もう人気者とは付き合っていられません

花果唯

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本編

第三十二話

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「荷物を届けに来てくれたんですよね?」

 ベッドに腰掛けて、僕のスマホの設定を変えている会長に尋ねる。

「彩斗には鍵を渡さなかったからな」
「ありがとうございます。お手数おかけしました」
「気にするな。……というか、途中で何か欲しいものがないか聞こうと電話したら、ずっと繋がらなかったから心配したぞ」
「あー……シャワーを浴びていたから気がつかなかったのかも?」

 本当は会長からの電話をわざと取らなかったのだが、それを伝えるわけにはいかない。
 言ってしまったらどうしてだ、と聞かれて、理由を答えなくてはいけなくなる。

「ずっと話し中だったが……誰かと電話していたんだな?」
「はい、まあ……」

 濁しながら答えると、会長は黙り込んでしまった。

「悪い。見ちまった」
「?」
「貴久からの着信」
「……あ」

 どうやら非通知着信拒否の設定をしているときに見てしまったらしい。

「よし、これで設定はした。もう馬鹿なことはするなよ」
「あ、はい。分かりました」

 貴久先輩との会話について、報告した方がいいのだろうかと迷っている内に、会長はスマホの設定を終わらせた。
 どうやら貴久先輩からの着信の話を追求するつもりはないようなので、僕から話を蒸し返さなくてもいいか。

「お前、飯はどうするんだ?」
「副会長にルームサービスを頼んでいい、って言われていたんですけど、もう寝ようかなと思っていました」
「食わないつもりだったのか?」
「はい」
「駄目だ。食え。ルームサービスを頼め」
「ええー……」

 お腹はそんなに空いていないんだけどなあ。
 時計を見ると夜の八時前になっていた。
 そういえば、会長はご飯を食べてきたのだろうか。

「会長は食べたんですか?」
「まだだ」
「じゃあ、会長が一緒に食べるなら食べます」

 そう言って会長の顔を覗くと……笑った。
 どうやら一緒に食べてくれるらしい。
 そうなるとテンションが上がり、お腹も減ってきた。
 早速、ベッドのサイドテーブルの上にあったメニュー表を取り、ベッドに転がる。

「何しようかなあ」

 ルームサービスも初めて食べる。
 メニュー表を見ると、美味しそうなものばかりで目が輝いたが……値段が高そう~!
 思わず足をバタバタしていたら、会長がベッド脇に腰を下ろした。

「何を一人で百面相して騒いでるんだ」
「会長、値段が書いてないんですけど……」
「お前が払うわけじゃないから気にするな」
「しますけど……?」

 気が小さいから、ここぞとばかりに高いもの食べよう! なんて思えない。

「そういえば貧乏性だったな」
「貧乏性じゃなくて、貧乏なんです」

 副会長ともやったやり取りに、悲しくなった。
 会長も可哀想な子を見る目で頭を撫でてくれた。
 だから、憐れまないで。

「好きなものを腹いっぱい食え」
「そう言われても……。会長は何にします? 僕、会長と一緒のにします」
「お前はいつもそれだな? 今日はお前が選べ」
「会長が選んだのがいいな」
「なんでだよ?」
「会長が選んだ好きなものを食べたいから」

 憧れの人が好きなものを食べているのを見ていると幸せな気分になる。
 だから同じもの――、もしくは、一番安いものでお願いします。

「ったく……仕方がないな。じゃあ、これはどうだ? お前の好みだろう」
「魚介のスパゲッティ! やっぱり海洋生物が好きな僕に海洋生物を食べさせるなんて、変態……あいたっ」

 シーフードカレーとの時と同じことを言おうとすると、今度は後頭部をデコピンされた……いや、後頭部ピン?

「妙な言い方はやめろと言っただろう? 魚介だ、魚介。これでいいな? 頼むぞ?」

 後頭部を押さえる僕をスルーしながら、会長は手早くことを進めて行く。
 もうルームサービスを頼むために受話器を持ち、コールをしている。
 早っ!

