悪役令嬢は修道院を目指しますーなのに、過剰な溺愛が止まりません

5章 過去の陰謀

⑤

「誰だ！今そこに気配がしたぞ！」

鋭い声と共に、足音が近づいてくる。私は柱の陰に身を縮め、息を潜めた。冷たい汗が背中を流れる。ここで見つかれば、すべてが台無しだ。

「勘違いではありませんか？」

もう一つの声が響く。落ち着いたトーンだったが、その声にはどこか聞き覚えがあった。

（この声……オルフ公爵！？）

私は息を飲んだ。柱の向こう側から、男たちの声がはっきりと聞こえる。

「ここは公爵が管理している屋敷だ。不用意に騒ぎ立てるな。」

「失礼しました、公爵。」

オルフ公爵の言葉に、足音が遠ざかっていく。私はその場で少しだけ安堵したが、同時に彼が目の前にいるという事実に、胸がざわつくのを感じた。

（オルフ公爵がここにいる……これ以上は危険だけれど、何としても情報を掴まないと。）

私は身を縮めながら、さらに奥の部屋へと静かに移動した。

大広間の扉がわずかに開いており、中から数人の男たちが話し込む声が漏れてくる。その中心には、間違いなくオルフ公爵の姿があった。彼は落ち着いた態度で他の者たちに指示を出している。

「次の魔石取引は問題なく進めるように。ノルウェル伯爵に手渡す分は、例の商船で運ばせろ。」

「承知しました、公爵。」

「次に取り掛かるのは……ヴァレンシュタイン家への牽制だ。」

その名前に、私は心臓が跳ねるのを感じた。

（ヴァレンシュタイン家……やはり狙われている！）

「連中に直接手を下す必要はない。だが、次の取引が済むまでは、あの家の動きに注意を払え。」

「では、あの令嬢――」

「リリアナ・ヴァレンシュタインには特に注意を払え。あの娘の行動次第では、我々の計画が狂う可能性がある。」

私の名前が出た瞬間、全身の血の気が引くのを感じた。

（わたくしの行動が……！？）

その時、背後で何かが小さな音を立てた。私はすぐに振り返るが、何かが倒れる音が響き、それが扉の向こうにも聞こえてしまったようだ。

「誰かいるのか？」

広間の中から再び声が響く。扉の向こうで足音が近づいてくる。

（まずい……見つかる！）

私は咄嗟に柱の陰に飛び込んだ。だが、その場にとどまることはできない。静かに靴音を消しながら、屋敷の外へと向かう道を探し始めた。

外へ出た瞬間、冷たい夜風が顔を撫でた。私は深呼吸をしながら、しばらくその場に立ち尽くす。エリーナが待っている場所へと戻らなければならない。

「リリアナ様！」

遠くからエリーナの声が聞こえた。彼女が駆け寄ってくる姿を見て、私は少しだけ笑みを浮かべた。

「エリーナ、無事よ。でも、急いでここを離れましょう。」

「分かりました！早く！」

馬車に乗り込んだ私は、先ほどの会話をエリーナに伝えた。オルフ公爵がノルウェル伯爵と手を組み、魔石の取引を進めていること、そしてヴァレンシュタイン家がその標的になっていること。

「それって、リリアナ様が……！」

「ええ、わたくし自身も狙われている可能性が高いわ。」

「どうするんですか？」

私は少しだけ考え込んだ。彼らの計画を止めるためには、魔石取引の詳細を掴む必要がある。そして、それを王宮に報告することで、オルフ公爵の権力を失わせるのが一番の手段だ。

「まずは、取引の日取りと場所を突き止めるわ。それができれば、彼らを追い詰めることができる。」

「そんなこと……本当に大丈夫なんですか？」

エリーナの不安げな表情に、私は静かに頷いた。

「大丈夫よ、エリーナ。あなたがいる限り、きっと乗り越えられるわ。」

その夜、私は次の一手を考えながら、決意を新たにしていた。この戦いは、簡単には終わらない。それでも、私が未来を変えるために動き続けなければならない理由は明確だった。