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本編

第三十一話

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「会長!」

 会長の声を聞くと嬉しくて、すぐに扉を開けた。
 バッと勢いよく開いた扉の向こうには、心配そうな顔をした会長が立っていた。
 やっぱり会長だった!

「木野宮! よかった、無事…………お前、なんて格好をしているんだ」
「?」

 目が合うと嬉しそうな顔をしてくれた会長だったが、視線が下に移動すると真顔になった。
 なんだろう……あ、このバスローブか。
 ちゃんとした着方が分からない上にブカブカだから、暴れた後のように着崩れていた。

「上手くできませんでした。完全敗北です」
「……はあ」

 会長が盛大な溜息をついた。
 呆れられているのが分かるから扉を閉めたくなった。

「とりあえず、中に入れてくれ」
「……はい」

 こんな格好で扉を開けたままでいるのは嫌だから、入って貰うけど……って、もう入ってるし!
 気がつけば会長は、部屋の中で偉そうに腕を組んで立っている。
 お説教タイム開始の気配がして、胃が痛んだ。

「お前、それ。サイズが合ってないんじゃないか?」

 会長にバスローブを掴まれた。
 引っ張られたら脱げそうなのでやめてください。

「でも、他にないんです。あ……僕の鞄!」

 会長が見慣れた鞄を持っているな、と思ったら、僕のものだった。
 置いていったものを届けにきてくれたようだ。
 その中には服が入っている。
 やった、このバスローブから着がえることができる!

「ありがとうございます! ……ってなんで遠ざけるんですか。服を取りたいのに」

 手を伸ばしたのに反対側の遠いところに置かれた。

「それで過ごせばいいだろ。洗濯物を増やさずにすむ」
「これしかないから我慢していたけど、バスローブってパジャマではないですよね? ただの着るバスタオルですよね?」
「着方が分からないのに、なんでそんなことだけは知っているんだ。まあ、気にするな」
「ええー……」
「ちゃんと着せてやる。紐を解いて貸してみろ」
「はーい……」

 不服だが、下手くそな結び方をしていた紐を解いて会長に渡す。
 バスローブって浴衣みたいにどっちが前ってあるのかな、なんてことを考えていたら、会長の手が止まった。

「…………」
「会長?」

 前がはだけたままでストップされると肌寒い。
 というか、ジッと身体を見られると流石に恥ずかしくなってくるし、止まってないて早くしてください。

「会長も分からないんですか?」
「……そんなわけないだろ」
「とか言って知らな……苦しっ!」

 動き出した会長が紐をギュッと締めた。
 上半身と下半身が千切れて別れる!

「締め過ぎですって!」
「これくらい普通だ。解けないようにしっかり締めてやる」
「普通だなんて絶対嘘だ! もう自分でする!」
「分かったって、緩めてやるからジッとしてろ!」

 抗議が一応通ったけど乱暴だなあ。
 大人しくしないからだと叱られたので、渋々直立不動で動かずに待つことにした。

「そういえばお前。今、確認せずに開けなかったか?」

 紐を結びながら、会長が思い出しように聞いてきた。

「はい? 声で会長だと分かったので!」

 会長に会いたいと思っていたけど、我慢していたところに会長が来てくれたから嬉しかった。

「……俺は……負けんぞっ」
「?」

 また会長の手が止まったけどどうしたの?
 本当に早く終わってください。

「いいか。俺だと思っても絶対に確認しろ」
「でも……多分、会長の声を間違えることはないと思いますよ」
「ぐっ」

 また止まってしまった。
 分からないなら無理しないでください。

「……もう自分で着ます」
「いいからジッとしてろ! お前は俺の声を間違えないかもしれないが、録音した声を使われたりしたらどうするんだ」
「はっ! なるほど!」
「狼と七匹の子ヤギという話を知っているか?」
「はい。留守番をしている子ヤギ達を狙って狼がやって来て、あの手この手でドアを開けさせようとするんですよね」
「お前が子ヤギなら絶対に狼に食われている」
「食われません!」

 人をお留守番も出来ない子供のように言わないで欲しい。

「確認せずに開けただろう?」
「会長は狼じゃないです。人間ですので」

 拗ねて思い切り顔を逸らしたら、顎掴まれて正面に戻された。

「……狼かもしれないだろう?」
「う?」

 思い切り顎を掴まれているから、口を尖らせた変な顔になっているのですが……。

「……いや、この状況だと洒落にならないからやめておこう」
「?」

 顎を解放して貰い、ようやくバスローブもちゃんと着せて貰った。
 大きいことには変わりはないのでダボッとしているが、自分でやった時とは違って解けてくることはなさそうだ。

「ん?」

 何か音がすると思ったら、布団に置いたままだったスマホがまた鳴っている。
 手に取ってみるとさっきと同じ画面になっていた。

「あ、また非通知だ」

 さっきは怖かったけど、今は会長がいるから平気だ。
 どうしようかな、と画面を見ていると、会長が同じように覗き込んできた。

「……また?」
「これで三回目です。会長じゃなかったんですね。一回出たんですけど何も返事がなくて……。誰だろう」
「非通知……一回出た?」
「はい。……あ」

 会長にスマホを奪われた。
 何をするのだと会長の顔を見ると、また真顔になっていた。

「木野宮、座れ」
「……?」
「いいからそこに座れ!」
「はいっ」

 逆らえない空気を感じたので、カーペットが敷かれている床の上に静かに正座をした。

「お前、今の自分の状況が分かっているか」

 以前と同じように、僕に膝をつき合わせるようにして座った会長に問われた。
 ……状況?

「明日引越です!」
「大事なことが抜けすぎだ」
「?」

 自信を持って答えたのに正解じゃなかったらしい。
 え? 違うの?

「正しくは、安全面が不安なところに住んでいる中で、危険が及ぶ可能性があったから、一時的に避難をしたのち、安全が確保された新居へ引越準備中だ」
「……え、避難?」

 単純に、前の住居は基準に満たしていないところだったから出て行く、ってだけじゃないの?
 会長の家に泊まらせて貰ったのも、ここに泊まっているのも避難なの?

「修学旅行でもしてるつもりだったのか」
「はい。痛っ」

 即答するとデコピンをされてしまった。
 会長の大きな手でされると凄くいたいんだから!
 弾丸を撃ち込まれたのかと思ったよ。

「とりあえず、スマホはこのまま預かって非通知を着信拒否にする。あと、俺がいるときはスマホは俺に寄越せ。俺が持っておく」
「嫌です。プライバシーの侵害です。痛あっ!」

 今度はさっきよりもっと痛いデコピンをされてしまった。
 頭が木っ端微塵になる!

「それ、会長が思っているより数万倍痛いですから! 大体、子供じゃないんだからスマホの管理くらい自分でできます!」
「偉そうなことはしっかり自衛出来るようになってから言え!」
「してるし!」
「してないから言ってんだろ! 襲われたいのか!」

 またデコピンされる気配を感じたので慌てておでこを両手でガードした。
 これ以上されると本当に頭が割れる。
 子供のような扱いを続ける会長に腹が立ってきてジロリと睨んだ。

「そんな顔をしても駄目だからな」

 スマホは没収されたまま返して貰えませんでした……。
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