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失くしたくないもの
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朔は最近ビクビクしていた。
昔周りの子供と上手く接することができずビクビクしていた時とは理由が違っていた。
怖かった。
幸せでこれがずっと続けばいい。昔そう思った時、その幸せが消えてしまったから。
家族ができ、じーちゃと毎日のように会えていた時。
あの時じーちゃが突然居なくなった。
大好きなじーちゃに会えなくなって悲しくて毎日泣いていた。
朔は日曜日バイトが終わり帰る前にもう一度じーちゃに会いに行って、ぎゅっと柔らかい毛皮を抱き締めた。
「じーちゃ。大好き」
首に顔を押し付けて泣きそうな声で言った。
「だから僕の前から居なくならないで」
顔を離して銀色の毛並みを撫で、じーちゃの目をじっとみつめて哀願する。
「僕がお父さん達に恩返しして、一人で暮らせるようになったら迎えに来るから」
じーちゃの首に抱きつきながら、額をグリグリと耳元に擦り付ける。
「だから、それまで待ってて」
そして家族が心配するギリギリの時間までじーちゃと過ごしていた。
その日朔がお風呂からあがって、陽子にその報告をしようとリビングのドアを開けようとした時中から陽子の声がした。
「会社つぶれてしまうの?」
朔はドアノブを掴んだまま固まってしまう。
「つぶれないと思うよ。本決まりではないけど、買い取ろうとしている所があるらしいんだ」
「社員はどうなるんでしょう」
「たぶん社員もそのまま、業務内容も引き継ぐらしいことを聞いた」
「リストラされる心配はないのかしら」
「きちんと仕事をしてれば大丈夫だろう」
楽天家の夫の声に、陽子はやっとほっとしたように笑ったようだ。
朔はやっと扉を開けた。
「お母さん、お風呂あがりました」
「明日学校だから早めに休んでね」
「はい、おやすみなさい」
朔は2人の顔が暗い表情ではないことに安心して自分の部屋に戻った。
でもベットに横になってから胸がドキドキしてきた。
「お父さん、仕事なくならないよね」
大丈夫だって言ってたけど、もしかしたら…
僕が幸せだからばちが当たってお父さんに不幸なことが振りかかったらどうしよう。
僕のせいで…
自分のせいで、大事な人達が不幸になり苦労するようなことになったら…
朔は眠れなくなってしまった。
その次の週末。
いつもより遅く帰宅した元は同僚を3人程連れてきた。
夕飯を先に済ませた陽子は客にビールと即席のツマミを出した。
挨拶をした後朔は舟を漕いでいる桃を連れて両親の寝室へ行った。
直ぐに寝てしまうかと思った桃は少しだけぐずり、朔は桃の好きな絵本を二回読んであげた。
三回目を始めたところで目蓋が落ち、布団から出ていた腕がかくんとベットから落ちる。
朔はそっとその腕を布団の中に入れた。
トイレに行こうと一階に降りた。
階段を降りきった時、リビングの方から男の大きな声がして、ガタンと何かぶつかったような音がした。
両親に何かあったかと、リビングのドアを開けて固まる。
中にいた5人の視線を浴びたからだ。
「ごめんなさいね、ビックリしたでしょう」
陽子が笑って言うので、朔はほっと肩の力を抜いた。
「朔くんごめんな、おじさん酔っぱらって」
元と同期の高橋がすまなそうに言う。朔は慌てて首を左右に振った。
「じゃあ、僕寝ます。おやすみなさい」
ペコリとお辞儀をして、そっとドアを閉めた。
トイレに入ってから洗面所で鏡の前に立った。
いつもの顔。少し不安そうな表情。
ため息をついて、今度こそ寝ようと階段へ向かう。
「会長もやらかしてくれるよ」
高橋の声。イライラとした低い声だった。
「せっかくそのまま買い取ってくれるはずだったのに負債を増やして」
「向こうも条件をかなり低くしてきましたね」
元の部下の金子がため息混じりで言うのが聞こえた。
「かなり深刻何ですか?」
陽子。
「うーん、リストラもありそうだ。残っても給与が大分下がるだろうな」
「でもこの年で再就職もきびしいよな」
「ほんとにな」
高橋と元。
「社長は会長に頭が上がらないからなぁ」
「入婿だから」
「いい人なんですけどね」
「いい人だけでは会社を存続させられなかった」
「どうしたもんだか」
それからは声が小さくなり朔には何を言っているか分からなくなった。
朔は足が震えるのを堪えて部屋に戻った。
そしてベットの中で眠れない夜を過ごした。
朔は内心怖くてドキドキしていた。
教師に嘘をつくのは悪いことだ。例え小学生でも知っていること。
「そうか、どうしても都合がつかないんだね」
担任の高林が困った顔で朔に確認する。
「はい、すみません」
「まぁ、1年生の三者面談だから仕方ないかな。進路希望の用紙は必ずご両親に見せて、相談して書いてね。それで2年のクラス決まるから」
