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1章

12. 乙女ゲームのヒロイン・シャーロット

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 まずい。すごくまずい。めちゃくちゃまずい。ピンチだ。洗濯バサミだ。いや冗談を言っている場合ではない!!
 ローズの聡明な頭は働かず、幼稚な単語に加えてつまらないダジャレがぐるぐると渦を巻いた。

 そうしてフリーズしていると、フィリップ王子がローズの元に戻ってきて言った。

「ローズ、どうかシャーロット嬢をこの馬車で王宮まで送る許しをいただきたい。あなたの隣に彼女を座らせる許可を、どうか僕に与えてくれ」

(なにぃぃいぃいぃいっっっ!!!!???? 断固拒否!!!!!!
 絶対絶対絶対、シャーロットと関わるわけにはいかない!!!!)
 
 ローズはそう、心の中で絶叫した。しかし顔には出さず、とっておきの拗ねた表情と甘い声を王子に向けた。

「無粋ですこと……せっかくフィリップ殿下と二人きりの道行きを楽しんでいましたのに……」

「っ!!!!」

 トゥックーーーーーーン!!!
 という擬音が聞こえてきそうなほど、王子の胸がときめいていることは一目瞭然だ。
 ローズはトドメとばかりに、

「別の馬車を手配して差し上げてはいかがかしら?」

 と、提案する。長い睫毛を可愛らしく何度かパチパチさせ、流し目をくれてやりながら。
 王子はすぐにでもそうするだろうとローズは踏んでいた。――が、元はと言えば王子はシャーロットの恋愛対象だ。そのせいなのか、王子は食い下がった。

「お願いです、ローズ。もうすぐ雨が降ってきそうだ。この寒空にシャーロット嬢を置き去りにするなど、紳士のすることではない。どうか僕に、あなたの慈悲を与えてください」

 ローズは少しばかりフィリップ王子を見直した。愛しいローズの不興を買っても、紳士としての矜持を取ったのだ。なかなか立派ではないか。…………「両手に花」を実行したい、ただの女たらしかもしれないが。
 ローズは溜息をつくと、観念して言った。もう腹を括るしかない。

「お好きになさればよくてよ。殿下の馬車ですもの」

 嫌味っぽく言ったにもかかわらず、王子は晴れやかな笑顔を浮かべた。

「おお、ローズ! わかってくれると思っていた! この埋め合わせは必ずするから!」

 埋め合わせ? いえ結構、何も要らないから家に帰して。
 ローズがそう呟いている間に、シャーロットが王子に導かれて馬車に乗り込んできた。恥ずかしそうに頬を染めたシャーロットは、ローズに会釈したのち遠慮がちに隣に座り、その後王子も乗り込んで馬車は再び動き出した。

 ローズの脳裏に、魔女ヴァネッサの言っていたことが浮かぶ。

『しかしこの世界のシャーロットは、嬢ちゃんの知っているシャーロットかねぇ? どうだろうねぇ? 悪役とヒロイン、立場の逆転! なんてものもあるかもしれないねぇ』

 ――ああ、どうしよう。シャーロットがもし、私の知る彼女と違って性悪女だったなら、私はじわじわと破滅への道を歩まされるかもしれない!
 そう思ったローズの額に、嫌な汗が浮かぶ。心臓は早鐘を打っていて、口から飛び出しそうだった。でもそんな様子はかけらも見せず努めて平静を装うローズに、フィリップ王子が紹介のために口を開いた。

「ローズ、こちらはシャーロット・アデル・オルコット嬢。今夜の舞踏会には、我が兄レジナルドが彼女を招待しています。シャーロット、こちらはローズ・ベアトリクス・レネ・フィッツジェラルド嬢です。麗しき僕の従妹の姫です」

 要らない装飾付きのご紹介どうも。
 心の中ではそう呟きながら、ローズはにっこりと愛想笑いを浮かべた。
 それを見てシャーロットの目が輝き、可愛い声が飛び出した。

「あっ、あっ、ぞっ、存じております、ローズ様! お会いできて光栄です! きょきょ今日は、とんでもないご迷惑をおかけして、申し訳ありません!! なるべく失礼のないよう、おとなしく座っておりますので、どうぞ王宮に着くまでの間、よろしくお願いします!!」

