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18 恋とは細いけもの道
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涼しい夕暮れ。
空の暗い部分に星が瞬く頃。
姫さまは、いつもお庭に降りられる。
風通しのよい北の庭が夏のお気に入り。
お庭では、今日も行く手に人影がさした。すっかり見慣れたあの男の子が、嬉しそうに姫さまを待っている。
さあ、姫さまの硬直タイムの始まりだ。
あの子はただゆっくりと、姫さまのお顔を覗き込んですれ違うだけ。
姫さまはガチガチの状態で、歩行に妥当と思われる通過地点を進むだけ。
目が合うのは一瞬。柔らかく親しげに見つめられ、姫さまはスルッと目を伏せてそのまま歩み去る。
いや~、コレができるようになるまで、なんと3ヶ月かかったんだよ!
それまで姫さまは、くるっと方向転換してあらぬ方に逃げまくっていたからね……。
こんな態度をとられても、不思議と男の子はちっとも懲りていない。毎日陰らないあのメンタルはむしろ謎だな。
だって彼は、この後姫さまが大泣きするってことも知らないはずなのに。
手を繋ぐことすらもなく、いったい何を以て己のテンションを保っているのやら。
こうしてすれ違った後も、あの子は目をキラキラさせて姫さまの周りを付いてくる。
幸せっぷりはこの上もなく、飽きる気配もない。
恋が楽しいようで、それは結構なことじゃあるんだろう。
………ただねー。
お二人の恋愛の進捗は、それはもう、おっっっっっそろしく遅かった。
恋愛というミッションをさっさと済ませるなんて発想は、彼には搭載されていなかったんだなー。
かと言って姫さまがこの恋を先に進めるだなんてこと、できそうにもないし。
姫さまがそれでよろしいなら、別に良いんだけど。
なんだかすんごい長引きそう。
……この時、私はそう思っていた。
★ ★ ★
おや。
今日は、姫さまが泣いていない。
両腕にバケツを抱えたまま首を傾げていると、同じく水いっぱいのバケツを持った使い魔その1、その2もやって来た。
どうやら3匹とも呼ばれたらしい。
皆、無言のままバケツを床に下ろし、ピンと背を伸ばして姫さまのお部屋に立ち並ぶ。
「揃いましたね。」
はーい。ご用はなんですかー?
夕食も済んだ就寝前。これは姫さまのプライベートな時間帯だ。いつもなら、バケツ以外のご用事も無いのだけれど。
不思議に思っていると、姫さまが少し微笑んだ。
「このところ私は泣いてばかりいて、皆には世話をかけました。涙が止まらなかったものですから。」
「それが私たちの仕事です。どうかお気になさらずに。」
使い魔その1が代表して会話を受ける。
姫さまは穏やかな佇まいで、何だかすっきりしたお顔。
ふむ。お気持ちの整理がついたのかな。
ここはひとつ、神妙な顔で拝聴しよう。
静かなお部屋に姫さまの声が響いた。
「私は、ずっと落ち込んでおりました。
生まれて初めて男性に惚れたので、接し方がまるでわからなくて。
自分の態度が酷いのは認識できるのですが、何故こうなるのかもわからなくて。
でも、もうわかりました。私はひどく焦っているのです。」
「焦りですか?」
「ええ。………あの方は、いつも私に会いに来て下さいます。あちらから来て下さるというのは、お気持ち次第で、私から離れていくことができるということ。
私は、あの方を引き留められない。私には、どうしたら良いのか分からないの。
つまり、あの方が去ったなら、それで私たちはおしまいなのです。」
なるほど。それは、あの子を取り逃がしたくないと、そういうことですね!
じゃあ貢ぎますかー?尽くしますかー?支えちゃいますか~?
わくわくと控える私。しかし次なる姫さまのお言葉は、まあ……ほんと、紛うことなき、うちの姫さまのお言葉だった。
「私は、あの方にずっとそばにいて欲しい。だから、私から求婚します。
私の求婚の作法は、公に周知されているでしょう。私と一晩過ごして、朝まで生きていたならば私の夫となる…と。
ですから、どういう方法であれ、二人で一晩過ごせれば良いのです。
そこで皆の知恵を借りたくて。一番、穏便にあの方を連れ込む方法は何かしら?」
オンビンて何語ですか。
いや、それ。食人鬼に連れ込まれたらフツー、恐怖ですよ。
却ってあの子に逃げられちゃいますよ!
思わずその場にくずおれたのは、私だけではなかった。
空の暗い部分に星が瞬く頃。
姫さまは、いつもお庭に降りられる。
風通しのよい北の庭が夏のお気に入り。
お庭では、今日も行く手に人影がさした。すっかり見慣れたあの男の子が、嬉しそうに姫さまを待っている。
さあ、姫さまの硬直タイムの始まりだ。
あの子はただゆっくりと、姫さまのお顔を覗き込んですれ違うだけ。
姫さまはガチガチの状態で、歩行に妥当と思われる通過地点を進むだけ。
目が合うのは一瞬。柔らかく親しげに見つめられ、姫さまはスルッと目を伏せてそのまま歩み去る。
いや~、コレができるようになるまで、なんと3ヶ月かかったんだよ!
それまで姫さまは、くるっと方向転換してあらぬ方に逃げまくっていたからね……。
こんな態度をとられても、不思議と男の子はちっとも懲りていない。毎日陰らないあのメンタルはむしろ謎だな。
だって彼は、この後姫さまが大泣きするってことも知らないはずなのに。
手を繋ぐことすらもなく、いったい何を以て己のテンションを保っているのやら。
こうしてすれ違った後も、あの子は目をキラキラさせて姫さまの周りを付いてくる。
幸せっぷりはこの上もなく、飽きる気配もない。
恋が楽しいようで、それは結構なことじゃあるんだろう。
………ただねー。
お二人の恋愛の進捗は、それはもう、おっっっっっそろしく遅かった。
恋愛というミッションをさっさと済ませるなんて発想は、彼には搭載されていなかったんだなー。
かと言って姫さまがこの恋を先に進めるだなんてこと、できそうにもないし。
姫さまがそれでよろしいなら、別に良いんだけど。
なんだかすんごい長引きそう。
……この時、私はそう思っていた。
★ ★ ★
おや。
今日は、姫さまが泣いていない。
両腕にバケツを抱えたまま首を傾げていると、同じく水いっぱいのバケツを持った使い魔その1、その2もやって来た。
どうやら3匹とも呼ばれたらしい。
皆、無言のままバケツを床に下ろし、ピンと背を伸ばして姫さまのお部屋に立ち並ぶ。
「揃いましたね。」
はーい。ご用はなんですかー?
夕食も済んだ就寝前。これは姫さまのプライベートな時間帯だ。いつもなら、バケツ以外のご用事も無いのだけれど。
不思議に思っていると、姫さまが少し微笑んだ。
「このところ私は泣いてばかりいて、皆には世話をかけました。涙が止まらなかったものですから。」
「それが私たちの仕事です。どうかお気になさらずに。」
使い魔その1が代表して会話を受ける。
姫さまは穏やかな佇まいで、何だかすっきりしたお顔。
ふむ。お気持ちの整理がついたのかな。
ここはひとつ、神妙な顔で拝聴しよう。
静かなお部屋に姫さまの声が響いた。
「私は、ずっと落ち込んでおりました。
生まれて初めて男性に惚れたので、接し方がまるでわからなくて。
自分の態度が酷いのは認識できるのですが、何故こうなるのかもわからなくて。
でも、もうわかりました。私はひどく焦っているのです。」
「焦りですか?」
「ええ。………あの方は、いつも私に会いに来て下さいます。あちらから来て下さるというのは、お気持ち次第で、私から離れていくことができるということ。
私は、あの方を引き留められない。私には、どうしたら良いのか分からないの。
つまり、あの方が去ったなら、それで私たちはおしまいなのです。」
なるほど。それは、あの子を取り逃がしたくないと、そういうことですね!
じゃあ貢ぎますかー?尽くしますかー?支えちゃいますか~?
わくわくと控える私。しかし次なる姫さまのお言葉は、まあ……ほんと、紛うことなき、うちの姫さまのお言葉だった。
「私は、あの方にずっとそばにいて欲しい。だから、私から求婚します。
私の求婚の作法は、公に周知されているでしょう。私と一晩過ごして、朝まで生きていたならば私の夫となる…と。
ですから、どういう方法であれ、二人で一晩過ごせれば良いのです。
そこで皆の知恵を借りたくて。一番、穏便にあの方を連れ込む方法は何かしら?」
オンビンて何語ですか。
いや、それ。食人鬼に連れ込まれたらフツー、恐怖ですよ。
却ってあの子に逃げられちゃいますよ!
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