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10巻
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二人の旅路は、険しい谷間へと進んでいった。崩れかけた細い道が岩壁に沿って続き、足元には轟々と流れる濁流が見える。リオは無言のまま先を行き、セイランはその後ろを歩いていた。
風は冷たく、岩肌を叩くように吹きつけてくる。その中で、セイランの声が静かに響いた。
「リオ」
「なんだ?」
リオが振り返らずに答えると、セイランは少しだけ足を止めた。岩場の間から差し込む光が彼の白い髪を照らし、どこか神々しい雰囲気を漂わせている。
「君は、なぜ俺を助けたんだ?」
その問いはあまりにも唐突だった。リオは少しの間、黙り込んだ。そして、短く答えた。
「放っておけなかっただけだ」
「それだけか?」
セイランはさらに問いを重ねた。その声には、何かを確かめようとするような切実さが含まれていた。
リオはため息をつき、足を止めてセイランの方を振り返った。
「それだけだ。それ以外に何がある? 俺は、ただ……」
言いかけて、リオは言葉を飲み込んだ。目の前のセイランがあまりに真剣な表情をしていたからだ。その目は深い湖のように澄んでいて、リオの答えを待つ間も静かに揺らいでいる。
「俺は……お前が、消えちまうのが嫌だった。それだけだよ」
ようやく絞り出した言葉には、リオ自身が気づいていない感情が含まれていた。セイランはその答えを聞き、小さく頷いた。
「ありがとう。君は……優しいんだな」
その言葉に、リオは慌てたように眉をしかめた。
「優しいだと? 冗談言うな。俺はそんな人間じゃねぇよ」
「いや、そうだよ。君は、自分が気づいていないだけだ」
セイランの穏やかな声に、リオは何も言い返せなかった。ただ、胸の奥で何かが熱を持つのを感じていた。
谷を抜けた頃、二人は小さな村に辿り着いた。村の中央には古い祠があり、祠の周囲には赤い紐が幾重にも結びつけられている。その紐は風に揺れ、祠がいまだに祈りの対象であることを物語っていた。
「ここは……」
リオが呟くと、セイランは祠をじっと見つめた。その目には、懐かしさと哀しみが入り混じった複雑な感情が浮かんでいる。
「……俺が幼い頃、こういう場所に連れて行かれたことがあった」
「お前が?」
リオの問いに、セイランは短く頷いた。
「双月を崇める神殿だった。俺は、そこの……いわば“供物”のような存在だった」
その言葉に、リオの表情が険しくなった。
「供物って、どういう意味だ?」
「……双月の均衡を守るために、選ばれた存在だよ。祈りとともに神殿に捧げられ、均衡が崩れるたびに力を引き出される。それが俺の役目だった」
セイランの声は淡々としていたが、その静けさの奥に隠された痛みは、リオの胸を強く締めつけた。
「ふざけるな……」
リオの低い声に、セイランは少し驚いたように振り返る。
「そんなの、冗談だろ? 人間をそんな風に扱うなんて、狂ってる」
「……でも、それがこの世界の仕組みなんだ」
セイランは静かに言った。その言葉がどれほど重いものなのか、リオにはすぐには理解できなかった。ただ、その話を聞いた瞬間から、リオの胸の奥にあった感情が、形を持ち始めた。
それは、セイランを守りたいという想いだった。
「お前……そんな役目のために生きてるのか?」
リオの問いに、セイランは一瞬だけ目を伏せ、それからゆっくりと微笑んだ。
「今は、君と旅をしている。それがすべてだよ」
その微笑みは、あまりに儚く美しかった。リオはそれ以上何も言えなかった。ただ、胸の中に強い怒りと、どうしようもない切なさが渦巻いているのを感じていた。
風は冷たく、岩肌を叩くように吹きつけてくる。その中で、セイランの声が静かに響いた。
「リオ」
「なんだ?」
リオが振り返らずに答えると、セイランは少しだけ足を止めた。岩場の間から差し込む光が彼の白い髪を照らし、どこか神々しい雰囲気を漂わせている。
「君は、なぜ俺を助けたんだ?」
その問いはあまりにも唐突だった。リオは少しの間、黙り込んだ。そして、短く答えた。
「放っておけなかっただけだ」
「それだけか?」
セイランはさらに問いを重ねた。その声には、何かを確かめようとするような切実さが含まれていた。
リオはため息をつき、足を止めてセイランの方を振り返った。
「それだけだ。それ以外に何がある? 俺は、ただ……」
言いかけて、リオは言葉を飲み込んだ。目の前のセイランがあまりに真剣な表情をしていたからだ。その目は深い湖のように澄んでいて、リオの答えを待つ間も静かに揺らいでいる。
「俺は……お前が、消えちまうのが嫌だった。それだけだよ」
ようやく絞り出した言葉には、リオ自身が気づいていない感情が含まれていた。セイランはその答えを聞き、小さく頷いた。
「ありがとう。君は……優しいんだな」
その言葉に、リオは慌てたように眉をしかめた。
「優しいだと? 冗談言うな。俺はそんな人間じゃねぇよ」
「いや、そうだよ。君は、自分が気づいていないだけだ」
セイランの穏やかな声に、リオは何も言い返せなかった。ただ、胸の奥で何かが熱を持つのを感じていた。
谷を抜けた頃、二人は小さな村に辿り着いた。村の中央には古い祠があり、祠の周囲には赤い紐が幾重にも結びつけられている。その紐は風に揺れ、祠がいまだに祈りの対象であることを物語っていた。
「ここは……」
リオが呟くと、セイランは祠をじっと見つめた。その目には、懐かしさと哀しみが入り混じった複雑な感情が浮かんでいる。
「……俺が幼い頃、こういう場所に連れて行かれたことがあった」
「お前が?」
リオの問いに、セイランは短く頷いた。
「双月を崇める神殿だった。俺は、そこの……いわば“供物”のような存在だった」
その言葉に、リオの表情が険しくなった。
「供物って、どういう意味だ?」
「……双月の均衡を守るために、選ばれた存在だよ。祈りとともに神殿に捧げられ、均衡が崩れるたびに力を引き出される。それが俺の役目だった」
セイランの声は淡々としていたが、その静けさの奥に隠された痛みは、リオの胸を強く締めつけた。
「ふざけるな……」
リオの低い声に、セイランは少し驚いたように振り返る。
「そんなの、冗談だろ? 人間をそんな風に扱うなんて、狂ってる」
「……でも、それがこの世界の仕組みなんだ」
セイランは静かに言った。その言葉がどれほど重いものなのか、リオにはすぐには理解できなかった。ただ、その話を聞いた瞬間から、リオの胸の奥にあった感情が、形を持ち始めた。
それは、セイランを守りたいという想いだった。
「お前……そんな役目のために生きてるのか?」
リオの問いに、セイランは一瞬だけ目を伏せ、それからゆっくりと微笑んだ。
「今は、君と旅をしている。それがすべてだよ」
その微笑みは、あまりに儚く美しかった。リオはそれ以上何も言えなかった。ただ、胸の中に強い怒りと、どうしようもない切なさが渦巻いているのを感じていた。
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