「はい」
プリントを受け取って頷いた。
手が震えそうになって一度ぐっと拳に力を入れてからプリントをクリアファイルに入れた。
「じゃあ、3学期に忘れないで提出して」
「はい」
「じゃあ、良いお年を」
ぺこりとお辞儀をして、逃げるように職員室を出た。
終業式の日、2学期末に行われた三者面談を朔は両親に言えず、どうしても都合が付かないとして免除してもらった。
この頃ずっと元は残業続きで相変わらず会社の経営が上手く行っていないようで、よく夜遅くに陽子とリビングでふたりヒソヒソと話をしているようだった。
ただてさえ大変なのに、自分の事で迷惑をかけたくない。
本当たったら高校も辞めて働いて恩返しをしたいけれど、中卒ではろくに稼げないから卒業まで少しでもバイトでお金を稼いで家計の足しになるようにしたい。
そう決意して、バイトに向かった。
バイトの後桃を迎えに行って、2人で遊びながら両親を待った。
陽子はいつもの時間に帰ってきて、節約ハンバーグと呼んでいる桃と朔が好きな半熟茹で玉子の入ったハンバーグを作ってくれた。
「ただいまー」
最近では珍しく元が早い時間に帰宅した。
「終わったよ」
少し疲れたように笑った。
「あらあら」
陽子は元の前に食事の準備をしながら言う。
「私ががっつり働いて面倒見ますから心配ありませんよ」
「違うよ」
ほっとしたように、今度はいつもの優しい顔で笑う。
「不安な状況が終わったんだよ」
「解決したんですか?」
「そう。結構大きい企業が条件付きでうちを引き受けてくれてね」
「条件って?」
朔はハンバーグを小さく切って桃の口に運びながら、そっと2人の会話を聞いていた。
「会長の解任だよ。会長も初めは不満だったようだが、負債を引き受けてくれるということでしぶしぶ受けたようだ。今後一切関わらないという条件をのんで」
「お父さんたちはどうなるんですか?」
「今まで通り働けるよ。向こうのアドバイザーがいろいろアドバイスしてくれるそうだから、今までより一層良くなるんじゃないかな」
「一段落ですね」
「ああ。来年の1月1日付けで新しく会社がかわるよ」
朔はほっと息を吐いた。
「朔、君にも心配かけたね」
元は桃の口元をティッシュで拭いてあげている朔の頭を撫でた。
朔は泣きそうな顔に力を入れて首を振る。
良かった。
僕のせいで家族が不幸にならなくて。
やっと良くなってきたのに、自分のせいで心配かけたくない。
進路希望用紙は自分で書いて出そう。
そっとそう思う朔だった。
昔周りの子供と上手く接することができずビクビクしていた時とは理由が違っていた。
怖かった。
幸せでこれがずっと続けばいい。昔そう思った時、その幸せが消えてしまったから。
家族ができ、じーちゃと毎日のように会えていた時。
あの時じーちゃが突然居なくなった。
大好きなじーちゃに会えなくなって悲しくて毎日泣いていた。
朔は日曜日バイトが終わり帰る前にもう一度じーちゃに会いに行って、ぎゅっと柔らかい毛皮を抱き締めた。
「じーちゃ。大好き」
首に顔を押し付けて泣きそうな声で言った。
「だから僕の前から居なくならないで」
顔を離して銀色の毛並みを撫で、じーちゃの目をじっとみつめて哀願する。
「僕がお父さん達に恩返しして、一人で暮らせるようになったら迎えに来るから」
じーちゃの首に抱きつきながら、額をグリグリと耳元に擦り付ける。
「だから、それまで待ってて」
そして家族が心配するギリギリの時間までじーちゃと過ごしていた。
その日朔がお風呂からあがって、陽子にその報告をしようとリビングのドアを開けようとした時中から陽子の声がした。
「会社つぶれてしまうの?」
朔はドアノブを掴んだまま固まってしまう。
「つぶれないと思うよ。本決まりではないけど、買い取ろうとしている所があるらしいんだ」
「社員はどうなるんでしょう」
「たぶん社員もそのまま、業務内容も引き継ぐらしいことを聞いた」
「リストラされる心配はないのかしら」
「きちんと仕事をしてれば大丈夫だろう」
楽天家の夫の声に、陽子はやっとほっとしたように笑ったようだ。
朔はやっと扉を開けた。
「お母さん、お風呂あがりました」
「明日学校だから早めに休んでね」
「はい、おやすみなさい」
朔は2人の顔が暗い表情ではないことに安心して自分の部屋に戻った。
でもベットに横になってから胸がドキドキしてきた。
「お父さん、仕事なくならないよね」
大丈夫だって言ってたけど、もしかしたら…
僕が幸せだからばちが当たってお父さんに不幸なことが振りかかったらどうしよう。
僕のせいで…
自分のせいで、大事な人達が不幸になり苦労するようなことになったら…
朔は眠れなくなってしまった。
その次の週末。
いつもより遅く帰宅した元は同僚を3人程連れてきた。
夕飯を先に済ませた陽子は客にビールと即席のツマミを出した。
