上 下
10 / 85

10

しおりを挟む
 渡されたミネラルウォーターでちびちびと喉を潤していると、時也ときやさんが不意に「ひじりちゃんさ――」と、どこか辛そうな声を出すので弾かれるようにそのグレーの瞳を見つめる。

「俺が地元出る時に別れて置いてきた元カノに似てんだ。初めて見た時びっくりした。お互いの夢を叶えるためにお互いを縛るのをやめようって別れて置いてきてさ。アイツがいたから今の俺がある。聖ちゃん見てるとなんか切ねぇーと思っちまうのはなんでだろうな?」

 どこか自嘲気味に笑う時也さんの、その〝元カノ〟というワードに俺の胸は軽く焦がれたけれど、絶えず屈託のない彼が見せるかげりを帯びた表情に戸惑った。

「そう……なんですね……。時也さんはまだその人のことが好きなんですか?」

「んー。残念ながら死んだんだ。二年前に。自殺だった。納得して別れたはずなのにアイツは俺を待ってたみたいでさ。遺書に俺の幸せを願う言葉が書かれてた。俺が殺したようなモンなんだ。でも、こんな仕事してっと、色恋営業なんて当たり前だし、どっかで何か麻痺しちまってんだろうな。俺はアイツが死んだことさえ忘れ去って楽しくやってた……はずだった。――聖ちゃんに会うまでは」

 時也さんの瞳に切実な色が灯った気配を感じ取って、俺はいたたまれない思いになってしまった。

 と、同時に――。

 自分の押し隠していた過去が次々とフラッシュバックして、時也さんが俺の頬に手のひらを這わせてきたので、どうしたんだろう?と瞳をまたたかせると、「なぁ、何隠してる?」と鼓膜が揺さぶられた。

「……え?」

「初めて見た時から、何で笑ってんだろうって雰囲気バシバシ受けてた。我慢すんな。――俺と同じ匂いがする。直感だけどさ。でも、俺の直感って高確率で当たるんだよな、これが」

 俺も、人を殺した――。

 時也さんも同じ経験をしていたんだって思ったら、その言葉で何かのストッパーが外れたみたいに頑なな心がどろどろとけだした。
しおりを挟む

処理中です...