「魚介の……」
「海洋生物のスパゲッティ……あいたっ」

 ぼそりと呟いただけなのに、また後頭部ピンを食らってしまった。

「魚介のスパゲッティを二つお願いします。――はい、お願いします。……お前な」

 注文は終わったようで、会長が呆れたような視線を寄越してきた。

「邪魔をするな。思い切り向こうに聞かれていたぞ」
「え? そんなに大きな声で言ってませんよ!?」

 会長以外に聞かれていると思うと恥ずかしくなってきた。

 でも、会長とのこういうやり取りは楽しい。
 貴久先輩といたときは、好かれたくてかわい子ぶっていた。
 あの頃の自分、きしょすぎる。
 会長の前では素になれるというか、自然体でいられるから、何をやっても楽しい。

 少しすると、海洋生物の――じゃなくて、魚介のスパゲッティは運ばれてきた。
 いつものように談笑しながら食べていると、あっという間にお皿は空になっていた。
 ……これが終わったら、会長が帰ってしまう。

 片づけをして、一息ついたところで会長は立ち上がった。

「じゃあ、俺はそろそろ戻る」

 ……やっぱり。
 気持ちがズンと落ちてしまったけど、困らせたくないから笑顔を繕った。

「分かりました。荷物を持ってきてくれて、ありがとうございました」

 本当は荷物と言うより、会長が来てくれたことにありがとうを言いたい。

「また明日来る。引越を手伝うよ」
「業者さんの方で、ほとんど済ましてくれるらしいですよ?」
「それでも来るよ。……じゃあな」

 そう言うと僕の頭の上にポンと手を置き、部屋の扉へ向かって行った。
 お見送りしようと立ち上がって、会長の背中を見る。
 明日来てくれると言っているのに、すごく寂しくなる。
 会長は僕のお見送りを待つことなく、部屋を出て行こうとしている。
 それを見ていると、「止めないと!」という気持ちが強くなって――。
 勢いよく駆けだすと、会長の背中にタックルをするように抱きついてしまった。

「会長! あの……!」
「ど、どうした!?」

 突然タックルされて振り向いた会長は、目を見開いて驚いている。
 衝動的に動いてしまったが、何か言わないと!
 救いを求めて見渡した部屋の中で目にとまったのは、二つのベッドだった。

「あの、ベッドが二つあるので……使わないと勿体ないので……と、泊まっていきませんか?」
「…………」

 わあ……なんて馬鹿な引き留め方をしてしまったんだ……。
 なんの貧乏性だよ! と自分に突っ込む。
 恥ずかしくて会長に抱きついたまま俯いた。

「ふっ……ははっ」
「!」

 会長が笑っている!
 やっぱり変なことを言ってしまった! と、更に顔がカーッと赤くなった。
 湯気が出る!!
 氷水にでもつけて冷やしたい、そう思っていたら……。

「!?」

「そうだな、勿体ないな。泊まらせて貰おうか」
「! はい」

 恥ずかしかったけど……会長が帰らない!

「ひとまず、離してくれるか?」
「あ、すみません」

 慌てて離れつつ、にこにこしてしまった。
 衝動的な動いた自分に『いいね』を送りたい。



「着替えがないな」

 ベッドに戻ってきた会長が呟いた。
 そうか、会長は自分の服は持って来ていないか。
 僕の服はあるけど、会長は絶対入らない。
 ピチピチな服を着た会長なんて見たくない。

「あ、バスローブ、もう一つありましたよ」

 ベッドも二つだし、二人用の部屋ということでバスローブも二つあった。
 僕には大きかったが、会長には丁度いいと思う。

「それでいいか。じゃあ、俺もシャワーだけ浴びてくる」
「はい! いってら……」

 会長を送りだそうとしてところで、ハッとした。

「会長、バスルームに黒い影は見えませんか!?」
「は? 影?」
「黒い影、副会長が見たって……」
「不審者でもいたのか?」
「いえ、多分そういうことじゃなくて、霊的なものが……」
「……霊?」

 会長はそういった類いを信じない人なのだろうか。
 苦笑いをしながら僕を見ている。
 僕だって見たことがわるわけじゃないけど……いるかもしれないのが怖いんじゃないか!

