16 / 17
16
しおりを挟む
「リッカが案外、可愛い」
ぺらりと執務机で書類をまくりながらのセルフィルトの言葉に、紅茶の入ったティーカップを置いたタグヤがわずかに驚いたように目を見張った。
しかしすぐにその動揺は消えてしまった。
「それはようございました」
ミルクを入れる気分になり、温められたそれを少しだけティーカップにセルフィルトが注ぐ。
「キッケル様が心配していらしたので」
華奢な金色のスプーンで紅茶をかき混ぜると、飴色の液体が渦を巻いてミルクティーへと変わっていった。
「心配?え、なんで」
「基本的に何も関心を持たないので、飽きてしまったらと」
まったく遠慮のない物言いに、セルフィルトはひょいと片眉を上げて心外だと顔に浮かべた。
「そこまで人でなしじゃない」
淵の薄いティーカップに口をつけてこくりと温かな紅茶を一口飲む。
憮然とした物言いに、タグヤは口端をわずかに上げた。
「まあでも、リッカがいる生活は悪くないかな、新鮮で」
片肘をテーブルについて頬を乗せると、くすりとセルフィルトが笑みを浮かべる。
それにタグヤがさようですかと、柔らかい声で相槌をうった。
リッカは庭の見えるバルコニーのテーブルセットに一人ついていた。
いつもならトールラントがいて一緒におやつを食べるけれど、今日は用事があると帰ってしまったので一人ティータイムだ。
はぐはぐとバターの風味たっぷりのマドレーヌを両手で持って齧りつく。
ときおり温かいミルクを口に運んでいると、カツカツと足音の近づいてくる音にリッカはマドレーヌを口に入れてしまうと振り返った。
もぐもぐと咀嚼していたら、そこにいたのは不機嫌を隠しもせずルクルが立っていた。
思わずごきゅりとマドレーヌを飲み込んでしまう。
さっと表情に緊張を走らせたリッカの姿を上から下まで見ると、ルクルは大きく舌打ちをした。
「カフスとループタイ……また新しいものを貰ったのかい。図々しい」
ピクリとリッカの肩が揺れる。
確かにルクルの言う通り、今身に着けている凝った意匠のカフスボタンもループタイを止めている翡翠色の石も、初めて身に着けているものだ。
キッケルが新しく持ってきてくれたとジュアーが今朝言っていた。
図々しいと言われてその通りなので思わず俯くと、急にぐいと胸倉を掴まれた。
首が締まってけほりと小さく咳が出る。
「私はしがないメイドだってのに、たかがゴミ溜めで拾ったガキがこんないい暮らしをしているなんて!」
リッカの胸倉から手を離すと、バシリと頭を横からルクルははたいた。
その衝撃に、リッカの軽い体は反動で椅子から転げ落ちた。
バサリと長い髪が空を舞う。
そのまま二度、三度と容赦なくはたかれてリッカは衝撃を耐えようとその場に縮こまった。
シャツに包まれた腕で頭を守るけれど、その腕の上からもう一度大きくはたかれる。
「いた、いたい」
しばらく力任せにリッカを折檻すると、ルクルは鼻を鳴らして旦那様がお呼びだと慇懃に言い放った。
「くれぐれも私のことは言うんじゃないよ」
キつく言い含めると、さっさとルクルはその場を後にしてしまった。
のろのろと顔を上げると乱れた髪のあいだから、見覚えのある男が庭の方から早足で歩いてきているのが見えた。
それは時折り水やりをさせてくれる庭師の男だった。
「坊主、大丈夫か」
バルコニーに近づいた男に、リッカはこくんと頷くとのろのろと立ち上がった。
額にかかった髪を、手櫛で整える。
「お前さんあの女にいじめられてるのか?」
ふるふると首を振ると、庭師は訝し気に眉を寄せた。
「叩かれてただろう?」
その言葉にリッカは不思議そうに顎を引いて小首を傾げた。
「ぼ、ぼくが、わるい、から……」
何も仕事をしていないし、どんくさい。
セルフィルトが優しくて怒らないから忘れそうになるけれど、もともとリッカはこんな扱いに慣れきっているし当たり前だと思っている。
そわそわと指をいじりながら口にすれば、庭師ははあー、と盛大に溜息を吐いた。
「な、ない、内緒にして、ね」
言っちゃいけないと言われたのだ。
庭師が叩かれたことを誰かに言ったら、また怒られてしまう。
おずおずと見上げれば、もう一度庭師は溜息を吐いた。
そして被っていたハンチング帽のつばを指先で掴んで引き下げると、何も言わずに庭の奥へと行ってしまった。
何か間違えたのかと、無言で去っていった方を見つめてリッカはきゅうとシャツを握りしめる。
その灰褐色の瞳は、不安に揺れ動いて
ぺらりと執務机で書類をまくりながらのセルフィルトの言葉に、紅茶の入ったティーカップを置いたタグヤがわずかに驚いたように目を見張った。
しかしすぐにその動揺は消えてしまった。
「それはようございました」
ミルクを入れる気分になり、温められたそれを少しだけティーカップにセルフィルトが注ぐ。
「キッケル様が心配していらしたので」
華奢な金色のスプーンで紅茶をかき混ぜると、飴色の液体が渦を巻いてミルクティーへと変わっていった。
「心配?え、なんで」
「基本的に何も関心を持たないので、飽きてしまったらと」
まったく遠慮のない物言いに、セルフィルトはひょいと片眉を上げて心外だと顔に浮かべた。
「そこまで人でなしじゃない」
淵の薄いティーカップに口をつけてこくりと温かな紅茶を一口飲む。
憮然とした物言いに、タグヤは口端をわずかに上げた。
「まあでも、リッカがいる生活は悪くないかな、新鮮で」
片肘をテーブルについて頬を乗せると、くすりとセルフィルトが笑みを浮かべる。
それにタグヤがさようですかと、柔らかい声で相槌をうった。
リッカは庭の見えるバルコニーのテーブルセットに一人ついていた。
いつもならトールラントがいて一緒におやつを食べるけれど、今日は用事があると帰ってしまったので一人ティータイムだ。
はぐはぐとバターの風味たっぷりのマドレーヌを両手で持って齧りつく。
ときおり温かいミルクを口に運んでいると、カツカツと足音の近づいてくる音にリッカはマドレーヌを口に入れてしまうと振り返った。
もぐもぐと咀嚼していたら、そこにいたのは不機嫌を隠しもせずルクルが立っていた。
思わずごきゅりとマドレーヌを飲み込んでしまう。
さっと表情に緊張を走らせたリッカの姿を上から下まで見ると、ルクルは大きく舌打ちをした。
「カフスとループタイ……また新しいものを貰ったのかい。図々しい」
ピクリとリッカの肩が揺れる。
確かにルクルの言う通り、今身に着けている凝った意匠のカフスボタンもループタイを止めている翡翠色の石も、初めて身に着けているものだ。
キッケルが新しく持ってきてくれたとジュアーが今朝言っていた。
図々しいと言われてその通りなので思わず俯くと、急にぐいと胸倉を掴まれた。
首が締まってけほりと小さく咳が出る。
「私はしがないメイドだってのに、たかがゴミ溜めで拾ったガキがこんないい暮らしをしているなんて!」
リッカの胸倉から手を離すと、バシリと頭を横からルクルははたいた。
その衝撃に、リッカの軽い体は反動で椅子から転げ落ちた。
バサリと長い髪が空を舞う。
そのまま二度、三度と容赦なくはたかれてリッカは衝撃を耐えようとその場に縮こまった。
シャツに包まれた腕で頭を守るけれど、その腕の上からもう一度大きくはたかれる。
「いた、いたい」
しばらく力任せにリッカを折檻すると、ルクルは鼻を鳴らして旦那様がお呼びだと慇懃に言い放った。
「くれぐれも私のことは言うんじゃないよ」
キつく言い含めると、さっさとルクルはその場を後にしてしまった。
のろのろと顔を上げると乱れた髪のあいだから、見覚えのある男が庭の方から早足で歩いてきているのが見えた。
それは時折り水やりをさせてくれる庭師の男だった。
「坊主、大丈夫か」
バルコニーに近づいた男に、リッカはこくんと頷くとのろのろと立ち上がった。
額にかかった髪を、手櫛で整える。
「お前さんあの女にいじめられてるのか?」
ふるふると首を振ると、庭師は訝し気に眉を寄せた。
「叩かれてただろう?」
その言葉にリッカは不思議そうに顎を引いて小首を傾げた。
「ぼ、ぼくが、わるい、から……」
何も仕事をしていないし、どんくさい。
セルフィルトが優しくて怒らないから忘れそうになるけれど、もともとリッカはこんな扱いに慣れきっているし当たり前だと思っている。
そわそわと指をいじりながら口にすれば、庭師ははあー、と盛大に溜息を吐いた。
「な、ない、内緒にして、ね」
言っちゃいけないと言われたのだ。
庭師が叩かれたことを誰かに言ったら、また怒られてしまう。
おずおずと見上げれば、もう一度庭師は溜息を吐いた。
そして被っていたハンチング帽のつばを指先で掴んで引き下げると、何も言わずに庭の奥へと行ってしまった。
何か間違えたのかと、無言で去っていった方を見つめてリッカはきゅうとシャツを握りしめる。
その灰褐色の瞳は、不安に揺れ動いて
54
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい
白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。
村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。
攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。
婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する
135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。
現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。
最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします
muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。
非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。
両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。
そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。
非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。
※全年齢向け作品です。
甥っ子と異世界に召喚された俺、元の世界へ戻るために奮闘してたら何故か王子に捕らわれました?
秋野 なずな
BL
ある日突然、甥っ子の蒼葉と異世界に召喚されてしまった冬斗。
蒼葉は精霊の愛し子であり、精霊を回復できる力があると告げられその力でこの国を助けて欲しいと頼まれる。しかし同時に役目を終えても元の世界には帰すことが出来ないと言われてしまう。
絶対に帰れる方法はあるはずだと協力を断り、せめて蒼葉だけでも元の世界に帰すための方法を探して孤軍奮闘するも、誰が敵で誰が味方かも分からない見知らぬ地で、1人の限界を感じていたときその手は差し出された
「僕と手を組まない?」
その手をとったことがすべての始まり。
気づいた頃にはもう、その手を離すことが出来なくなっていた。
王子×大学生
―――――――――
※男性も妊娠できる世界となっています
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです
魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。
ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。
そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。
このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。
前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。
※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる