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会いたい?

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その日安心したのか眠くなって、いつもの時間より早くベットに入った。

うとうとしたかと思うと夢を見た。
怖い夢を。

まだ小学校に入学していない小さい頃のこと。
施設の子供達に虐められて一人になりたかった。
でも施設では一人になる場所はトイレしかない。トイレで籠城すればますます虐められる。
朔は施設の裏にある小さな丘にやってきた。祠の陰から銀色の大きな犬が出てきた。
「じーちゃ」
朔は嬉しくなって抱きついた。
「さーく」
その時満月がやって来て、棒でじーちゃを殴り始めた。
じーちゃはキャウンと鳴いて、倒れてしまった。
じーちゃ!抱き締めたが、動かない。
「さーく、俺に逆らうと皆こんなにしてしまうからな」
じーちゃ!じーちゃ!
うなされた朔はタオルケットを蹴飛ばして丸くなった。
じーちゃ!
その時朔の他に誰も居るはずもないのに静かな男の声がした。
「朔」
知らない声。
今まで聞いたことのない声、なのに朔は力を入れていた体から自然と力が抜けた。
瞼を開けようとしたが開かない。
夢を見てるんだ。
開けていないはずなのに、チラッと銀色の毛先が見えた気がした。
「じーちゃ?」
朔は見えないのに手を伸ばした。指先に温かいものが触れる。
じーちゃの毛皮だ。
長い絹なような手触り。
きっと銀色だ。
じーちゃだ。
「じーちゃ」
朔の体は何かに包まれた。
「あったかい」
朔はその温かいものに頬を擦りよせた。
するとぎゅっと抱き締められた。
「朔、心配ないから」
頬に柔らかいものが一瞬触れ、またぎゅっとされる。
「もう大丈夫だから」
安心してもう夢も見ず眠ってしまった。
夢を見ていたはずなのに…


次の日から朔は麗香の車に乗せてもらった。
桃のお迎えの日は幼稚園まで、ない日は家まで、たまに麗香のお屋敷にも遊びに行った。
遊びにと言っても、一緒に課題をしたりお茶をご馳走になったりするくらいだが。

その日は初めて麗香の部屋に入れてもらった。
麗香の部屋は広く、可愛らしい家具やカーテンが掛かっていて、朔は入った途端目眩がした。
「す、すごいね」
「でしょ、このヒラヒラなんて物凄く素敵よね」
そう言ってソファーのカバーを見せてくれた。
そうしていると麗香も普通の女の子に見えた。

本棚の上に写真立てがいくつか飾られていた。
「見ていい?」
念のため聞くと麗香は嬉しそうに頷いた。
「どうぞ」
一枚はフリフリのドレスを着てお澄まし顔の小さな女の子。
麗香の面影がある。
その隣には三人の子供達の写真。真ん中は小学生くらいの麗香。両脇には麗香に似た男の子。
「この子達はお兄ちゃん?」
「そうよ。右が峻(たかし)お兄様、左は鴻(ひとし)お兄様」
「3人兄弟なんだ」
峻の方は5つ位は上に見えた。真面目な表情でこちらを睨んでいるようだ。
それに反して鴻の方は多分2つくらい上か。優しい顔でにこにこと笑顔で写っていた。

「こっちは?」
その写真は麗香達と違う髪や目の色が珍しい男の子が写っていた。
小学に入学したかしてないかの年格好。切れ長の目に、子供ながらも整った顔。
「外国人の子?」
「いいえ。日本人よ、生粋の」
短めに切られた髪は白っぽい金髪に見えた。瞳も黒なのに金色掛かって見える。
「光の加減かしら」
心配そうに、
「朔くんはこういう子、嫌い?」
「えっ?」
まじまじと写真を見る。
整った顔。でも子供なのに表情がない。峻のように睨んでいるわけではないが、少し怖く感じる。
でも麗香の、もしかして兄弟かもしれない子供を嫌いとは言えない。
「嫌いじゃないよ。この子大人になったらイケメンになるね、きっと」
朔がやっと言うと、麗香は嬉しそうに答えた。
「そうでしょ。この子は私の婚約者なの」
「婚約者?」
麗香には驚かされてばかりいる。

「高校生なのにもう婚約者いるの?」
「生まれて直ぐ親に決められたの」
当たり前のように言われ、なんて答えていいか分からなかった。



もうすぐ夏休みという日、朔は今日も帰りに麗香の所へ寄っていた。

テラスでアフタヌーンティーをいただいていた。
「朔くんはどれが一番好き?」
麗香に聞かれ、朔は何段にもなっているアフタヌーンティーのセットを上から下までじっくりと見る。そしてマフィンを選んだ。
「これ甘酸っぱくて美味しいよね」
「治朗もそれ好きよ」
「はるろう?」
朔がたどたどしく言うと、麗香は嬉しそうに微笑んだ。

「森屋敷治朗。私の婚約者よ」
朔は前に見せてもらった写真の男の子の顔を思い出した。
「その人いくつなの?」
「私よりひとつ下よ」
えっ、じゃあまだ中学生?
朔はびっくりしすぎて、食べていたマフィンを喉に詰まらせた。
「大丈夫?」
麗香は心配そうに紅茶を飲むのを手伝ってくれた。
「ご、ごめん」
咳が止まり目を真っ赤にさせて麗香に謝った。
「あら違います」
「えっ?」
「こういう場合はありがとうと言うべきです」
きっぱり言われ、頷いてコクンと唾を飲み込んだ。
そして真ん丸目で麗香をじっと見つめ、
「あ、ありがとう」
と、今にも泣きそうな声で言った。
言った途端、真っ赤になって慌てて下を向いた。
「なんて言うか…」
麗香のため息が聞こえ、朔は落ち込んだ。
上手くお礼を言えなかったから呆れられた。
ありがとう一つ言えない奴だと思われた?

