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「おい! 真夜まや!」

 思わず立ち上がって後ろから真夜の手首を掴むとびっくりしたように振り返って濡れた黒い瞳をまたたかせた。

「何? 宇大うたくん……」

「お前……それ……何だよ……?」

 臀部でんぶへの視線に気付いたのだろうか、ハッとしたように視線を泳がせるから俺は真夜の両肩を掴んで揺さぶった。

「ああ……。売りしてた時の客にやられたんだ。あの頃はもう今と違って何されても文句は言えなかったから。常連客の中にそういう性癖の男がいたんだ。その時の名残なごり」

「真夜……」

 真夜は慌てたように俺の手を振りほどいて、「大丈夫だよ、俺は!」と叫んで逃げるように風呂場へ駈け込んで行ってしまったので、俺は途方に暮れて立ち尽くした。

(あんなに苦しい生き方を強いられてきたのか……)

 とりあえず自分の身なりを整えて脱衣所にスウェットを置いてやってリビングに戻ると、すっかりぬるくなった缶ビールを一口煽る。

(真夜の痛々しい過去を知ってしまった以上アイツを守って、理解者になって、責任を取るべきだ……)

 好きとも告げてやれず勢いだけで抱いてしまえば同情だと思われても仕方がなかったのかもしれない。

 ――俺は真夜が好きなのか?

 男など抱けるわけがないと思っていたが、真夜の身体を見ても嫌悪感を抱かなかったし、むしろ俺の方が溺れていた気がしなくもない。

 それに真夜の居場所になってやりたいと思う。

「完全に俺、溺れてるな……」

 気が付いてしまったが最後、もはや真夜が好きな気持ちが心の奥底からトクトクと泉のごとく湧き出て来て止まらなくて。

 身体で懐柔かいじゅうされてしまったのは否めない。

 否めないが、男であっても抱くことが出来たのはきっと相手が真夜だったからに他ならないだろう。

(指一本触れさせないどころか俺の方から進んで手を出してしまうなんてな……。こんな展開誰が想像出来るか……)

 だが、もう認めざるを得ないだろう。

 俺は真夜が好きだ。
 抱いてから確信するだなんて本当に失礼なことをしてしまったと思うけれど、真夜が好きだ。

 これから誠心誠意、真夜が好きだと行動で示せれば……同情なんかじゃないとわかってもらえるだろうか。
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