3 / 35
1章 着隊
2
しおりを挟む
翌日、玲音は朝早くから第12部隊の隊舎に向かった。
訓練と日常業務が詰め込まれたスケジュールを前に、少しでも準備を整えたいと考えたのだ。
だが、そこに綾の姿はなかった。
「指揮官なら、出て行ったよ。」
若い整備兵がそう言いながら工具を片付けている。
「何かあったんですか?」
整備兵は肩をすくめた。
「知らないな。ただ、あの人の出入りは誰にも読めないんだ。時々、自分で何か調べてるみたいだが、詳しいことは誰も聞けやしない。」
玲音は眉をひそめた。
「一人で? 規則では部隊指揮官が単独で行動するのは許可されないはずですが……。」
整備兵は短く笑った。
「それができるのが『TSUBAME』ってわけさ。ま、気にするな。俺たち凡人には理解できない領域だ。」
玲音はその言葉に小さく息を吐いた。
「理解するのが私の仕事です。」
その日の昼、玲音は別の任務に就いていた。
補給部門の職員を対象にした規律確認の巡回だった。
軍大学の授業では規則や要領を徹底的に叩き込まれたが、実際の現場では人間同士のやり取りが主になる。玲音にとって、この手の任務はまだ慣れないものだった。
「副官殿、わざわざ来てくれるとはありがたいね。」
食糧管理区域の担当者が苦笑いを浮かべながら迎えた。
「必要な手続きです。問題はありませんか?」
玲音は簡潔に尋ねたが、担当者は言葉を濁した。
「いや……そうだな。物資はちゃんと管理されてるよ。ただ、最近増えてきたのが補給機の予備パーツ不足だ。」
その言葉に玲音は少しだけ首をかしげた。
「補給機の予備パーツは、ここで管理する物資ではないのでは?」
「それがな……」
担当者が言葉を濁す。その瞬間、背後から綾の声が割り込んだ。
「早瀬、ここで聞くべき情報はそれじゃない。」
玲音が振り返ると、綾は腕を組んで立っていた。鋭い目が担当者を射抜いている。
「物資の流れはどうなっている? どこからどこへ、どういう手続きで動いているのか、それを正確に報告しろ。」
担当者は緊張した表情で頷いた。
「了解しました。ただ……最近は外部からの補給が不定期になっているんです。どうしても不足分を内々で回すことが増えまして……。」
「内々で、か。」
綾の声は冷静だったが、どこか底冷えするような響きを含んでいた。
「規律を破っている可能性があるなら、報告するのが筋だ。黙認は許されない。」
「は、はい!」
担当者が頭を下げると、綾は玲音の方を見た。
「早瀬、副官としてここで何をすべきかわかるか?」
玲音は一瞬迷い、だがすぐに応じた。
「関係書類を調べ、不備があれば記録します。そして、報告に基づいて原因を調査します。」
「その通りだ。」
綾は微かに頷き、続けた。
「お前はペーパーパイロットじゃないと言いたいなら、ここで結果を出せ。現場で動くことでしか信頼は得られない。」
玲音はその言葉に静かに頷いた。
「了解しました。」
その夜、玲音は基地の資料室にいた。
補給部門から預かった書類を検証し、わずかな不備や矛盾を一つずつ拾い上げていた。
どれだけ緻密な規則があっても、それを運用するのは人間だ。
そこに生まれる隙間や無駄、そして「意図的な操作」を見逃さないのが憲兵の役割だと、玲音は理解しつつあった。
「規律が乱れる場所では、命も乱れる……。」
父が昔、家族に語った言葉を思い出す。
そのとき、背後から静かな足音が聞こえた。
振り返ると、そこには綾が立っていた。
「進捗はどうだ?」
「問題の兆候はあります。ただ、決定的な証拠にはまだ……。」
玲音がそう答えると、綾は微かに笑った。
「初日にしては上出来だ。明日、続けろ。それが終われば、次の任務を渡す。」
「次の任務……?」
綾は意味深な目で玲音を見た。
「空を守る任務だよ。」
その一言に、玲音の胸が高鳴った。
訓練と日常業務が詰め込まれたスケジュールを前に、少しでも準備を整えたいと考えたのだ。
だが、そこに綾の姿はなかった。
「指揮官なら、出て行ったよ。」
若い整備兵がそう言いながら工具を片付けている。
「何かあったんですか?」
整備兵は肩をすくめた。
「知らないな。ただ、あの人の出入りは誰にも読めないんだ。時々、自分で何か調べてるみたいだが、詳しいことは誰も聞けやしない。」
玲音は眉をひそめた。
「一人で? 規則では部隊指揮官が単独で行動するのは許可されないはずですが……。」
整備兵は短く笑った。
「それができるのが『TSUBAME』ってわけさ。ま、気にするな。俺たち凡人には理解できない領域だ。」
玲音はその言葉に小さく息を吐いた。
「理解するのが私の仕事です。」
その日の昼、玲音は別の任務に就いていた。
補給部門の職員を対象にした規律確認の巡回だった。
軍大学の授業では規則や要領を徹底的に叩き込まれたが、実際の現場では人間同士のやり取りが主になる。玲音にとって、この手の任務はまだ慣れないものだった。
「副官殿、わざわざ来てくれるとはありがたいね。」
食糧管理区域の担当者が苦笑いを浮かべながら迎えた。
「必要な手続きです。問題はありませんか?」
玲音は簡潔に尋ねたが、担当者は言葉を濁した。
「いや……そうだな。物資はちゃんと管理されてるよ。ただ、最近増えてきたのが補給機の予備パーツ不足だ。」
その言葉に玲音は少しだけ首をかしげた。
「補給機の予備パーツは、ここで管理する物資ではないのでは?」
