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 次の面会日。
 何故か今日はいつものパジャマ姿ではなく普段着を着るように言われた。
 事前に服がなければ用意するとリルトからの伝言があったけれど、入院時に着ていた服があるので断った。
 そして待ち合わせは面会室ではなく玄関ロビーだった。
 先に待機していた望月を見ると「こちらでお待ちください」と一言。
 ソワソワして待っていると、玄関からリルトが入って来たのが見えた。
 こちらに気づいて手招きされたので、足早に近づいた。
 それにしてもスタイルがいい。
 背の高さも目立つけれど腰の位置とか足の長さにも驚かされる。

「やあ伊織」
「どうも。あの、今日って……」
「検査が終わったから外出許可出せるって聞いてね。少しデートしよう」

 思わぬ言葉だった。
 二十年生きてきて使ったことのない単語だ。

「デート?」
「近くにアイスの店があるんだ。ゼリーも好きそうだったし食べやすいかと思って」

 確かにアイスは溶けるからたべやすいかもしれない。
 ほとんど食べたことはないけれど、おぼろげな記憶では美味しかった気がする。

「カロリーもあるからね」
「カロリー?」
「健康に支障がないようにしっかり太らせたい」
「何それ」

 太らせたいとはこれいかに。
 不思議そうにまばたきすると、ひょいと腕を取られた。
 軽々と指が回る細さだ。

「簡単に折れそうで心配になるからね。行こうか」

 するりと腕から手が離れたかと思うと、今度は手を繋がれた。 
驚くあいだに歩き出されてしまい、なし崩し的に手を繋いで病院の外へと出る。
視界の端では望月が少し離れてついてきていた。
距離をあけてついてくるらしい。
大変そうだ。
それにしてもすっぽりと大きな手に包まれて落ち着かなかった。

「あの、手……」
「眩暈が出たら危ないから」

 もっともらしいことを言われてしまった。

「最近はないけど」
「でも心配だから。嫌?」

 しょんぼりとした顔で見てくるので、うっと伊織はダメージを負った。
 相変わらずヘタレた犬耳の幻覚が見える。
 その豪奢な金髪に耳なんて生えていないのに。

「その顔……いつも思うけどずるい」
「顔?」

 首を傾げられる。
 わかっていないらしい。

「子犬みたい……うっかり可愛くてほだされる」
「可愛いの?俺」

 キョトンとした顔に、ハッキリ言うのは何だか癪に思いながらも伊織は渋々頷いた。

「……可愛い」
「ぷっはは、そっか」

 何かツボに入ったのかリルトは声を上げて笑い出した。
 指先で軽く目尻を拭ったので涙が出るほど笑えたらしい。
 腑に落ちない。

「そんな笑わなくても」
「可愛いなんてはじめて言われた」
「嘘だあ」
「本当。ほだされるなんていい事聞いた。活用しよう」
「それ口に出しちゃ駄目なやつ」

 呆れて半眼を向けるけれど、リルトはおかしそうにクスクス笑うばかりだ。
 それでも繋いだ手は離される気配はない。
 手が温かくて変な感じだった。
 爽子とは手を繋いだことはない。
 花ともなんだかんだでない。
 スキンシップをするようなタイプではないのだ。
 一生縁のないことだと思っていた。
繋がれている手にほんの少しだけ力を入れると、すぐにぎゅっと握り返された。
それがおもはゆい。
もう二月に入った空気はひんやりと冷たいのに、握られた手は熱さでじんわりしている。
アイスの店までの短い道中、その手が離れることはなくて伊織は落ち着かなかった。
辿りついた店は店内に食べるスペースもしっかりあった。
白い建物は可愛らしすぎない外観だったので、入店しやすい。
店内に入るとカウンター横に、大きなスタンド式のボードにメニューが書かれているのを並んで覗き込む。

「何にする?あっさりした味がいいかな。アイスだけじゃなくシャーベットもあるね」
「シャーベットかあ」

 種類は結構あった。
 定番のものから変わり種まで。
 外食というものを基本したことがないので冒険するのはやめておこうと、メニューを見比べた。
 カラフルなメニューを見て、あっさりしたものがいいかなと思う。

「レモンシャーベットにしようかな。リルは?」
「コーヒーを飲むよ」
「食べないの?」
「伊織に少し分けてもらうよ」

 悪戯気に笑う。
 それでいいならいいけれど、と頷いたらリルトがさっさとカウンターで注文してしまった。

「あ、お金!」
「伊織は入院中だからね。俺が持つよ、当然でしょ」

 キッパリ言い切られてしまった。
 アイスとコーヒーを受け取ったリルトに席へと促されてしまい、この話はなし崩しに終わってしまった。
 今度機会があったらお礼をしようと決意する。
 店内奥のボックス席に行き座ると、リルトが向かいではなく隣に座って来た。
 いつも隣だからおかしくはないけれど、外で人目があるので落ち着かない。
 望月もすぐ近くの席に座ったのが見えた。
 そちらを見ていると、コーヒーをテーブルに置いたリルトがカップを手に持ったまま、スプーンでシャーベットを掬った。

「ほら伊織」

 あーんとスプーンを口元に運ばれる。

「え!さすがに外では……」

 辞退を口にしたのに、リルトはじっと見つめてくる。
 口を開けるのを待つつもりだ。
 そしてやっぱり子犬みたいで可愛い。
 ついでに早く食べなければシャーベットが溶ける。

