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本編

第八話

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「小さなテーブルと布団が一式。俺はこれと似ている空間を知っている。それは『独房』だ」

  僕の部屋に入った会長の第一声がこれだった。
  人の部屋を独房扱いって酷くない?
  確かに何もない部屋だけど……。
  必要最小限のものしか持ってきていないし、服も引っ越してきた時の段ボールをケース代わりに使っている。でも、別に不便はないよ?

 「独房だなんて。トイレの便器がむきだしであるわけでもないし、ユニットバスもあるじゃないですか」
 「当たり前だ! ……っておい、チェーンがないじゃないか」
 「鍵はありますよ!」
 「当たり前だ……」

  会長が額に手を置いてため息をついている。
 あの…………なんだかすみません。
  とりあえずお茶を入れていると、部屋の写真を撮ってもいいか? と聞かれたので、わけが分からないが許可をした。
  チェーンがない鍵の部分などを撮って、その後にどこかに電話していた。
  何かお仕事している感じだな。

――ガチャガチャ

「え……」

  目の前のドアノブがガチャガチャと鳴るのを見て、会長が目を見開いている。
 でも、僕は慣れているので慌てない。

 「あ、まただ。多分、誰か部屋を間違えているんですよ。そうやって開けようしているのか、よくガチャガチャ鳴るんですよね」
 「よく……? 開けようと?」

  最初はびっくりしたけど、最近は「よく酔っ払う人でも住んでいるのかなあ」と思うくらいだ。

 「いや……お前……これ……一歩間違えれば事件だからな?」
 「?」
 「木野宮、座れ」

  深刻な顔をした会長が畳に正座し、前に座れと僕を呼んだ。
  何ですかこの空気……。
  逆らえないので大人しく前に座り、会長と膝をつき合わせる。

 「いいか。さっきのドアを開けようとしているのは恐らく部屋間違いではない。何度もあるのだろう?」
 「え? あっ、はい……大体外が暗くなってから」
 「…………。もし、お前が鍵をかけ忘れていたら、さっきの奴は入ってきていたことになる。そんなことになったら襲われるぞ?」
 「襲う!? 強盗ってことことですか!?」
 「いや、金目の物を狙うなら、もっと金のありそうな他を当たるだろうし、何度も来ない。……お前が目当てなんじゃないか?」
 「僕? ストーカーってこと? そんな馬鹿な。ははっ」

  つい笑ってしまった。
  僕が目当てって……そんな物好きどこにいるのだ?

 「『自分が狙われるはずがない』なんて顔をしているが、お前は学園でも十分目を惹いているぞ?」
 「そうですか? 目を惹いているなら、貴久先輩の付属品ってことでじゃないですか?」
 「違う。お前は……愛嬌があってだな……その、可愛いというか……」

  また気を遣ってくれたのか顔を赤くしながら僕を褒めてくれているが、段々声が小さくなっていく。
  無理して褒めてくれなくていいですよ!

 「ま、襲われても大丈夫ですよ! 急所を蹴って撃退します!」

  本当に僕目当てでドアを開けようとしているなら怖いが、事前に分かっていれば対処法がある。
  会長ほど背は高くないし、強くはないかもしれないが僕だって男だ。

 「…………」

  気合いを入れてファイティングポーズを見せたのだが、会長は半目で僕を見ている。
  わー、信用ゼロ~。

 「本当に撃退できると思うか?」
 「え?」

  会長の低い声にドキリとした瞬間、視界がぐるりと回り、天井が見えた。
  部屋の灯りをつけているはずなのに、何かに遮られていて暗い。
  何に遮られているんだ? と思ったら会長が僕を見下ろしていた。
  これ……どういう状況?

 「痛っ」

  動きたいのに動けない。……というか手首が痛い。

 「会長?」

  何で僕、会長に押し倒され、押さえつけられているんだ?

 「離してください」
 「逃げ出せるか? 撃退出来るんだろう?」

  実戦練習ってこと? 突然こんなことをされても困る。

 「準備とか心構えをしてからにしてくれませんか?」
 「犯罪者がそれを聞いてくれると思うか? 準備したところで、撃退するのは難しいだろう」
「…………」

  ……今のはちょっとカチンときたぞ。小柄だからと馬鹿にしているな?

