愛なんか知らない

33

「こんにちは」カウンターから顔を上げると、森川が立っていた。
「もう休みに入ってるよね」
「レポートの資料を借りに来ました」
幹は周りに誰も居ないのを確認して、
「時間ある？」
「予定はないですが」
「オレもうすぐ休憩だからちょっといいかな」
「勿論です」
「じゃあ、20分後自販機コーナで待っててくれる？」
「分かりました」
森川はさっきの幹の顔を思い出し、不安になった。
もしかして初詣行けないと言われるのだろうか。
時間になってやって来た幹はいきなり頭を下げた。
「この前はごめん！」
「えっ」
森川は自分が謝られる理由が分からずきょとんとする。
「オレ酔っ払ってて」
「酔ってたんですか？」
クリスマスイブの日、ご馳走も酒もなくなり解散したとき、幹は何時ものように白い顔で真面目な顔をしてきゃらきゃら笑う桃果を連れて帰って行った。どこにも酔っている要素は見えない。
「ケーキ食べてる頃はもう酔っ払ってた。だからあんな気持ち悪いことして」
「気持ち悪いことって何ですか？」
パーティーの時より今の幹の方が顔が赤い。
「男にあーんって」
自分で言って、うわっ、と掌で目を覆う。
「苺全部食べさせた」
恥ずかしがる幹の様子をみつめ、森川はふわっと優しく笑う。
「嬉しかったです」
「は？」
驚いて顔を上げた幹にそのままの笑顔で
「苺を食べさせてくれたことも、古平さんに初詣誘われて断ってくれたことも、嬉しかったです」
「そう？」
幹はまだ少し赤みが残った顔で、
「嫌じゃなかったなら良かった」
「初詣の約束は大丈夫ですか？」
「空けてるから。その代わり昼近くになってからにして。朝はゆっくり寝てたい」
「じゃあ、11時頃幹さんの部屋にむかえに行きます」
「了解。お迎え宜しく」