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第二章 中核都市エンクホイゼン

第二十八話 領主との会見

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 ジカイラは、飲料や果物を売る露店で、カット済の冷えた林檎を三人分買い、ヒナとティナに渡す。

「ほら」 

 ジカイラから竹の器に入った林檎を渡され、ヒナとティナは喜ぶ。

「わー」

「ジカさん、ありがとう」

 女の子達は、ジカイラから渡された竹の器に入った林檎を、楊枝で刺して食べ始める。

 ジカイラも、竹の器に入った林檎を楊枝で刺して、一切れ食べて考える。

(麻薬組織や盗賊団が動くとしたら、夜だろう。昼間できることは、情報収集と街の地理の確認、目ぼしい建物の確認くらいか)

 三人は、港と周辺の倉庫街を散策、探索する。

 夕刻になり、三人が宿屋へ戻るため大通りに差し掛かった時、突然、物陰から全裸の男が現れた。

「アヒャヒャヒャヒャ」

 全裸の男は、奇声を上げながら右手を伸ばしてティナに襲い掛かる。

「キャァッ!?」

 ジカイラがティナと全裸の男の間に割って入る。

 ジカイラは、腰から下げている海賊剣カトラスの柄に手を掛けると、そのまま全裸の男の右手の肘から先を、居合斬りで斬り飛ばした。

 全裸の男は、二、三歩ほど、よろめいて後退りすると、肘から先が無くなった右腕を眺める。

 その傷口からは血が噴き出ているが、全裸の男は、気にかける様子もない。

 ジカイラは、全裸の男を観察する。

(こいつ! 腕一本無くしても、怯まない!!)

 再び、全裸の男は、奇声を上げてジカイラに襲い掛かる。

「アヒャヒャヒャヒャ」

 ジカイラは、全裸の男の目を見る。

(なんだ!? 正気じゃない!?)

 ジカイラは海賊剣カトラスを水平に払い、全裸の男の胴体を一刀両断した。

 全裸の男は、上半身だけになっても、事切れるまで、奇声を上げて笑っていた。

「アヒャヒャヒャヒャ」

 ヒナとティナは、満面の笑みを浮かべ、目を見開いたまま、絶命した全裸の男の死体に怯える。

 ヒナが口を開く。

「ちょっと! なんなの!? コイツ!!」

 ティナも口を開く。

「笑ったまま・・・死んだの!?」

 ジカイラは、全裸の男の死体を調べる。

(こいつ、鼻中隔軟骨(※左右の鼻の穴を隔てる軟骨)が溶けて無くなっている! 重度の麻薬中毒者ジャンキーか!!)

 ジカイラが呟く。

「コイツは、重度の麻薬中毒者ジャンキーだ。天使の接吻エンジェル・キスの粉末を鼻から吸っていたようだ」

 ヒナがジカイラに尋ねる。

「どうして判るの?」

天使の接吻エンジェル・キスは、粉末を鼻から吸ったり、タバコに混ぜてたり、ガラスのパイプに入れて火で炙って煙を吸ったり、水に溶かして飲んだり注射したりと、色々と摂取方法はあるが、コイツの場合は鼻からだ。鼻の中を見ろ。鼻からの麻薬吸引で軟骨が溶けて無くなっている」

 ティナがジカイラに尋ねる。

「麻薬中毒の人?」

「そうだ。既に正気を失って、天国までブッ飛んでいたようだが」

 ジカイラは、死体を調べながら考える。

麻薬中毒者ジャンキーが居るってことは、倉庫街の近くに『煙屈えんくつ(※阿片窟に相当)があるって事だ)

 ジカイラ達が死体を調べていると、騒動を聞きつけて、程なく街の警備兵と役人がやって来る。

 ジカイラが、役人に事情を話すと、役人の顔色が変わる。

 役人は、ジカイラ達を案内するように手招きすると、連れて来た警備兵に指示する。

「巡礼者の皆様はどうぞこちらへ。お前達! 領主様に報告しろ!!」

「ハッ!!」

 ジカイラ達は、役人の案内で領主の城に向かう。





 エンクホイゼンの領主メルクリウス・エンクホイゼンは、ブツブツと呟きながら、伸ばして尖らせた口髭を右手の指先でいじりながら、城の『謁見の間』をウロウロと歩き回る。

 メルクリウスは、中年で小太り。茶色の髪は、肩まで伸ばし、毛先を巻いてウィッグにしており、鼻の下には、伸ばして尖らせた口髭を蓄えている。冴えない男であった。

 メルクリウスは、ただでさえジェファーソン・シンジケートとキラーコマンドの抗争で頭が痛いところに、巡礼者がこの街で麻薬中毒者ジャンキーに襲われた事件が起きたことで、狼狽えていた。