「うぅ……ずるい」

 早々に負けて口を開けるとシャーベットがするりと口内に入れられた。
店内が暖かいせいか、冷たさとレモンのさっぱりした味わいが口に合った。

「悔しいけど美味しい」
「伊織がチョロくて心配になるな」

 失礼な。
 そんなにチョロいつもりはない。
 むっと唇を尖らせるとリルトの手にあるプラスチックのスプーンをパッと奪い取った。
 リルトの持っているカップからシャーベットを掬い上げて、彼の形のいい口元に近づける。

「ほら」

 伊織の行動にリルトが紺碧色の瞳を何度かまばたかせる。
 その虚を突かれた表情に、伊織はにんまりとした。

「どうだ、恥ずかしいだろ」

 わかったら外で給餌行動はしないだろうと思ったら、リルトはにっこりと顔を輝かせてパクリとシャーベットを食べた。
 その顔がやたらキラキラしくて眩しい。

「美味しい」
「……そう」

 満面の笑みに、内心くそう負けたと伊織は敗北宣言した。
 結局恥ずかしいという訴えはリルトには効かず、シャーベットが無くなるまで給餌されてしまった。
 他にほとんど客がいなかったのが幸いだったと思うしかない。

「そういえばどうして作家になったの?やっぱり本が好きだったから?」

 リルト自身のことをあんまり聞いたことがなかったなと思い、伊織は備え付けの紙ナプキンで唇を拭いてから尋ねた。
 その質問にリルトがうーんとわずかに眉を寄せる。
 初めて見る表情だった。

「本が好き、ではあったのかな」
「うん?」
「実は俺の家はなかなかの企業の経営をしてて、跡取りだったんだ」
「え!」

 驚きの事実に、伊織は思わず声を上げた。
 その様子にリルトが肩をすくめてみせる。

「でも跡取りじゃなくなって暇を持て余した。それで勉強以外ではじめて読書して小説にハマッたんだ。その一年後に書いてみたものを出版社に送ったのが始まり」
「え……意外と苦労してたりする?」

 おそるおそる尋ねると、あっさり首を振られた。

「いや、苦労はしてないかな。それが十六のとき。そこから作家として活動して十八で家を出たんだ。そして大学行ったあとは日本」
「凄い!十六からって、作家って大変そうなのに……でも何で日本に来たの?何かきっかけとかあった?」
「昔から日本が気になって仕方なかったんだ。ネットさえあればどこででも出来る仕事だしって思って。今思えば伊織が日本にいたからかもね」

 茶目っ気のある笑みを向けられて、伊織はしゅんと眉を下げた。

「それは……なんかこんなのでごめん」
「こんなのじゃない」

 間髪入れずに否定されてしまった。
 それでも眉は下がったままだ。

「いや本当にずっと待ってたっていうオメガが不良品で申し訳なくて……でもリルと会うのは、楽しい。マッチングは流れだったけどあんまり不安にならずに交流出来てるのリルが気遣ってくれてるからだと思うし。他の人だったら、もっと不安だったかも。その……ありがと」

 照れくさく感じつつも、本音をなんとか口にするといきなりガバリと隣から抱きしめられた。

「わあ!」

 すっぽりとリルトの胸元に包まれてしまって、恥ずかしさで耳まで一瞬で熱くなった。

「そう言ってくれて嬉しい。多少強引に進めてる自覚はあるんだ」
「あるんだ、駄目じゃん」

 思わず顔を上げてジト目を向けると、思ったよりリルトの顔が近くにあってドキリとした。
 当のリルトはくすくすと楽しそうに笑っている。

「受け入れてくれるから、つい」
「つけこまないでくれます」
「ふふ、やだ」

 とろりと眼差しが甘やかに感じて、伊織は恥ずかしさから手を突っぱねた。
 リルトが残念そうに腕を離してから、そろそろ戻ろうということになり病院への帰路についた。
 病院の入り口付近に到着すると、リルトがちょっと待っててと言って駐車場の方へ消えていく。
 いつも車で来ていると聞いていたので、自分の車に用事があったのかもしれない。
 なんだろうと思っていると、紙袋を手にすぐ戻ってきて差し出された。

「また食べ物?」
「いや、スマホ。無いって言ってたから」

 あっけらかんと言われて伊織は目を剥いた。
 そんな簡単に貰っていいものではない。

「いや、それは悪いよ。外出許可出るなら自分で買うよ」
「でも伊織は今は働けないだろ?」
「貯金があるよ」
「大事にとっておきなさい」

 年上らしく諭されてしまった。
 確かに働けていないし、貯金もそんなにあるわけではない。
困ったように眉尻をへにょんとさせると、紙袋を手渡されてしまった。

「下心はあるから安心して。ほんの少しでもいいから些細な事を連絡しあいたいんだ」
「下心言っちゃうんだ」
「言っちゃうんだよ」

 伊織の心の負担を軽くしようとしてるのだろう。
その心遣いに、何だか唇がムズムズとしてしまう。

「それも憧れのうち?」
「そう。叶えて?」

 おどけて見せるリルトに、伊織は仕方ないななんてうそぶきながら小さくはにかむように笑って結局受け入れた。
 それ以来、おはようとおやすみのメッセージは絶対に来るようになった。
 それ以外もポツポツ会話を交わしている。
 スマホに慣れなくて長文が打てないので、もっぱら一言程度だけれど楽しかった。
 たまに空や野良猫の写真が送られてくるのも楽しみにしている。
 こんなふうに誰かと交流することは初めてでドキドキした。
 花とは全然違う。
 返事が待ち遠しいなんて感情は、知らなかった。
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