上 下
16 / 18

16

しおりを挟む
そのまま建物を出て太陽の下に出ると、リルトの手が離れたので伸びをする。
 そっとリルトが頬に触れて顔を覗き込んできた。

「スッキリした」

 ニッと悪戯っぽく笑うと、リルトもほっとしたように笑い返した。

「ならよかった」

 そのまま手を引かれ歩き出す。
 当たり前のように手を繋がれたのが嬉しかった。

「母さんどうなるんだろ」
「殺意があったのは周囲が見てたからね。俺も怪我したしトニエルが強く厳罰を主張して動いてるみたいだ」
「ああ、リル強火担当」

 仕事は大丈夫なのかと心配になる。

「後ろをついて回ってた頃があんなだった」
「そうなんだ」

 きっと数年間の穴を埋めたいのだろう。
 微笑ましくて笑うと、リルトが立ち止まった。
 つられて足を止めてリルトを見る。
 光に当たって金髪がキラキラといつも以上に豪奢に見せていた。
 貧血も治って顔色もいいので安心する。

「……いいのか?」

 爽子のことだろう。
 減刑だとか示談だとか、伊織が願えば叶えてくれるつもりなのだろうとわかる。
 だから伊織はいいんだよと笑った。

「血がつながってるだけの関係だよ。家族でも何でもなかった。俺、ずっと一人だったから特に何も感じないよ」

 へらりと笑うと、そっと抱き寄せられた。
 背中をぽんぽんと二度叩かれる。

「もう一人じゃない」

「……うん」
 嬉しい言葉に、自然と口元が緩んだ。
 とろりと笑った伊織の額にキスをしたリルトが、少しだけ身をかがめて目線を合わせてくる。

「伊織、結婚してくれないか?俺も親とは縁を切ってる。弟はいるけど、家族になるなら伊織がいい。伊織の家族になりたい」

 そっと左手の甲へと柔らかくキスをされた。
 それだけで胸の奥が甘くざわめく。
 思えばはじめて会った時も、妙に胸がざわめいた。

「いいの?」
「伊織がいい」

 まさかプロポーズされるとは予想していなかった。
 唯一の血縁とも家族になれなかったのに、新しく出来るなんて思ってもみなかった。

「……うん、なりたい。家族に」

 頷けば、これ以上の幸せはないというように、リルトが満面の笑顔を浮かべた。
 今度は薬指に唇が落とされる。

「指輪買いにいかなくちゃだな」
「うん!」

 笑うリルトに伊織も嬉しくて大きく頷いた。
 もう一度リルトに抱きしめられて、ふわりと甘い匂いに気づく。
 甘すぎず、優しく包むような匂いだった。
 すんすんとリルトの胸元で鼻を動かすと、リルトが不思議そうに小首を傾げた。

「どうした?」
「なんか急にすごくいい匂いがして……優しいメープルシロップみたいな。リルからする」
「伊織それって!ははっ」

 急にガバッと抱き上げられた。
 いきなりのことにひょえっと伊織の声から情けない悲鳴が上がる。

「うわ!何いきなり、てゆうか右腕!傷開く!」

 縫ったばかりだ。
慌ててバシバシと下ろすように肩を叩いてもリルトはまったく動かない
 それどころか抱き上げたまま、ぎゅうと腕の力を込めた。
 伊織には何が何だかわからない。

「俺のフェロモンだよ」
「へ?」
「俺からするなら、伊織に向かって出してるフェロモンだ」
「これが?」

 確認するようにすんすんと首元の匂いを嗅ぐと、髪が当たってくすぐったいのかリルトの肩が震えた。
 いつまでも嗅いでいたい優しい甘さは、確かに伊織を甘やかすリルトをイメージ出来た。

「すごくいい匂い」
「よかった、嬉しいな。体がどんどん回復してる証拠だ。次の発情期はフェロモンを感じれるなら、少しは安心して迎えられるかもしれない」
「またあんな大変じゃないといいな」

 思わず遠い目をしてしまった。
 げんなりするくらい大変だったので、正直もう嫌だとすら思う。
 くくっと喉奥で笑ったリルトが鼻先をすり合わせてきた。
 キスが出来そうなくらい近づいた目を見返せば、吐息が触れそうな距離で唇が開いた。

「次の発情期で伊織を抱いていい?噛みたい」

 熱を孕んだ眼差し。
 その熱さに伊織は頬を染めた。
 目はそらさないまま、それでも。

「駄目」
「伊織……」

 しゅんとヘタれた耳の幻覚。
 可愛い。
それを甘やかしたくなるのは最初の頃からそうだったなと懐かしく思った。

「発情期じゃなくても番になれるんだろ」

 待つ必要はないんだと言外に伝えれば、リルトが目を丸くした。
 紺碧色が大きく見開かれる。

「それって」

 こくり。
 言葉にされるのは恥ずかしくて頷けば、熱烈なキスが送られた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

処理中です...