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はじまり

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朔は捨て子だった。

ハニーハウスと云う施設の前に置き去りにされていたそうだ。ハニーハウスは親の虐待や放置等の理由で親から離された子供たちが住んでいる施設だった。3歳から小学6年生までの子供達がいる。

そこへ生まれてまだ半年足らずの男の子が門前に籠に入れられて置かれていた。
見つけたのは最年少の4歳の満月(みつき)だった。満月は園長を呼びに行って嬉しそうに言ったそうだ。
「おとうと、いた」

その子は朔。
籠の中にレポート用紙を破ったような紙切れにそう書かれていた。
園長は保護者を探したが、結局見つからなかった。
施設で保護することになり、他の子達と育てられた。

朔を見つけた満月は朔をとても可愛がった。
何年かは。
彼が8歳。小学2年になった頃か、朔を言葉で虐げるようになった。
「笑うなよ。朔は笑った顔気持ち悪いから」
「みんな優しいから言わないけど、朔が嫌いなんだよ」
泣きそうな4つの朔に、
「ぼくだけだからな、朔に優しくしてやるの」
「朔はぼくが大好きだろ」
4つになった朔はいつもおどおどしていた。施設にやって来る大人の顔を見れず、何か聞かれても答えられなかった。それでも話しかけると泣き出してしまう。
そして満月の後ろに隠れてしまう。

でも一番怖いのが満月だった。

朔が一番ほっとする場所が施設の裏にある小さな丘だった。
小さな丘だったが、森のように雑木が生えていて人はあまり来なかった。そこに小さな祠があって中には何か奉納されていたが、外からは覗けなかった。ハニーハウスの子供たちは怖がってここには来なかった。

朔はいつも一人でやって来て社の前に腰掛けて過ごした。朔が来るとしばらくして祠の後ろからガサガサと草を掻き分ける音がして銀色の毛玉が姿を表す。
「じーちゃ」
幼い朔はその銀色の毛並みの犬なような、狐のような生き物をそう呼んだ。
初めは、
「わんわ」と呼んでいたが、白髪頭の人をハニーハウスの子供たちがじーちゃんと呼んでいたから、真似をして呼んだらこの獣が喜んだように見えたからだ。

獣は4歳の朔より少しだけ大きかった。でも毛並みは柔らかく、体のラインも丸かったから多分子供なのだろう。

初めてここで出会った時、獣は怪我をしていた。
白い鼻先から血が出ているのを見て、ポケットからくしゃくしゃなハンカチを引っ張り出して、滲んでいる血を拭いた。でもまだジワリと出てくるのを見て自分が痛いかのような泣きそうな顔でペロリと血を嘗めた。そしてそっと鼻先をハンカチでくるんだ。
直ぐ落ちてしまうハンカチをなんとか鼻先を縛り付けた。獣は乱暴な手付きに痛いのか少し唸ったが、朔が心配してやっているのが分かるのか噛みついたりしなかった。

「さーく」
遠くで満月が呼んでいる声。
獣はさっと祠の陰へ行ってしまった。後を追って社の後ろを見たがもういなかった。
「さーくー」
満月の声。
朔は少し体を震わせてから、声の方へ走り出した。



朔も小学校に上がり、友達もできた。でも直ぐその友達も離れていった。

友達と仲良くしていると満月がやって来て邪魔をする。友達に嫌な思いをさせ、その友達が居なくなると、その友達の悪口を言う。
それを気にせず友達と遊んだりすると、今度は友達のほうへ朔の悪口を言ったり、朔がその友達を悪く言っていると嘘をつく。
そんなことを繰り返すうちに、誰も朔と遊ばなくなった。朔を遠巻きにしてクスクス嗤ったり、ひそひそ悪口を言ったりするようになった。
そうすると満月は満足して、自分は朔の味方だと優しくする。

朔は友達を作ることを諦めた。
人間の友達は、だ。

朔の友達は時々裏の祠にやって来るじーちゃだけだった。野犬か、狐か。獣ではあったけれど、朔の心の癒しだった。

フサフサの毛並みを抱きしめると安心できた。
初めて会った時よりずいぶん大きくなって、朔が7歳になった頃はレトリバー位になっていた。相変わらず銀色で、目はじっと見ると濃い赤が入った黒。
朔が孤独で堪えられない気持ちでいると、そっと近くによって来て黙って朔の耳の所に鼻先を寄せた。朔がぎゅっと力を入れて抱きしめても嫌がらず、じっとして居てくれた。

満月は時々居なくなる朔に何処に行ってたのかしつこく聞いたが、朔は絶対に本当のことは言わなかった。
このじーちゃといられる時間を失くしたくなかったから。満月に言ってしまったら、必ず奪われると知っていたから。

朔が三年生になる年、満月は中学生になった。
ハニーハウスは小学生までいられる施設。満月は小学校卒業と同時にハニーハウスも卒業だった。
両親の所へ戻り、朔とは離れ離れになった。

満月は嫌がったが、朔は内心ほっとした。
いつも満月に支配され、朔を離さず、側を置きたがった。周りの人間は其を弟のように可愛がっていると思っていたが、朔には独裁者のように感じていた。
まだ朔は幼かったのではっきりとは分からなかったが、鎖のように縛られ動けないように感じていた。
ただ恐かった。
でも怖がっていると満月に知られるのがもっと恐く、知られないように心を圧し殺していた。
それが満月の卒業でなくなり、ほっとした。
力が抜けた。

でもやっぱり、じーちゃと会っている事は大人には内緒だった。
知られたら、じーちゃは保健所と云うところへ連れていかれ殺されると教えられたからだ。ハニーハウスの六年生の男の子が、野犬がそうやって連れてかれたと話していた。

満月がいなくなっても、朔に友達はできなかった。
今まで満月に心を閉じ込められていたような性格が、居なくなったからと言ってすぐに開かれるわけはない。
クラスメートに話しかけられても、オドオドとした態度と言葉で、やがて誰も朔に話しかけなくなった。
嫌われた。
そう思い込んで、朔は自分からは話しかけられなかった。
担任の教師もイジメではないと判断し、ほっておいた。

朔にはもうじーちゃしかいなかった。
それはずっと変わらないと思っていた。
朔の環境が変わるのは、朔がもうすぐ5年生になる年だった。
朔を引き取りたいという夫婦がハウスへやって来たのだ。
結婚して10年経っても子供ができず、知り合いに相談したところここを紹介されたそうだ。そこで朔を見掛け、引き取って養子にしたいと考えたらしい。
園長は乗り気で、是非と勧めた。
朔は何度かその夫婦に会わされ、そういうことかと納得した。
朔には断るという思考も、判断力もなかった。園長に言われたから、相手に求められたから、2人に付いていくことにした。

普通の家庭で暮らせる。両親ができる。
それに対して嬉しいとか嫌だとかはなかった。
期待も嫌悪も何も感じかなった。そうするしかないという、諦め、みたいなものだけだった。
1つだけ悲しいと感じたのが、じーちゃに会えなくなるということだけだった。

ハウスを出ることに決まった夜、布団の中で1人声を出さないように、自分の右手の甲を噛み締めて涙を流した。
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