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「――ひじり、聖!」

 名前を呼ぶ声にパチリとまぶたを開けると、絞め技の要領で数分落ちていたようで、父さんが美聖みさとを羽交い締めにしていて、ナースコールを押したらしく二人の看護師が病室に入ってきた。

「放して! パパ!」

 暴れ狂う美聖を男性看護師が二人がかりで父さんから引き剥がし、腕と足に拘束バンドをつけて、ベッドに括り付けられていく。

「聖! なんで起き上がるのよ! 死になさいよ! 絶対に許さないから!」

 ベッドに拘束された美聖が俺の死を望み叫ぶ声を、ゆっくり立ち上がりながら耳に入れるけれど、誰か知らない人を罵倒しているように感じられた。

(俺に死ねって言ってるんだよな……)

 俺と美聖は仲が悪い姉弟だったわけじゃない。

 小さな頃に死んだ母さんと、仕事でほとんど家にいない父さんを待って、身を寄せ合うように仲良く生きてきた姉弟だったはずだ。

(俺が時也ときやさんを奪ったせいでここまで人格が変わるほど美聖を苦しめたんだ……)

 やがて美聖は看護師に暴れながら鎮静剤の注射を打たれて、しばらく狂ったように俺に「死ね」と叫んでいたけれど、数十分後には眠りについた。


***


「大丈夫だったか? 聖」

 美聖が眠ったのを確認した後、俺と父さんは病室を出てロビーの椅子に並んで座っていた。

「……うん。美聖、もう身体は大丈夫なの?」

「ああ、医者も驚くほど臓器に後遺症もないらしく、様子を見てあと数週間で退院出来るらしいんだが……とにかく聖を呼べとあの調子でな……。退院させたらそのまま精神科に入院させた方がいいかもしれない。あんな状態で家に戻したら聖に何をするかわからない」

 美聖があんな調子だったら、時也さんと二人で謝るなんてことをしたら、俺か時也さんが殺されてしまっていたかもしれない。

 一緒に美聖の回復を待って時也さんとのことを許してもらって、俺だけ幸せになんて無理な話だったのかもしれない。

「聖……時也さんも意識不明って……本当なのか?」

「……うん。やっぱり、俺の疫病神が祟ってるのかな」

「でも、美聖は目覚めた。時也さんも死んだわけじゃない。自分を責めるな、聖。美聖が目覚めたように時也さんもきっと目覚める」

 時也さんが目覚めたとしても――。

 美聖の許しを得ない以上、誠実な彼は俺との関係をきっと考え直すかもしれないし、美聖の精神状態を優先するはずだ。

「父さん……俺、幸せになれない……。時也さんと、幸せになれない……どんな望みも俺は叶わない……それが、よくわかったかもしれない……」
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