 ローズは貴族の中でも特に名家の令嬢で、その上「氷の薔薇姫」と呼ばれて様々な噂をされる身なので、シャーロットがローズと面識がなくても、一方的に知っていることに不思議はない。
 でも、シャーロットって、こんなに腰が低かったっけ? それにどうしてそんなに緊張しているのよ? 語尾に全部「!」が付いていてよ?……ああ……もしかして「氷の薔薇姫」の悪い噂を聞いて意地悪されると身構えているのかも……そうするとこのシャーロットは、私のよく知っているシャーロットと同じかも……。――そんな風にシャーロットの様子を探りながら、ローズは黙っているのもおかしいと思い、口を開いた。

「あら……私をご存じなの? あなたの耳に入ったのは、きっと良い噂ではないわね……ほほほ……」

「そっ、そんなことありません! お友達思いの優しい方だと伺っています!」

(ええっ?!
 どこからそんな評価を拾ってきたの?!)
 
 少なからず驚くローズの気持ちを察したシャーロットは、慌てて続きを話した。

「あっ……あっ……あのっ、わわわ私、王太子殿下とは小さい頃から懇意にして頂いて……子供の頃、殿下は私の住む森に静養にいらしてた頃があって、それで……。そのレジナルド殿下が、お従妹のローズ様のことを話してくださったんです。あの、高慢な貴族のご令息をこてんぱんにやっつけた一件、胸がスッとしました!! 実は私、あの人にはさんざん嫌な思いをさせられて……森の猿姫とか、貧乏勇者のちんちくりん娘とか、さんざん言われて……でもっ、そんなこと、もうどうでもよくなりました! ローズ様のおかげです! いつかお会い出来たらお礼を言おうと思っていたんです!」

(なんですって?! 森の猿姫……?! ちんちくりん娘……?!)

 ローズは少なからずショックを受けた。
 この国には猿はいないが、見世物として巡業者が連れていることがあるため、よく知られている。猿といえば、粗野で滑稽というイメージだ。貴婦人の表現に使うには底知れぬ悪意を感じる。しかもちんちくりん娘とは、なんて幼稚な悪口だろう。

(あの貴族の悪ガキ、もっと追い詰めてやれば良かった)

 ローズは心の中でレディにあるまじき言葉を使って悪態をつきながら、シャーロットの人柄が「ばらクロワルツ」のゲームと違わないことにひとまず胸をなで下ろしていた。性格の悪いシャーロットなんて、見たくない。
 目の前の彼女の言葉が心の底から出た本音で、嘘のないことはローズにはよくわかっている。なぜならさっきから一度も頭痛が起こっていないのだから。相手が嘘をつけばたちまち頭痛の起こる、この神から授かった才能にローズは深く感謝した。

 それに、シャーロットが気立ての良い子だという証明はもう一つある。
 ローズのあの一件をシャーロットに話して聞かせたのがレジナルド王子なら、彼は事実をありのままに話したはずだ。レジナルド王子は人の本質を見抜く目を持っている。例え友人に代わって復讐するためにしたこととはいえ、ローズには無慈悲な冷たい部分があることを、レジナルド王子はシャーロットに伝えたはずだ。それなのに、シャーロットはそれには触れず、「友達思いの優しい方」という良い情報だけを抜き出してローズをイメージしている。
 そう……「ばらクロワルツ」のシャーロットは、そういう子だ。
 人づてに聞いた話の暗い部分を見るより、明るい部分に目を向ける。容易く他人に迎合せず、噂話を真偽を確かめずに信じたりしない。心の芯が真っ直ぐで、ねじれたところがない。温かく、素直な心を持った、勇者の子孫。
 ローズが感動したようにシャーロットを見つめていると、彼女は顔を真っ赤にしてはにかみながらも、嘘のない晴れやかな笑顔をローズに向けた。
 途端に、ローズの鼓動が大きく跳ね上がる。

(ああ……どうしよう。この子、シャーロットなんだわ。正真正銘「ばらクロワルツ」のヒロイン、あのシャーロットなんだわ!)

 友達になりたい。もっとおしゃべりしてみたい。強くそう思ったものの、シャーロットと関わればゲーム通りの「悪役令嬢ざまあ」展開を回避できず、悲惨な結末を迎えてしまうかもしれない。ローズの心はグラグラと揺れていた。
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