「木野宮、怖い話をしてやろう」

 バスルームに向かっていた会長が戻って来て、ベッドに腰掛ける僕の隣に座るとニヤリと笑った。

「え……嫌です」
「怖いのは苦手か?」

 お子様か? と笑われた気がしたから――。

「余裕だし」
「よし」

 会長の怖い話なんてきっと大したことない。
 余裕余裕! 震えてないし!

「若い女性、AさんとBさんが登場人物だ」
「はい」
「――ある日、AさんはBさんの部屋に遊びに来ていた。食事をし、おしゃべりをしていると、すっかり遅い時間になっていた。Aさんはその日のうちに、帰宅しなければならなかったため慌てた。眠そうにしているBさんに、ちゃんと自分が出たら鍵をかけるように注意して部屋を出た」

 すでに何かが怖い。
 会長の話し方が上手すぎて、その情景が浮かんでくる……。
 これからのどうなるの……。

「帰路を半分近く進んだところで、AさんはBさんの部屋に家の鍵を忘れたことに気がついた。一人暮らしのため、絶対に鍵は必要だった。仕方なくAさんがBさんの部屋に戻ると、まだ部屋の鍵はかかっていなかった。扉を開けると電気は消されていたため、友人は鍵をかけないまま眠ってしまっていたことが分かった。『寝ているの? 鍵を忘れたんだけど、起こさないように電気はつけないから、このままお邪魔するね』一応、言葉にしてそう断りを入れると、外部から差し込むわずかな明かりを頼りに部屋に入り、ベッドを覗いた。そこには想像どおりBさんの眠っている姿があった」

 なにが起こるのか、出てくるのかと身構えて怯えるのが疲れてきた……。

「Bさんが眠るベッドの近くに、自分の部屋の鍵を発見することができた。Aさんは静かに鍵を拾うと、Bさんに向かって『おやすみ』と言葉を残して部屋を去り、自分の家に戻った」
「どこか怖い話なんですか? 女子友達のほっこりトークじゃないですか」

 首を傾げる僕を真っ直ぐに見た会長が、真剣な目で静かに告げた。

「翌日――。AさんがBさんの部屋に行くと、そこには何故か大勢の警察官の姿があった」
「え」
「Aさんは、自分がBさんの友人であることを明かし、警察官に何があったのかを尋ねた。すると警察官は答えた。『Bさんは殺されていた』と」
「ええええ!? なんで!? どこに幽霊がいたの!?」

 混乱してきた……!
 聞き漏らしなんてないはずなのになぜ死んだのか、いつ死んだのか分からない!

「事情を聞くため、部屋の中に呼ばれたAさんは、刑事から一枚の紙を見せられた。テーブルに残されていたその紙は、犯人が残したものらしい。どういう意味か心当たりがないか? と尋ねられ、その一文を読んだ彼女は……恐怖で悲鳴を上げた」
「え……なに……なにが書いてたの……」

「そこにはこう書かれていた。『明かりをつけなくてよかったね』と――』」

 ……え……そ、それは……!!

「うわっ!」

 意味が分かった瞬間、ブワッと鳥肌が立った

「……そう。AさんがBさんの部屋に戻ったそのときには、すでにBさんは殺されていて、犯人はベッドの下で息を潜めていて、鍵を拾うAさんを見ていていたのだ」
「!!!!」
「もしあのとき電気をつけていたら……Aさんは殺されていた」
「…………」

 思っていた類いの怖い話じゃなかったけど、思っていた以上に怖かった。

「昔テレビで見た話なのだが、中々怖いだろう? しかも、この話は幽霊なんかより生身の人間の方が怖い、という素晴らしい教訓が入っている。お前も気をつける気になったか?」
「会長、嫌い」

 僕は布団を被り、引きこもった。
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