顔を上げようとした時、ぎゅっと抱き締められた。
「えっ?」
「もう!可愛すぎ!」
「守屋敷さん?」
「もう私が頂きたいわ」
ぎゅっぎゅっとまた締め付けられる。

「お嬢様」
林田の静かな声。
「分かったわよ」
やっと麗香の腕から解放され、朔はやっと息ができた。
麗香は見た目と違い力が強かった。
死ぬかと思った。
本気で朔はほっとした。
「守屋敷さんは嫌じゃないの?勝手に決められた婚約者って」
そう聞いてみると、麗香はうーんと首を可愛らしく傾げ考える。
「治朗とは殆ど姉弟のように育ってきたから、別に嫌だとは思わないわ。そう言うものだと当たり前に感じてる。だからこのままお互いに他に愛する人が見つからなければ20歳になったら結婚する予定になってるわ」
「その治朗さんと会わなくていいの?いつも僕といるから会う時間減っちゃう」
自分のせいで大好きな人と会えないのは申し訳なさ過ぎる。
「治朗は今、日本に居ないから」
「?」
「私も行っていたんだけど、イギリスの学校に留学してるの」
イギリスって中学校も留学できるのかな。
「ずっと?」
「電話では話すけど、4年くらい会ってないわね」

「会いたくならない?」
4年も大好きな人に会えないなんて可哀想。勝手に麗香を可哀想がって聞いた。
すると麗香は反対に尋ねてきた。
「朔くんは会いたい人っていないの?」
会いたい人。
会いたい。
「人じゃないけど、い、いるよ」
「誰?」
期待満々のキラキラした瞳で見つめられ、朔は真っ赤になった。
「ね、ねえ、誰?」
好奇心溢れそうだった。
「お嬢様」
林田に諌められ、麗香はふっとため息を付いた。
「だって朔くんの恋ばな聞けると思ったんだもの」
「こ、恋ばな?!」



夏休みになった。
学校に行かなくていいので、麗香には会っていない。学校の帰りでも満月の姿はこのところ見ていなかった。

忙しいのかな。それとも諦めた?
朔は桃におやつのフルーツゼリーをスプーンですくって食べさせながら考え事をしていた。
リビングのテレビには幼児用ビデオが流れている。桃の好きなキャラクターが歌いながらダンスをしていた。桃はゼリーを食べながら体を揺らしている。
可愛らしい姿に朔は頬が緩んだ。

ゼリーを食べ終わり、画面に動物園の動画が流れた。
ライオン、キリン、シマウマ…
すると桃はテレビ台の引き出しを指差した。
「にーた、にーた」
いつもの事なので朔は直ぐに察して、引き出しからスケッチブックとクレヨンを出した。
まだ何も描かれていない白い画用紙を開くと、
「これなーんだ」
言いながら黄色いクレヨンで書き始めた。なが~い首、長い足、体には茶色のクレヨンで模様を描く。
「きいん!」
「当たり!」
よく分かったねと桃の細い髪をくしゃくしゃと撫でる。
そしてまた、
「これなーんだ」
グレーのクレヨンで大きな体、大きな口、短い足、水の中。
「あば」
「当たり!」
すごいねと今度はほっぺを両手で挟んだ。丸いほっぺがとんがりお口になる。

「もっと」
「もっと?」
桃に頷かれ、朔はう~んと考え、また書き始める。
「これなーんだ」
銀色のクレヨンで尖った耳、口からは犬歯が見え、なだらかな体、ふさふさな尻尾、足はがっしりと地面を踏みしめている。
「う?わんわ?」
桃は首を傾げながら言った。
「何々?」
休みだった陽子が覗き込んだ。
「相変わらず上手ねえ」
感心して言う。
「これキツネ?この尻尾は違うかな、狼かしら」
「狼?」
「でもこんな色の狼って居ないわよね」
「おーかむ?」
桃が陽子に言ってきゃあきゃあと笑った。

朔はじっと自分の描いた絵を見つめる。
朔はずっと動物園には行っていない。
小学校6年までは行ってたが、その後は動物に近寄ると怯えられたり唸られたりするようになった。そんな状態では動物を見に行くことすら難しい。
近所の飼い猫すら朔に撫でさせてくれなくなった。
近寄ると毛を逆立てながらすごい声で唸られるか、怯えて逃げられた。
犬も同様だった。

今では朔が触られるのは倫の飼い犬豆太だけだった。
たまに部活が休みな時、豆太と遊ばせてもらった。
じーちゃに会えなくなってからの朔の唯一の癒しだった。

狼はテレビでは見たことはある。動物の番組が好きで、そこで狼の特集をやっていたことがあった。
狼は群れで行動する。仲間や家族を大事にする。ライオンのようにたくさんのメスを番にせず、ただ一頭とだけ一生番う。
じーちゃは狼なんだろうか。

この絵はじーちゃを描いたつもりだった。
でも狼はペットにはできない。
日本にはもう狼は生息していないと倫が言っていた。
じーちゃは狼に似た狼犬なんだろうか。
じーちゃは…
そこまで考えて朔は首を左右に振った。
じーちゃが狼でも犬でもいい。どこかで元気で居てくれたら、それでいい。
きっと生きてる。
またいつか会える。
それが僕の希望だ。
その希望、夢のために僕も頑張ろう。
そう心に誓った。




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