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「――俺さ、この九年ホスト続けて、店休んだのって元カノの葬式に帰省して以来初めてだ」

 病院から二人で時也ときやさんの部屋に雪崩れ込んで、何かたがが外れたみたいに身体を繋げ、激しく交わった後で。

 互いに裸身のまま、時也さんの胸にぴたりとくっついて体内に残る熾火おきび微睡まどろんでいると、彼は静かに声を発した。

「……そうなんですか?」

「ああ。ホストって身体が資本だからさ。体調管理も仕事のうちだから、ナンバーワンたるもの風邪で欠勤とかも出来ねぇんだよ。この九年、使命みたいに働いてきた。手に入れたもんは莫大な金と人脈。すげぇ誇りに思ってた。でも――ひじりちゃんに出会って、こんなちっぽけなもんだったんだなって思った」

(時也さん……本当にホストを辞めちゃうんだろうか……)

 感慨の海に浸っていると、時也さんはまだ微熱が残る俺の首筋に這うように唇を滑らせるから、満ち足りた疲労感に身体は緩やかに冷め始めていたのに、再び熱がこもり始める。

「……ん、時也さん……」

「聖ちゃん、すっげぇ愛してる。何度でも欲しい。もらってももらっても足りねぇんだ……仕事にも貪欲だったけど、惚れた相手には比べ物になんねぇくらい貪欲みてぇだ」

 首筋を這っていた唇が俺の唇に重なる。

 ゆっくり触れ合った唇が隙間もないくらい密閉されたまま動き出さないから、何か心に刻みつけられるように時也さんの熱で全身の血が煮え立つ。

 我慢出来なくて少し唇を開けたけど時也さんは入ってこようとしなくて、焦れて俺から舌を差し出せば、ちゅっと舌先を吸われて唇は離れていった。

「貪欲に……求めてくれないんですか?」

「んー。本当なら今日は抱かないはずだった。美聖みさとさんがこんな状態なのにすげぇ不謹慎だったと思う。でも我慢出来なかった。俺たちがちゃんと愛し合ったら、美聖さんも目覚めて、聖ちゃんも疫病神になんてならないようになって欲しかったんかもな。次は――ちゃんと美聖さんに謝ってからにしような?」

(美聖……俺と時也さんが愛し合っても……目覚めてくれるかな……)

 わずかに震えた手を、しっかり見過ごさない時也さんは、心の内を汲むように握りしめてくれた。

「……はい。信じます。時也さんのことも美聖のことも」 
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