 「離せ!」

  手首は押さえられていたが足は動かせる。
 膝で思い切り腹を蹴ってやろうと思ったが……塞がれた。
  そして、両手で押さえられていた手首はまとめて片手で押さえられ、空いた手で暴れる僕の足をいなしつつ、僕の体に跨るように座った。
  なんとか身体を動かして逃れようとするが、どこも抑えられていて動かない。
  会長は余裕の表情で僕を見下ろしている。
  悔しい……体格差があるにしてもこんなに何もできないなんて……!

 「分かったか?」
「…………」

 心配してくれているのは分かるけど、急にこんなことしなくてもいいじゃないか……腹が立つ!
 僕のプライドはズタズタだ。

「だからこれからは撃退できるなんて思わず、しっかりと防犯を――」

 会長が正しいことを言っているが、僕は少しやり返したくなった。
 力で勝てないなら精神攻撃である。
 悔しすぎて泣けてきたので、我慢せずあえて泣くことにした。

 「……わ、悪い!!」

  僕の様子がおかしいことに気がついたようで、会長は慌てて離れた。

 「危険だと分かって欲しかったのだが……やりすぎた。すまない。怖がらせるつもりはなかったんだ」

  会長の動揺している声を聞いて、僕のむかむかは治まった。
 仕方ない、僕のためを思ってのことだし許してやるか、と思ったが……。
 ちらりと会長を見ると、捨てられて子犬のような目を僕を見ていたので、僕の悪戯心が動いた。

 「う……うっ……」

  両手で顔を隠し、嗚咽を漏らして泣いているフリをしてみた。
  今の僕は涙に濡れる乙女だ。
  本当はくやしさで目が潤んだくらいで、泣くまでいってないけどね!

  指の間から見える会長は更に狼狽えて、挙動不審になっていた。
  暫く見ているとついには額に手を当て途方に暮れ始めた。
  ……うん、もう可哀想だからやめてあげよう。
  十分仕返しになっただろう、そう思った時だった。

 「木野宮、もう泣かないでくれ」

  やけに苦しそうな会長の声が近くに聞こえるなあと思ったら、気づけば会長の腕の中いた。
  僕の頭は会長の胸に押しつけられ……強い力で抱きしめられていた。
  く、苦しいっ!

 「守りたいのに、俺が傷つけてしまった……すまない……」

  なんだか、今度は会長が泣きそうなんですけど!

 「か、会長! 苦しい! ごめんなさい、嘘泣きですから!」

  かろうじて自由になった手で、会長の背中をバンバンと叩いた。

 「嘘泣き?」
 「会長の言う通りになって悔しくて! ちょっと仕返しで嘘泣きしたんです! だから離してっ」

  会長の腕の中から見上げると、僕を見下ろす会長と目が合った。
  さっきよりも距離が近くて綺麗な目も男らしくて精悍な顔もよく見える。
  わあ、やっぱりイケメンは近くでみると迫力があるなあ。

 「ほら、泣いてないでしょ?」

  これだけ近くでみたら嘘泣きだって分かるよね?
  驚かせてごめんなさい。
  でも、お互い様ってこと許してね? 

 「…………」

  にぱっと笑って見せると、会長は目を見開いて固まった。
  頭の回転は速いはずなのに、思考が追いついていないのかな?
  なんて失礼なことを考えていたら、会長の顔が近づいてきて――。

「…………! す、すまない」

 会長はバッと勢いよく離れたが、その前に少し唇が当たったような?

「…………?」

 今度は僕が目を見開いて固まる番だった。
 ……どういうこと? 
 キスされたと思ったけれど、ちょんと当たっただけで、僕より会長の方がびっくりしている。
 急に背中が痛くなって、前に動いたときにたまたま当たった……とか?
 そんな馬鹿な、と思うが……。

 「今のは……アクシデントということですか?」

 会長が解説してくれないので、僕から聞いてみる。

 「そ、そうだ」
 「……アクシデントならしかたないですね」

  あまり追求しないようにしよう。
  これから生徒会でお世話になるし、なるべく波風が立たないようにしたい。

 「その……すまない」
 「いいですよ、別に。あれくらい」
 「……あれくらい?」

  気にしないで貰おうと思って言った言葉だったのだが、会長は何か引っかかったようだ。
  まあいいや。
  部屋に入ってから妙にバタバタしてしまったが、そろそろ落ち着きたい。

 「会長、ご飯とか着替えとかどうします?」
 「……この程度は何でもないほど貴久と……」
 「おーい会長~」

  僕は座って寛ぎ始めたのに、会長はまだ難しそうな顔をしている。
  イケメンって人種とコミュニケーションをとるのは難しいなあ。
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