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厄日③

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「いや、もう、王族はご遠慮したい……お腹いっぱい……」
「お疲れ様でございました、ユユア様」
「エマ様も色々とありがとうございました。本当に助かりました。エマ様が誰よりも格好良すぎて、思わずときめいてしまいました。結婚してください」
「まぁ。うふふ……ルクス殿下に妬かれてしまいますわね。嬉しい申し出ですが、婚約者がおりますので、ご遠慮させていただきますわ」
「デスヨネー。エマ様のような素敵な方に、婚約者がいらっしゃらないわけがなかった!」

 軍部治療院からの帰り。私はふらふらした足取りで、エマ様と軽口を叩きながら私室への道を歩く。情報量がありすぎて、頭がパンクしそうだった。一介の子爵令嬢風情が知っていい内容ではない。

「それにしても、全然仕事が捗りませんでしたね……。騎士様や魔法師様方に申し訳が……」
「こればかりは仕方ありません。明日また頑張りましょう。今日の件は、ルクス殿下を通じてきっちり抗議させていただきますので、ユユア様もご安心くださいね。ええ、きっちりと!」

 使命に燃えたエマ様が頼もしい。どうやら、オルヴィス殿下とは犬猿の仲っぽい。
 王子といえども同じことを繰り返されてはこちらとしても困るので、しっかりお灸を据えてもらえるのならば良いことだ。また、あの鼻持ちならない視線で見られるのも不愉快だしね。
 同じ王族でも、ルクス殿下やマティアス殿下は大丈夫なのに、オルヴィス殿下だけは生理的に受け付けられなさそうだ。もう二度とお会いしたくないけれども、マティアス殿下のお話からするとそうも言っていられなさそうで、気が重い。
 精神力がゴリゴリ削られてしまったので、さっさと屋敷に戻ってベッドにダイブしたい。

 そんなことを考えながら足を進めていると、珍しいことに対向から侍女を連れた女性が歩いてくるのが視界に入った。
 ウェーブがかった長い銀髪を揺らし、つんと澄ました様子がどこか猫を思わせる。すっと一本芯が通った美しい立ち居振る舞い。豪奢なドレスもその身を飾る宝石も洗練され、気高い風貌に良く似合っていて、彼女の優雅さをいっそう引き立てている。遠目から見ても、とんでもない美少女だと一目でわかる。この通路を利用できるのは、一部に限られている。つまり、高位貴族のお嬢様だろう。

 私とエマ様は廊下のはじに避けて、彼女が通り過ぎるまで頭を下げた。
 すると、私の前でぴたりと足が止まった。何故に……。
 どうも、無遠慮にじろじろと見られている気がする。早くいなくなってくれないものかと我慢をしていると、フフンと勝ち誇ったような高飛車な笑いが耳に届いた。ほんの少し前にも、似た感じの嘲笑を浴びた覚えがあるのだが気のせいか。

「……貴女が、ルクス様に気に入られているとかいう聖女? やぁだ、全然大したことないじゃない。ルクス様ったら、こんなみすぼらしいののどこがいいのかしら。貴女、ルクス様が優しいからって、変な勘違いをしないことね。身の程を弁えなさいよ。麗しいあの方の隣に立つのに相応しいのは、このわたくしなんですからね!」

 言いたいことをきつい口調で言い放ち、私が呆気に取られている間に彼女は颯爽と立ち去って行った。姿形はお人形のように愛らしいのに、性格は嵐か。

「私、お会いしたことも一言も喋ってもいないのに、散々な言われようですね……。随分とお綺麗な方でしたけど」
「あちらは、グラマティク公爵家の次女ミレディ様ですね。以前からルクス殿下を慕っていらっしゃるご令嬢です」
「ああ、だから……」

 グラマティク公爵家は、2代前に王女が降嫁している高貴な家柄だ。
 またしても、面倒なのに目を付けられてしまったらしい。でも、敵視されるのはどう考えても不可抗力でしかない。

「殿下ってば、ほら、外面だけはいいですから。顔綺麗ですし、血筋ばっちりですし、権力ありますし、仕事できますし、財産ありますし、顔綺麗ですし……」
「……2回も美形の主張を。言われてみると、ただの魔法大好き残念な人じゃなかったんですね」
「最大のネックがそこなので、返す言葉もございません。これでもかなり減ったのですけど、未だに諦めきれず惑わされたままのご令嬢がまだわんさといる中で、筆頭が彼女です」

 殿下も結構いい年なのに。せめて婚約者でも作っていれば、また話は違っていたかもしれないのだろうけれども。あの魔法に目がない様子を鑑みると、女性よりも魔法を優先する図式は容易に想像できてしまった。なまじその手腕で国家に富をもたらしている実績があるから、陛下も口うるさく言えないのだろう。

「ここでも王家の血が……」
「ユユア様、王家の血に好かれる何かを持っていらっしゃるのでは?」
「絶対に好かれていないし、そんなの欲しくないです……」

 私は泣いた。
 変人と名高い王弟殿下絡みの仕事だし、もちろん私とて多少トラブルに合うくらいは覚悟していた。けれども、多少どころではなくゆうに許容を飛び越えて次々と厄介ごとが訪れるものだから、私もげんなりと肩を落とす。私が甘かった。挫けそう。
 やっぱり罠じゃないか。あの日に戻れるのなら、何が何でもそこから逃げろと、過去の私に伝えたい。


 今日は、厄日に違いない。

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