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1章

4. 希望を求めて「蝶の森」へ

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 蝶の飛び交う森に足を踏み入れると、前方に可愛らしい家が見えた。ローズの前世の世界なら、絵本に出てきそうなメルヘンな建物だ。その家にローズが近付いた途端、びっくり箱を開けたみたいに中から魔女が飛び出してきた。

「いらっしゃい、ローズ嬢ちゃんや! そろそろ来る頃だと思って、お茶を用意して待ってたよ。おやおや、ずいぶんと大きくなったもんだ」

 温かい歓迎を受け、ローズの心細い胸中が爆発する。彼女は優雅な挨拶も忘れ、貴族の令嬢にあるまじき取り乱した態度でヴァネッサに突進した。

「教えて魔女ヴァネッサ、私、とても困っているの! ここは私の前世でゲームだった世界で、私は最悪な結末を迎える悪役らしいの! 昨日やっと気付いたのよ!! でも、これは本当のことなの?! もしかして私、夢でも見てるのかしら?! ああっ、ひょっとして!! 前世で私は植物人間になっていて、これは全部その私が見てる夢では――いいえ、もしかして前世が夢かも?! それならゲームの世界というのも夢?! つまりすべてが幻?!」

 一人混乱して頭を掻きまわすローズを見て、魔女は体を揺らしてヒャヒャヒャと笑った。

「面白い。相変わらず嬢ちゃんは面白いねぇ! 『胡蝶の夢』というわけかい? 深いねぇ、まったく、大人になったもんだ」

 『胡蝶の夢』? 確か前世の世界の、ある思想家の説話だ。でもそんなことはどうでもいい!

「お願い、教えてヴァネッサ! 私はこの先、破滅エンドを迎えるの?! また幸福になれないまま、死ぬの?!」

 そう叫びながら感情が頂点に達したローズは、ワッと泣き出した。
 幸福になれないまま死ぬ――そう、木下蕾は、人並みの幸福を何一つ知らないまま、25歳という若さで幼児の落下事故に巻き込まれて命を落とした。
 最後の記憶は通勤途中の路上。15階建てマンションの連なるその道で、10階くらいの高さのベランダから落ちてきた幼児を、蕾は思わず両腕を出し全身で受け止めた。受け止めることには成功したものの、重力による加速のついたおよそ10kgもの物体は、蕾の体を地面に激突させた。
 ――あっ、終わった。
 心の中でそう呟いたのが、蕾の最後の記憶だった。

 ずっと封印していた最期の瞬間を鮮明に思い出したことで、ローズの動揺は更に高まった。その様子を見たヴァネッサはローズの肩に腕を回して家の中に招き入れると、椅子に座らせお茶を差し出した。

「まあ、飲みなさい。落ち着くよ。鎮静効果のあるハーブが入っているからね」

 ヴァネッサは少し間を置いて、優しい声で話を続けた。

「さっきの、『胡蝶の夢』の話だけどね。夢か現実か、そんなことはどうだっていいのさ。のう、ローズ嬢ちゃんや、あたしの目の前にいるおまえさんが、今あるすべてだ。必要なものは、すべて揃っている。どう生きるも、嬢ちゃん次第なのさ」

「わからない、わからないわ、ヴァネッサ! それはどういう意味なの?! この世界は、ゲームの世界、そうでしょう? ヒロインはシャーロット、私は破滅する悪役令嬢!! そうなんでしょう?!」

 ヴァネッサをコツコツと机を指で叩きながら、かみ砕くようにゆっくり、言葉を紡いだ。

「この宇宙にはね、無数の世界が存在しているのさ。そして互いに影響し合っている。嬢ちゃんの前世の世界は、この世界から得たインスピレーションを、ゲームという形で表現した。そして嬢ちゃんの前世の世界もまた、異なる世界にインスピレーションを送る。卵が先か、鶏が先か――どっちなんだろう、面白いねぇ」

 ククク、と魔女は笑ったのちに話を続ける。

「とにもかくにも、嬢ちゃんの前世の世界では、最終的に『ぎゃふん』と言わされヒロインの勝利に爽快感を与える悪役令嬢の存在が、『ざまあ』という言葉と共に大流行。全体から見れば一部ではあるが多くの人の意識に上り、増幅して世界間を超えてゆく。そうそう、『ざまあ』と『悪役令嬢』に『婚約破棄』を入れたらもう無敵らしいじゃないか。あれかい、ご飯の上にエビ天のせて更に各種野菜天をのせ、更に卵でとじたりなんかして、んもうこれでもかってくらいてんこ盛りの狂喜で発狂寸前の豪華メニューみたいな感じかね? もちろん、漬物も添えてあるよ? うん? 盛れるものが他にもあったね? 確か『異世界転生』『俺TUEEEE』それにチートに飯テロ・勘違い・あやかし・人外……」

「えっ……え?! ええっ?! ちょっと待ってヴァネッサ、何の話をしているの?!」

 勢いよくまくしたてる魔女の言葉に、ローズは気圧されますます混乱してきた。
 その様子に気付き、魔女は「いっけな~い、テヘペロ☆」などと言いながら舌を出してウインクし、己の拳でコツンとおでこを叩いて続けた。

「すまないねぇ、夢中になって話が逸れた。つまり、この世界は嬢ちゃんのよく知るゲームの世界でありながら、別の世界でもあるということさね。大体、よく考えてごらんよ、嬢ちゃんはゲーム内の悪役令嬢と100%キャラ一致してるかい?」

「そう、そこなのよ、ヴァネッサ! ゲーム内では『悪役令嬢ローズ』の両親は娘同様に陰険な性格で、富と権力を悪用して宮廷内の覇権を握り政治を牛耳ろうとしていた。でも私の両親は、温厚な性格で王家に忠誠を誓っているし、私はそもそも、王妃の座なんてどうでもいいしシャーロットに敵意は持っていないの!」

 そう、むしろ、シャーロットに好意を抱いている――ローズは改めて、胸中を再確認した。
 「野ばらのクローゼット~運命の貴公子とワルツを」――略して「バラクロワルツ」を夢中でプレイしていたとき、前世のローズである蕾はシャーロットが大好きだった。  
 シャーロットは明朗快活な性格で、決して人の悪口を言わない素敵な女の子。そんな長所だけなら嘘くさくて、かえって嫌味だったろうが、彼女はドジっ娘属性でギャグ思考のヘンテコな面があり、それがシャーロットの人柄に親近感を持たせる要因となっていた。
 きっとこの娘なら、嫌な顔ひとつせずに私の友達になってくれる。ああ、シャーロットみたいな娘と友達になりたい――ボッチ女子の蕾は、よくそう思っていた。

「ふふふ、そうかね、シャーロットが好きかね。しかしこの世界のシャーロットは、嬢ちゃんの知っているシャーロットかねぇ? どうだろうねぇ?」

「!!」
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