをここに連れて来てくれたんだ」
(凄い、シャーロット! 勇者の超能力かしら?! カッコいい!! そういえば、誰よりも“姫を助けに駆けつける王子様”然としていましたわ! ――ここにいる本物の王子様より)
クスッと笑いながら、ローズは笑ってしまったことを後悔した。フィリップもまた、ローズを心配して駆けつけてくれ、今こうして助けてくれているのだから笑うなんて恩知らずのすることだ、と。実際、森を歩いて抜けるなんて不可能だったろう。
塔の森を抜けた後、ローズは勇者の末裔が住む癒しの森に直行することになった。あの場所なら、魔王は手出しすることはできない。だからこそ、あの邪悪な存在は先手を打ってローズを拉致したのだろう。
フィリップはギルバートにローズを託し、自身はフィッツジェラルド家にローズの無事を伝えるため別行動を取ることになった。
ほどなくローズとギルバートは無事にシャーロットの住む古城へと辿り着いた。もう日が暮れていたが、シャーロットの弟妹達はローズを歓迎し、あれやこれやと世話を焼いてくれた。
――情けは人の為ならず、とはこのことね、とローズはしみじみ思った。或いは餌付けの効果かもしれない、とも思ったが、弟妹達は誰一人、ローズにお菓子をねだることはしなかった。一番小さな女の子でさえ何かをねだることはなく、疲れた様子のローズの手を握り、「貸してあげる」と彼女の宝物と思われる人形をローズの膝に置いた。ローズは上擦った声で「ありがとう」と言うのが精一杯だった。子どもたちの思いやりの心に感動して、泣きそうだった。
そしてその晩。残酷な運命の報せが、ローズを待ち受けていた。
シャーロットの住む勇者の古城に避難したローズは、その晩、家族と共に一人の男の来訪を受けた。
フィリップからローズの無事を聞き、愛娘に会いに来たフィッツジェラルド夫妻――ローズの両親は、シュリの双子の妹と、一人の異国の男を一緒に連れて来ていた。
ローズの胸に、ざわざわと悪い予感が沸き起こる。
ローズの母は娘を搔き抱き、しっかりと寄り添った。
双子はローズの懐に飛び込むと、縋りついて泣き崩れる。
異国の男はローズの前に膝を付き、俯いている。
ローズは唾を呑みこんで、なぜ泣いているのか分からない双子を抱きしめ、震える声で問いかけた。
「イハ……だったわね。どうしたの……計画は、順調?」
そう、彼の名はイハ。シュリの忠臣だ。
イハは顔を上げた。その顔には生気がなく、何かの使命でかろうじてこの世に繋ぎ止められている、死人のようだった。虚ろなその目はローズをとらえ、呆然とした口調で言葉を発した。
「ローズ様……辛いお報せを……せねばなりません。我が君は無事に政権を取り戻し、大臣を捕らえることに成功しましたが……その後、命を落とされました」
シャーロットの声に振り向くと、そこには帯剣し軽鎧に身を包んだ勇ましい恰好の彼女が、馬から下りて駆けてくるところだった。シャーロットの後ろには、同じく武装し馬に跨ったフィリップとギルバートもいる。
ローズは不覚にも、涙がせりあがってくるのを止められなかった。ロッティ!と叫びながら彼女の元に駆け寄り、ひしと抱き合う。シャーロットもまた涙混じりの声で、ローズの名を呼んだ。
「ローズ! ああ……ローズ! 良かった、無事だったのね! 魔王に何もされてない?!」
「ええ、ユニコーンが私を守ってくれたの。あいつ、聖なる力に触れて、逃げて行ったわ。でもレジナルドの話だと、きっとまた戻ってくる。レジナルドは塔の最上部にいるわ。行ってあげて。とても気落ちしてる。彼には、あなたの力が必要よ」
シャーロットはフィリップとギルバートを振り返る。シャーロットの言いたいことを理解した二人は頷き返し、シャーロットはもう一度ローズを熱く抱擁したあと、塔へと駆けて行った。ギルバートはシャーロットの馬を厩舎につなぎに行き、フィリップはローズを自分の馬の前に座らせ、そして戻ってきたギルバートと共に、3人は出発した。
「二人とも、魔王の毒気に当てられなかったの?」
ローズの質問に、ギルバートがすぐに答える。
「ええ。騎士団の連中が何やらおかしな顔つきになる中、俺はまったく無事でした。フィリップ殿下も同様です。どうやら精霊の泉の水を浴びたのが原因かと。シャーロットが言うには、魔を退ける強力な気配がまだ体に残ってるそうです。あのオネエ精霊、強烈な個性で『聖』が付くような尊い存在とは思えませんでしたが、癒しの森や聖獣ユニコーン同様、魔に対抗する力を持っているようです」
そういえば二人とも、ヒステリーを起こした精霊から水をもらうとき、差し出した水筒だけでなく全身に水しぶきを浴びていた。それを思い出したローズは、こんなところで役に立つなんて、と不思議な気持ちになった。そして同時に、ある事柄に対して寛大な気持ちになった。
(まあ……許してあげてもよくてよ、オネエ精霊。私より先に、シュリからプレゼントをもらったこと)
ローズはまだ根に持っていたらしい。
馬を走らせながら、フィリップはローズに話しかけた。
「すまなかった、ローズ。兄上の様子がおかしいことには気づいていたが、何も手を打てずにいたのを、許してくれ」
「私も同じですわ、殿下。何もできなかった。私たちは、無力です。勇者の血を引く者に頼る以外、何もできず、はがゆいばかりですわ」
「ああ……シャーロットは凄いな。君が拉致されたことに気付いてすぐ、行動に移した。僕の元に駆けてきて『王家所有の人里離れた建物はどこか』と尋ねてきた。僕がいくつかの場所を地図上で指し示すと、彼女はしばらく目を閉じて集中したあと、カッと目を見開いて僕たちをここに連れて来てくれたんだ」
(凄い、シャーロット! 勇者の超能力かしら?! カッコいい!! そういえば、誰よりも“姫を助けに駆けつける王子様”然としていましたわ! ――ここにいる本物の王子様より)
クスッと笑いながら、ローズは笑ってしまったことを後悔した。フィリップもまた、ローズを心配して駆けつけてくれ、今こうして助けてくれているのだから笑うなんて恩知らずのすることだ、と。実際、森を歩いて抜けるなんて不可能だったろう。
塔の森を抜けた後、ローズは勇者の末裔が住む癒しの森に直行することになった。あの場所なら、魔王は手出しすることはできない。だからこそ、あの邪悪な存在は先手を打ってローズを拉致したのだろう。
フィリップはギルバートにローズを託し、自身はフィッツジェラルド家にローズの無事を伝えるため別行動を取ることになった。
ほどなくローズとギルバートは無事にシャーロットの住む古城へと辿り着いた。もう日が暮れていたが、シャーロットの弟妹達はローズを歓迎し、あれやこれやと世話を焼いてくれた。
――情けは人の為ならず、とはこのことね、とローズはしみじみ思った。或いは餌付けの効果かもしれない、とも思ったが、弟妹達は誰一人、ローズにお菓子をねだることはしなかった。一番小さな女の子でさえ何かをねだることはなく、疲れた様子のローズの手を握り、「貸してあげる」と彼女の宝物と思われる人形をローズの膝に置いた。ローズは上擦った声で「ありがとう」と言うのが精一杯だった。子どもたちの思いやりの心に感動して、泣きそうだった。
そしてその晩。残酷な運命の報せが、ローズを待ち受けていた。
シャーロットの住む勇者の古城に避難したローズは、その晩、家族と共に一人の男の来訪を受けた。
フィリップからローズの無事を聞き、愛娘に会いに来たフィッツジェラルド夫妻――ローズの両親は、シュリの双子の妹と、一人の異国の男を一緒に連れて来ていた。
ローズの胸に、ざわざわと悪い予感が沸き起こる。
ローズの母は娘を搔き抱き、しっかりと寄り添った。
双子はローズの懐に飛び込むと、縋りついて泣き崩れる。
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ローズは唾を呑みこんで、なぜ泣いているのか分からない双子を抱きしめ、震える声で問いかけた。
「イハ……だったわね。どうしたの……計画は、順調?」
そう、彼の名はイハ。シュリの忠臣だ。
イハは顔を上げた。その顔には生気がなく、何かの使命でかろうじてこの世に繋ぎ止められている、死人のようだった。虚ろなその目はローズをとらえ、呆然とした口調で言葉を発した。
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