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「……父さんは、ひじりにも幸せになって欲しいと思ってる。お前の性癖を受け入れた。会社を継がせるつもりもない。過去の不幸の分まで幸せになって欲しいと思っている。なのに――どうして聖は幸せになれないんだろうな……」

「……俺はもう時也ときやさんから離れるから……そうしたらきっと美聖みさとも目が覚めるよ。俺のせいできっと目覚めないだけだよ。幸せなんか……望んじゃいけないんだ……」

 父さんはもう何も言わなかった。

 俺の幸せを願ってくれるのは嬉しいけれど、俺には幸せになる権利なんかないんだ。

 そんなこと初めからわかっていたはずなのに、どうして俺は時也さんの手を取って、美聖を焚きつけるようなことを言ってしまったんだろう。

 さっきだって、美聖のことで電話がなければ俺は時也さんを刺そうとしていた――。

 甘い誘惑のまま、時也さんの未来を奪おうとしていたんだ。

(許されない……こんなの……)

「……帰ろう。父さん。……俺が全部終わらせるから。そうしたらきっと美聖も目覚めてくれるはずだよ……。俺の幸せは……願ってくれなくても大丈夫。一人で生きていけるように強くなるから」

「でも聖――」

「……いいんだっ! 俺は幸せになんかなれない! そんなの全部わかってる! 生まれてきちゃいけなかったことも! ……苦しいよ……。幸せになんかなれないのに、幸せになれなんて言われたら苦しいよ……もう、やめて……お願いだから……」

 頬が生温い液体で濡れている感触に、自分の弱さをまざまざと痛感させられたようで、むりやり袖で拭ってみるけれど止まってはくれなくて。

 どうして、こんな不運を背負っているのだろう。

 時也さんなら、あの人ならもしかしたら俺の疫病神ごと包み込まれて、振り払ってもらえるかもしれないと思った。

 それだけのオーラを纏う人だった。

 けれど、それでも俺の抱える不幸は消えてくれなかった。

 だったらもう、どんな人でも無理じゃないか。

(俺は一生一人なんだ――)
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