挨拶をした後朔は舟を漕いでいる桃を連れて両親の寝室へ行った。
直ぐに寝てしまうかと思った桃は少しだけぐずり、朔は桃の好きな絵本を二回読んであげた。
三回目を始めたところで目蓋が落ち、布団から出ていた腕がかくんとベットから落ちる。
朔はそっとその腕を布団の中に入れた。
トイレに行こうと一階に降りた。
階段を降りきった時、リビングの方から男の大きな声がして、ガタンと何かぶつかったような音がした。
両親に何かあったかと、リビングのドアを開けて固まる。
中にいた5人の視線を浴びたからだ。
「ごめんなさいね、ビックリしたでしょう」
陽子が笑って言うので、朔はほっと肩の力を抜いた。
「朔くんごめんな、おじさん酔っぱらって」
元と同期の高橋がすまなそうに言う。朔は慌てて首を左右に振った。
「じゃあ、僕寝ます。おやすみなさい」
ペコリとお辞儀をして、そっとドアを閉めた。
トイレに入ってから洗面所で鏡の前に立った。
いつもの顔。少し不安そうな表情。
ため息をついて、今度こそ寝ようと階段へ向かう。
「会長もやらかしてくれるよ」
高橋の声。イライラとした低い声だった。
「せっかくそのまま買い取ってくれるはずだったのに負債を増やして」
「向こうも条件をかなり低くしてきましたね」
元の部下の金子がため息混じりで言うのが聞こえた。
「かなり深刻何ですか?」
陽子。
「うーん、リストラもありそうだ。残っても給与が大分下がるだろうな」
「でもこの年で再就職もきびしいよな」
「ほんとにな」
高橋と元。
「社長は会長に頭が上がらないからなぁ」
「入婿だから」
「いい人なんですけどね」
「いい人だけでは会社を存続させられなかった」
「どうしたもんだか」
それからは声が小さくなり朔には何を言っているか分からなくなった。
朔は足が震えるのを堪えて部屋に戻った。
そしてベットの中で眠れない夜を過ごした。
朔は内心怖くてドキドキしていた。
教師に嘘をつくのは悪いことだ。例え小学生でも知っていること。
「そうか、どうしても都合がつかないんだね」
担任の高林が困った顔で朔に確認する。
「はい、すみません」
「まぁ、1年生の三者面談だから仕方ないかな。進路希望の用紙は必ずご両親に見せて、相談して書いてね。それで2年のクラス決まるから」
「はい」
プリントを受け取って頷いた。
手が震えそうになって一度ぐっと拳に力を入れてからプリントをクリアファイルに入れた。
「じゃあ、3学期に忘れないで提出して」
「はい」
「じゃあ、良いお年を」
ぺこりとお辞儀をして、逃げるように職員室を出た。
終業式の日、2学期末に行われた三者面談を朔は両親に言えず、どうしても都合が付かないとして免除してもらった。
この頃ずっと元は残業続きで相変わらず会社の経営が上手く行っていないようで、よく夜遅くに陽子とリビングでふたりヒソヒソと話をしているようだった。
ただてさえ大変なのに、自分の事で迷惑をかけたくない。
本当たったら高校も辞めて働いて恩返しをしたいけれど、中卒ではろくに稼げないから卒業まで少しでもバイトでお金を稼いで家計の足しになるようにしたい。
そう決意して、バイトに向かった。
バイトの後桃を迎えに行って、2人で遊びながら両親を待った。
陽子はいつもの時間に帰ってきて、節約ハンバーグと呼んでいる桃と朔が好きな半熟茹で玉子の入ったハンバーグを作ってくれた。
「ただいまー」
最近では珍しく元が早い時間に帰宅した。
「終わったよ」
少し疲れたように笑った。
「あらあら」
陽子は元の前に食事の準備をしながら言う。
「私ががっつり働いて面倒見ますから心配ありませんよ」
「違うよ」
ほっとしたように、今度はいつもの優しい顔で笑う。
「不安な状況が終わったんだよ」
「解決したんですか?」
「そう。結構大きい企業が条件付きでうちを引き受けてくれてね」
「条件って?」
朔はハンバーグを小さく切って桃の口に運びながら、そっと2人の会話を聞いていた。
「会長の解任だよ。会長も初めは不満だったようだが、負債を引き受けてくれるということでしぶしぶ受けたようだ。今後一切関わらないという条件をのんで」
「お父さんたちはどうなるんですか?」
「今まで通り働けるよ。向こうのアドバイザーがいろいろアドバイスしてくれるそうだから、今までより一層良くなるんじゃないかな」
「一段落ですね」
「ああ。来年の1月1日付けで新しく会社がかわるよ」
朔はほっと息を吐いた。
「朔、君にも心配かけたね」
元は桃の口元をティッシュで拭いてあげている朔の頭を撫でた。
朔は泣きそうな顔に力を入れて首を振る。
良かった。
僕のせいで家族が不幸にならなくて。
やっと良くなってきたのに、自分のせいで心配かけたくない。
進路希望用紙は自分で書いて出そう。
そっとそう思う朔だった。
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