32 / 85
32
しおりを挟む
朝十時、まだ眠っている時也さんの腕の中から抜け出すと、そっと見下ろした寝顔までもが恐ろしく整っていて、けれど俺のせいで苦しめているのかと思うと胸が痛む。
このままずっと時也さんが目覚めるまでそばにいたいけれど、(昼から撮影が入っていたか……)と溜め息が出た。
***
都内の病院を訪ねたのは撮影が終わった十五時過ぎだ。
時也さんから聞いていた個室を開けると「早く家に帰りたーい!」と言う真夜くんの叫びが聞こえたと同時、「ガキみたいなことを言うな」と知らない男性の声が聞こえてくる。
静かに部屋に足を踏み入れて「あの、真夜くん。こんにちは」と声を掛けると、真夜くんはパッと明るい顔を見せて「聖くん!」と笑った。
そばの丸椅子に座っていた、精悍な面差しをした多分時也さんよりも年上だろう男性がぺこりと会釈してくるので俺も頭を下げると、彼は少しだけ訝しんだ瞳を向けてくるからそわそわしてしまう。
「真夜、彼は?」
「あ、宇大くん妬いたー? 心配しなくても俺は浮気しないよ? ほら、この子がこの間話した時也さんのかわい子ちゃん」
その言葉に弾かれたように俺を見つめた宇大さん、という方は安心した表情で「ああ。キミが時也さんの……。話は聞いている。俺は真夜の恋人の宇大。今は店を経営しているけど、前は『ネロック』でホストやってたんだ。時也さんとは旧知の仲なんだが、男に走ったって聞いて驚いたけど……なるほど、かわい子ちゃんだ」と真顔で言うので、何だか照れくさい。
「初めまして。神谷 聖です。真夜くんとはこの間会って……怪我をしたって聞いたのでお見舞いに来ました。――真夜くん、大丈夫?」
「俺なら全然平気だよ! 一週間で退院出来るみたいだから! ただ宇大くんが欲求不満みたいでさぁ。――ね? 宇大くん?」
「それはお前だろう。もう少し恥じらいを覚えろ。じゃあ俺はもう出勤しなきゃいけないから行くぞ? 聖くん、ゆっくりしていってくれ。コイツ退屈で仕方がないみたいだから。じゃあな真夜」
ひらひらと手を振って丸椅子から立ち上がった宇大さんに、真夜くんは「絶対に浮気しないでよね!」と唇を尖らせれば、宇大さんは慈愛に満ちた瞳で「バカか。俺は一筋だ。じゃあな?」と立ち去っていく様をぽーっと見つめてしまう。
(一筋……か。同じ夜の世界の人同士でも、こんなに時也さんとは違うのか……)
なんて考えたら、酷く二人が羨ましくなったと共に、自分には叶わない幸せに悲しくもなった。
このままずっと時也さんが目覚めるまでそばにいたいけれど、(昼から撮影が入っていたか……)と溜め息が出た。
***
都内の病院を訪ねたのは撮影が終わった十五時過ぎだ。
時也さんから聞いていた個室を開けると「早く家に帰りたーい!」と言う真夜くんの叫びが聞こえたと同時、「ガキみたいなことを言うな」と知らない男性の声が聞こえてくる。
静かに部屋に足を踏み入れて「あの、真夜くん。こんにちは」と声を掛けると、真夜くんはパッと明るい顔を見せて「聖くん!」と笑った。
そばの丸椅子に座っていた、精悍な面差しをした多分時也さんよりも年上だろう男性がぺこりと会釈してくるので俺も頭を下げると、彼は少しだけ訝しんだ瞳を向けてくるからそわそわしてしまう。
「真夜、彼は?」
「あ、宇大くん妬いたー? 心配しなくても俺は浮気しないよ? ほら、この子がこの間話した時也さんのかわい子ちゃん」
その言葉に弾かれたように俺を見つめた宇大さん、という方は安心した表情で「ああ。キミが時也さんの……。話は聞いている。俺は真夜の恋人の宇大。今は店を経営しているけど、前は『ネロック』でホストやってたんだ。時也さんとは旧知の仲なんだが、男に走ったって聞いて驚いたけど……なるほど、かわい子ちゃんだ」と真顔で言うので、何だか照れくさい。
「初めまして。神谷 聖です。真夜くんとはこの間会って……怪我をしたって聞いたのでお見舞いに来ました。――真夜くん、大丈夫?」
「俺なら全然平気だよ! 一週間で退院出来るみたいだから! ただ宇大くんが欲求不満みたいでさぁ。――ね? 宇大くん?」
「それはお前だろう。もう少し恥じらいを覚えろ。じゃあ俺はもう出勤しなきゃいけないから行くぞ? 聖くん、ゆっくりしていってくれ。コイツ退屈で仕方がないみたいだから。じゃあな真夜」
ひらひらと手を振って丸椅子から立ち上がった宇大さんに、真夜くんは「絶対に浮気しないでよね!」と唇を尖らせれば、宇大さんは慈愛に満ちた瞳で「バカか。俺は一筋だ。じゃあな?」と立ち去っていく様をぽーっと見つめてしまう。
(一筋……か。同じ夜の世界の人同士でも、こんなに時也さんとは違うのか……)
なんて考えたら、酷く二人が羨ましくなったと共に、自分には叶わない幸せに悲しくもなった。
24
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
勇者の股間触ったらエライことになった
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。
町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。
オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが
古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。
女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。
平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。
そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。
いや、だって、そんなことある?
あぶれたモブの運命が過酷すぎん?
――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――!
BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる