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粗末な部屋の中は窓がなく空気がよどんでいる。
 板張りの上にシーツを敷いただけのベッドがあるだけだ。
 薄暗い部屋の中にリッカが先に入り、続いてセルフィルトが部屋に入ると彼は後ろ手に扉を閉めた。

「さて」

 セルフィルトの声にびくりとリッカは肩を跳ねさせた。
 何を言われるのかわからないし、殴られるのだろうかとビクビクとしながら振り返る。
 すると、セルフィルトはリッカの前に片膝をついた。
 上等な服が汚れてしまうと思ったが、下手になにかを言うと怒鳴られるかもしれないと思い、あうあうと口を開閉させながらセルフィルトの顔と床をせわしなく交互に見やる。
 セルフィルトはそんなリッカの様子を気にすることなくそのビー玉のような瞳で小さなリッカを覗き込んできた。

「どこで見つけたんだ?」

 これ、と耳元を飾る赤い石に手をやったので、リッカは一度こくりと喉を鳴らすとおずおずと口を開いた。

「カフェの、前で、落とすのみた、よ」
「なんでカフェの人間に預けなかったんだ?」

 聞かれてリッカはへにょんと眉をへたれさせた。

「取られそう、だった、から」

 いじいじと所在なさげに両手の指をもじもじさせるリッカだ。

「じゃあ、売ったらこんなところ出れたし、しばらく遊んで暮らせるのに何で売らなかった?」

 セルフィルトの言葉にリッカはきょとんと目を瞬かせた。
 ことりと首を傾げると肩までのパサついた髪が揺れる。

「だって、人の、だもん」

 セルフィルトはリッカの言葉に、驚いたように藍色の目を大きく見開いた。
 それからにやりと楽しそうに口元に笑みを浮かべる。

「擦れてないね」

 それからぺたりとリッカの腫れた右頬に手をやった。

「ひえ」

 びくりと再びリッカの肩が跳ねる。
 セルフィルトは上から下までリッカを見やった。
 パサパサの肩までの髪は目元まで隠しているが、右瞼には青痣があり、セルフィルトが触れている左頬はまだ熱を持っている。
 細い首には大きな手のあとがあり、絞められたのだとすぐにわかる。
 袖のない一枚布の白い服はほつれて薄汚れ、そこから伸びている枯れ木のような手足にも痣
が所々あった。

「客取ってんの?」

くだけた口調に、びくびくしていたリッカは少し安心しておずおずと頷いた。

「う、うん、いつも、叩かれてるよ」
「最後までしてんの?そのちっちゃな体で」

 リッカの緊張が和らいだので、セルフィルトはその口調のまま話すことにしたらしい。
 最後と言われて、リッカはよくわからず首を傾げた。

「さ、さいごって?」
「あー……裸で抱き合うとか」

リッカの反応にセルフィルトは少し言いにくそうに歯切れ悪く口を開いたが、リッカは意味がわからなかった。
客をとってすることは、殴られ蹴られとサンドバックになることだ。
裸になんてなったことがない。

「どうして、はだ、はだかに、なるの?」

 不思議そうにリッカが尋ねると。

「……ふーん」

 セルフィルトはなにかを言いかけてやめた。
 ガシガシと艶やかな黒髪をかき回してから、さらりとパサついたリッカの髪をひと房手に取った。

「男だよな。髪伸ばしてんの?」
「う、うん、僕男だよ。髪つかまれる、の、長い方が、痛くない、から」

 リッカがちらりと男の顔を見ると、セルフィルトはあからさまに眉を寄せて不機嫌そうだった。
 その表情に何かしてしまったかと、ぴゃっと顔をうつむけると両頬に低い体温の大きな手が当てられた。
そのまま上向かされて何だろうと思っていると、ぽわりと青い光がリッカを包んだ。

「ひゃっな、なに」

 おびえてうろたえると。

「怪我治してるだけだから大丈夫」
「まほう……」

 使える人間がいるのは知っているが、見たのは初めてだった。
 ぽわりとした光がゆっくりと消えていくと、セルフィルトの手が離れた。
 痛かった頬におそるおそる手をやると、腫れていた部分がなくなっている。
 驚いて手足を見ると、痣はもちろん転んで擦り傷だらけの膝小僧も綺麗になっていた。

「す、すごい、すごい、痛いの、なくなった!」
「軽い怪我くらいならな」

 頬を紅潮させて灰褐色の瞳を丸くすると、セルフィルトはたいしたことではないと肩をすくめて見せた。
 そんなことない、とても凄いと言いたかったがどう言っていいのかわからず、リッカはせめてと。

「あ、ありがとう、ござい、ます」

 ぺこりと頭を下げた。

「礼はいいよ。それとこれ」

 セルフィルトがスーツのポケットから小さな小瓶を取り出した。
 球体の小さな瓶の中には、丸いキラキラとした赤い飴が入っている。
 金色の蓋の部分には白いリボンが巻いてあり、なんとも可愛いものだった。

「ピアスと、一緒、だあ」

 キラキラと光りを反射する小瓶の中の飴は、確かにセルフィルトの耳を飾っている石と同じだった。

「飴は好き?」

 聞かれてリッカは困ったように眉を下げた。
 飴なんて食べた事もないのだ。
 というか、甘い物など食べた記憶はほとんどない。

「し、知ってるよ、これ、お姉さんたちが、食べてるの、見たこと、ある」

 おいしいって言ってたと言うと、セルフィルトの眉根が一瞬寄った。
 すぐにそれは元に戻ってしまったが。

「じゃあこれは君に」

 大きな右手に乗った小瓶を差し出されて、リッカは信じられないように何度も小瓶とセルフィルトの顔を交互に見た。

「ぼ、僕、に?」
「そう、ほら受け取って」

 小さなリッカの手を取ると、その右手にそっとその小瓶を握らせられた。

「た、たべて、いいの?」
「全部いいよ」

 パチパチと目を瞬きながら両手で小瓶を持つと、セルフィルトは立ち上がってパンパンとスーツの汚れを落とした。

「あ、あの、ありがとう!」

 用は済んだと部屋を出ていくセルフィルトに、リッカは普段出したことがないくらい大きな声でお礼を言った。
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