「それがな……」
担当者が言葉を濁す。その瞬間、背後から綾の声が割り込んだ。
「早瀬、ここで聞くべき情報はそれじゃない。」
玲音が振り返ると、綾は腕を組んで立っていた。鋭い目が担当者を射抜いている。
「物資の流れはどうなっている? どこからどこへ、どういう手続きで動いているのか、それを正確に報告しろ。」
担当者は緊張した表情で頷いた。
「了解しました。ただ……最近は外部からの補給が不定期になっているんです。どうしても不足分を内々で回すことが増えまして……。」
「内々で、か。」
綾の声は冷静だったが、どこか底冷えするような響きを含んでいた。
「規律を破っている可能性があるなら、報告するのが筋だ。黙認は許されない。」
「は、はい!」
担当者が頭を下げると、綾は玲音の方を見た。
「早瀬、副官としてここで何をすべきかわかるか?」
玲音は一瞬迷い、だがすぐに応じた。
「関係書類を調べ、不備があれば記録します。そして、報告に基づいて原因を調査します。」
「その通りだ。」
綾は微かに頷き、続けた。
「お前はペーパーパイロットじゃないと言いたいなら、ここで結果を出せ。現場で動くことでしか信頼は得られない。」
玲音はその言葉に静かに頷いた。
「了解しました。」
その夜、玲音は基地の資料室にいた。
補給部門から預かった書類を検証し、わずかな不備や矛盾を一つずつ拾い上げていた。
どれだけ緻密な規則があっても、それを運用するのは人間だ。
そこに生まれる隙間や無駄、そして「意図的な操作」を見逃さないのが憲兵の役割だと、玲音は理解しつつあった。
「規律が乱れる場所では、命も乱れる……。」
父が昔、家族に語った言葉を思い出す。
そのとき、背後から静かな足音が聞こえた。
振り返ると、そこには綾が立っていた。
「進捗はどうだ?」
「問題の兆候はあります。ただ、決定的な証拠にはまだ……。」
玲音がそう答えると、綾は微かに笑った。
「初日にしては上出来だ。明日、続けろ。それが終われば、次の任務を渡す。」
「次の任務……?」
綾は意味深な目で玲音を見た。
「空を守る任務だよ。」
その一言に、玲音の胸が高鳴った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり
枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★
大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。
悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。
「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」
彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。
そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……?
人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。
これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。
転生少女は大戦の空を飛ぶ
モラーヌソルニエ
ファンタジー
薄っぺらいニワカ戦闘機オタク(歴史的知識なし)が大戦の狭間に転生すると何が起きるでしょう。これは現代日本から第二次世界大戦前の北欧に転生した少女の空戦史である。カクヨムでも掲載しています。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
ナマズの器
螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。
不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。
狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される
茶柱まちこ
キャラ文芸
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。
(旧題:『大神様のお気に入り』)
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
裏吉原あやかし語り
石田空
キャラ文芸
「堀の向こうには裏吉原があり、そこでは苦界の苦しみはないよ」
吉原に売られ、顔の火傷が原因で年季が明けるまで下働きとしてこき使われている音羽は、火事の日、遊女たちの噂になっている裏吉原に行けると信じて、堀に飛び込んだ。
そこで待っていたのは、人間のいない裏吉原。ここを出るためにはどのみち徳を積まないと出られないというあやかしだけの街だった。
「極楽浄土にそんな簡単に行けたら苦労はしないさね。あたしたちができるのは、ひとの苦しみを分かつことだけさ」
自称魔女の柊野に拾われた音羽は、裏吉原のひとびとの悩みを分かつ手伝いをはじめることになる。
*カクヨム、エブリスタ、pixivにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる