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1章 着隊
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翌日、玲音は朝早くから第12部隊の隊舎に向かった。
訓練と日常業務が詰め込まれたスケジュールを前に、少しでも準備を整えたいと考えたのだ。
だが、そこに綾の姿はなかった。
「指揮官なら、出て行ったよ。」
若い整備兵がそう言いながら工具を片付けている。
「何かあったんですか?」
整備兵は肩をすくめた。
「知らないな。ただ、あの人の出入りは誰にも読めないんだ。時々、自分で何か調べてるみたいだが、詳しいことは誰も聞けやしない。」
玲音は眉をひそめた。
「一人で? 規則では部隊指揮官が単独で行動するのは許可されないはずですが……。」
整備兵は短く笑った。
「それができるのが『TSUBAME』ってわけさ。ま、気にするな。俺たち凡人には理解できない領域だ。」
玲音はその言葉に小さく息を吐いた。
「理解するのが私の仕事です。」
その日の昼、玲音は別の任務に就いていた。
補給部門の職員を対象にした規律確認の巡回だった。
軍大学の授業では規則や要領を徹底的に叩き込まれたが、実際の現場では人間同士のやり取りが主になる。玲音にとって、この手の任務はまだ慣れないものだった。
「副官殿、わざわざ来てくれるとはありがたいね。」
食糧管理区域の担当者が苦笑いを浮かべながら迎えた。
「必要な手続きです。問題はありませんか?」
玲音は簡潔に尋ねたが、担当者は言葉を濁した。
「いや……そうだな。物資はちゃんと管理されてるよ。ただ、最近増えてきたのが補給機の予備パーツ不足だ。」
その言葉に玲音は少しだけ首をかしげた。
「補給機の予備パーツは、ここで管理する物資ではないのでは?」
「それがな……」
担当者が言葉を濁す。その瞬間、背後から綾の声が割り込んだ。
「早瀬、ここで聞くべき情報はそれじゃない。」
玲音が振り返ると、綾は腕を組んで立っていた。鋭い目が担当者を射抜いている。
「物資の流れはどうなっている? どこからどこへ、どういう手続きで動いているのか、それを正確に報告しろ。」
担当者は緊張した表情で頷いた。
「了解しました。ただ……最近は外部からの補給が不定期になっているんです。どうしても不足分を内々で回すことが増えまして……。」
「内々で、か。」
綾の声は冷静だったが、どこか底冷えするような響きを含んでいた。
「規律を破っている可能性があるなら、報告するのが筋だ。黙認は許されない。」
「は、はい!」
担当者が頭を下げると、綾は玲音の方を見た。
「早瀬、副官としてここで何をすべきかわかるか?」
玲音は一瞬迷い、だがすぐに応じた。
「関係書類を調べ、不備があれば記録します。そして、報告に基づいて原因を調査します。」
「その通りだ。」
綾は微かに頷き、続けた。
「お前はペーパーパイロットじゃないと言いたいなら、ここで結果を出せ。現場で動くことでしか信頼は得られない。」
玲音はその言葉に静かに頷いた。
「了解しました。」
その夜、玲音は基地の資料室にいた。
補給部門から預かった書類を検証し、わずかな不備や矛盾を一つずつ拾い上げていた。
どれだけ緻密な規則があっても、それを運用するのは人間だ。
そこに生まれる隙間や無駄、そして「意図的な操作」を見逃さないのが憲兵の役割だと、玲音は理解しつつあった。
「規律が乱れる場所では、命も乱れる……。」
父が昔、家族に語った言葉を思い出す。
そのとき、背後から静かな足音が聞こえた。
振り返ると、そこには綾が立っていた。
「進捗はどうだ?」
「問題の兆候はあります。ただ、決定的な証拠にはまだ……。」
玲音がそう答えると、綾は微かに笑った。
「初日にしては上出来だ。明日、続けろ。それが終われば、次の任務を渡す。」
「次の任務……?」
綾は意味深な目で玲音を見た。
「空を守る任務だよ。」
その一言に、玲音の胸が高鳴った。
訓練と日常業務が詰め込まれたスケジュールを前に、少しでも準備を整えたいと考えたのだ。
だが、そこに綾の姿はなかった。
「指揮官なら、出て行ったよ。」
若い整備兵がそう言いながら工具を片付けている。
「何かあったんですか?」
整備兵は肩をすくめた。
「知らないな。ただ、あの人の出入りは誰にも読めないんだ。時々、自分で何か調べてるみたいだが、詳しいことは誰も聞けやしない。」
玲音は眉をひそめた。
「一人で? 規則では部隊指揮官が単独で行動するのは許可されないはずですが……。」
整備兵は短く笑った。
「それができるのが『TSUBAME』ってわけさ。ま、気にするな。俺たち凡人には理解できない領域だ。」
玲音はその言葉に小さく息を吐いた。
「理解するのが私の仕事です。」
その日の昼、玲音は別の任務に就いていた。
補給部門の職員を対象にした規律確認の巡回だった。
軍大学の授業では規則や要領を徹底的に叩き込まれたが、実際の現場では人間同士のやり取りが主になる。玲音にとって、この手の任務はまだ慣れないものだった。
「副官殿、わざわざ来てくれるとはありがたいね。」
食糧管理区域の担当者が苦笑いを浮かべながら迎えた。
「必要な手続きです。問題はありませんか?」
玲音は簡潔に尋ねたが、担当者は言葉を濁した。
「いや……そうだな。物資はちゃんと管理されてるよ。ただ、最近増えてきたのが補給機の予備パーツ不足だ。」
その言葉に玲音は少しだけ首をかしげた。
「補給機の予備パーツは、ここで管理する物資ではないのでは?」
「それがな……」
担当者が言葉を濁す。その瞬間、背後から綾の声が割り込んだ。
「早瀬、ここで聞くべき情報はそれじゃない。」
玲音が振り返ると、綾は腕を組んで立っていた。鋭い目が担当者を射抜いている。
「物資の流れはどうなっている? どこからどこへ、どういう手続きで動いているのか、それを正確に報告しろ。」
担当者は緊張した表情で頷いた。
「了解しました。ただ……最近は外部からの補給が不定期になっているんです。どうしても不足分を内々で回すことが増えまして……。」
「内々で、か。」
綾の声は冷静だったが、どこか底冷えするような響きを含んでいた。
「規律を破っている可能性があるなら、報告するのが筋だ。黙認は許されない。」
「は、はい!」
担当者が頭を下げると、綾は玲音の方を見た。
「早瀬、副官としてここで何をすべきかわかるか?」
玲音は一瞬迷い、だがすぐに応じた。
「関係書類を調べ、不備があれば記録します。そして、報告に基づいて原因を調査します。」
「その通りだ。」
綾は微かに頷き、続けた。
「お前はペーパーパイロットじゃないと言いたいなら、ここで結果を出せ。現場で動くことでしか信頼は得られない。」
玲音はその言葉に静かに頷いた。
「了解しました。」
その夜、玲音は基地の資料室にいた。
補給部門から預かった書類を検証し、わずかな不備や矛盾を一つずつ拾い上げていた。
どれだけ緻密な規則があっても、それを運用するのは人間だ。
そこに生まれる隙間や無駄、そして「意図的な操作」を見逃さないのが憲兵の役割だと、玲音は理解しつつあった。
「規律が乱れる場所では、命も乱れる……。」
父が昔、家族に語った言葉を思い出す。
そのとき、背後から静かな足音が聞こえた。
振り返ると、そこには綾が立っていた。
「進捗はどうだ?」
「問題の兆候はあります。ただ、決定的な証拠にはまだ……。」
玲音がそう答えると、綾は微かに笑った。
「初日にしては上出来だ。明日、続けろ。それが終われば、次の任務を渡す。」
「次の任務……?」
綾は意味深な目で玲音を見た。
「空を守る任務だよ。」
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