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しおりを挟む「時也さん……仕事を辞めるのは、もう少し待ってくれませんか?」
時也さんの温かな腕の中、ポツンとこぼしたら時也さんはわずかに身じろいで「なんで?」と頭を寄せてきた。
「美聖の遺書に……時也さんの心は俺から美聖が連れていくって書いてたんです。美聖が目を覚ました時……時也さんが仕事を辞めていたら、会えなくなったら……また絶望してしまうかもしれません。美聖の拠り所はきっと時也さんだけだったんだと思います。俺の嫉妬心とかは……美聖の目が覚めて、謝って、許してもらうまで我慢出来ます。それに――時也さんが急に辞めたら美聖みたいな人が続出するかもしれません。そんなの俺……嫌だから」
「美聖さん、ちゃんと目覚めるって思えるようになったか? 俺のそばにいたら目覚めないとか、そんな思い込みはなくなったか?」
時也さんの問いに(まだ不安が完全に拭えたわけじゃないけど……)と俯きつつ、それでも俺はそっと吐息と一緒に言葉を吐き出す。
「正直、まだ不安です……。でも、時也さんのそばにいたい。俺も幸せになれる可能性があるなら賭けてみたい。時也さんのそばにいたら幸せになれるって信じてみたい。離れられない……時也さんから……」
言ったら、時也さんは頭をガシガシ掻きながら「だから、そういうのが困るんだよなぁ」と溜め息を吐くから。
「困り……ますか?」
「俺は一世一代の決心をしたつもりなんだけど、そんなこと言われたらまた仕事に戻って……そんで俺は使命感で仕事を辞められなくなっちまいそうで。揺らいでた気持ち、聖ちゃんのために固めたんだけど、時也さん困っちまう。ワガママな聖ちゃんでいてくれていいんだぞ? 遠慮すんな」
「美聖が目覚めたら……許して貰えたら、その時は胸張って時也さんを独占したいって言います。だから――」
言い終わる前に、時也さんは俺の唇を塞いだ。
さっきはお預けされた熱い舌が口腔に潜り込んで、何か本当に大切でたまらないものに捧げるようなキスをしてくるから、瞳が滲みそうになる。
ゆっくり唇を離した時也さんが耳孔でそっと囁く。
「俺の姫はマジで健気すぎる。勘弁してくれ。時也さんノックアウト寸前っす。いや、もう昇天。天国への切符あざーっす」
「天国への切符もらったのは俺の方です。時也さんが俺の全部包みこもうとしてくれるから、やっと前を向けました。だから、次は美聖が目覚めた時、また会ってください」
――前を向けたのは全部、時也さんのお陰なんだ。
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