 メルクリウスは、落ち着かず『謁見の間』をウロウロと歩き回る。

「マズい。マズい。マズい。巡礼者がこの街で麻薬中毒者ジャンキーに襲われたというのは、非常にマズい。特に帝国大聖堂に知られるのは、極めてマズい」 

 メルクリウスにとって、『巡礼者が麻薬中毒者ジャンキーに襲われた。領主には、麻薬を取り締まり治安を維持する能力が無い』と帝国大聖堂から報告が上げられ、皇帝の耳に入る事は致命的であった。

 エンクホイゼンと同じ中核都市のデン・ヘルダーが、兵力百万人の帝国軍に制圧され、皇帝の直轄都市になったことは、メルクリウスの耳にも届いていた。

 メルクリウスは、考えながらしばらく周辺を歩いていたが、何かを思いついたように立ち止まる。

(口止めするしかない!)

 メルクリウスが閃いた時、役人に案内されてジカイラ達が領主の城の『謁見の間』にやって来る。

 メルクリウスは、恭しく一礼すると、ジカイラ達を招き入れる。

「ささ。どうぞ、巡礼者の皆さん。私がエンクホイゼンの領主メルクリウス・エンクホイゼンです。麻薬中毒者ジャンキーに襲われるとは、災難でしたな。御無事で何よりです」

 ジカイラ達は、メルクリウスに挨拶と偽の身分で自己紹介する。

 メルクリウスは、両手で揉み手をしながらジカイラ達に懇願する。

「実はご相談がありまして。麻薬中毒者ジャンキーに襲われた事は、内密にして頂きたいのです」

 ジカイラが聞き返す。

「と、いうと?」

 メルクリウスが答える。

「我々も皇帝陛下の御命令通り、麻薬を取り締まってはいるのですが、末端まで、取り締まりきれていない状況でして。口外されると非常に困るのですよ」

 ジカイラは素っ気なく答える。

「ふぅ~ん」

 ティナは素朴な疑問を尋ねる。

「今まで、どれくらい麻薬商人や麻薬中毒者を捕まえたんですか?」

 メルクリウスが答える。

「ゼロです」

 メルクリウスの答えを聞いたジカイラ達が驚く。

「「はぁ!?」」

 ヒナが口を開く。

「それって、捕まえる気が無いんじゃ・・・?」

 メルクリウスが的外れな答えを口にする。

「取り締まりは、しています! しかし、シンジケートの力は強大で!! 残念ながら、今一歩、及ばずといったところです」

 ジカイラがツッコミを入れる。

「『成果ゼロ』を『今一歩、及ばず』とは、言わないだろう!?」

 メルクリウスが、芝居掛かった身振り手振りで力説する。

「我々も努力はしています!! 日々、努力を!! たゆまぬ努力を!! 不断の努力を!!」

 呆れたジカイラが、メルクリウスに尋ねる。

「んで。盗賊団のほうは、何人か、捕まえたのか?」

 メルクリウスは、怪訝な顔をする。

「盗賊団?」

 ジカイラは具体的に名前を上げる。

「キラーコマンドかな」

 キラーコマンドの名前を聞いたメルクリウスは、一気にハイテンションになる。

「キラーコマンド! あの不逞の輩どもが現れてから、この街では騒動が絶えないのです! 市民はシンジケートと争う奴等を祭り上げる始末! 私も頭を痛めているのです!!」

 ティナががツッコミを入れる。

「で。キラーコマンドは何人捕まえたんですか?」

 メルクリウスが答える。

「ゼロです」

 ヒナが口を開く。

「盗賊団も、捕まえる気が無いんですか!?」

 メルクリウスが的外れな答えを口にする。

「取り締まりは、しています! しかし、我々がキラーコマンドを追うと市民が匿うのです! 市民の敵にはなりたくありません! 残念ながら、今一歩、及ばずといったところです」

 呆れたジカイラが、再びツッコミを入れる。

「それを『今一歩、及ばず』とは、言わないだろう!?」

 再び、メルクリウスが、芝居掛かった身振り手振りで力説する。

「我々も努力はしています!! 日々、努力を!! たゆまぬ努力を!! 不断の努力を!!」

 メルクリウスの言葉を聞いたジカイラは、両腕でヒナの左肩とティナの右肩に手を掛けて、二人の耳元で囁く。

「・・・ダメだ。このおっさん」

 ジカイラの言葉に二人は頷いた。

 ジカイラ達は、領主の城を後にし、宿屋へと戻った。
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