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7章
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光が収まり、澪と陸は再び廃屋の鏡の前に立っていた。鏡は粉々に砕け散り、足元には小さな破片だけが残っている。廃屋の空気は、それまでの重苦しさが消え去り、静けさと共に清々しい感覚さえ漂っていた。
「これで……終わったの?」
澪が呟くように尋ねる。陸は鏡の破片をじっと見つめながら、微かに頷いた。
「呪いは解けた。俺をここに縛り付けていたものは、もうない。」
その言葉に澪は安堵の息を吐き、微笑みを浮かべた。しかし、陸はまだ何かを考え込んでいるようだった。その表情に気づいた澪が尋ねる。
「でも、何か……まだ?」
陸は少し間を置いて口を開いた。
「呪いが解けても、俺が現実に戻れるかどうかはわからない。」
「どういうこと?」
陸は視線を澪に向けた。その目には、どこか諦めに似た感情が浮かんでいる。
「俺は20年前に死んだ。その事実は変わらない。呪いがなくなっても、俺の存在がこの現実に留まる保証はない。」
澪はその言葉に息を呑んだ。全てが解決したと思っていた矢先のこの告白に、彼女の胸は再び締め付けられる。
「でも……どうすれば?」
陸は目を伏せ、少しの間沈黙した。だが、次に顔を上げた時には、彼の瞳には決意の光が宿っていた。
「俺が戻れるかどうか、それを決めるのは……お前だ。」
「私?」
澪は驚いたように彼を見つめた。陸は小さく頷き、鏡の破片を指差した。
「鏡の破片に残された力が、俺の存在を現実に留めるか、それとも消し去るかを決める。だが、そのためには……お前が“代償”を払わなければならない。」
「代償……?」
陸の声が重く響く。
「お前の記憶だ。俺と出会った記憶、ここで一緒に過ごした時間……それを失うことが条件だ。」
澪は言葉を失った。陸と過ごした時間、彼の笑顔や言葉、触れ合い──その全てが自分の中から消え去る。それが代償だと言うのか。
「そんな……」
澪は震える声で呟いた。陸は彼女の目を見つめ、静かに続ける。
「俺が戻ることで、お前が何かを失うのは耐えられない。でも、お前がそうしたいと望むなら……俺は、お前に託す。」
彼の声は穏やかでありながら、どこか儚かった。その言葉に、澪の胸はさらに締め付けられた。
澪は目を閉じて考えた。このまま陸を失うか、それとも自分の記憶を捧げるか。どちらを選んでも、何か大切なものを失うという現実が彼女を苛む。
「……私は。」
澪が口を開こうとしたその瞬間、陸が微笑みながら言った。
「無理をするな。俺はもう充分だ。お前がここにいてくれただけで、救われた。」
「でも……!」
澪は思わず声を荒げた。目に涙が滲む。こんな形で彼と別れるなんて、耐えられない。
「私はあなたを救いたいの……あなたと一緒にいたい。それだけなのに!」
その叫びに、陸は驚いたように目を見開いた。澪の涙を見て、彼は少し困ったように笑う。
「お前は本当に強いな、澪。俺みたいな存在のために、ここまで……」
陸はそっと澪の頬に手を伸ばした。その手のひらは温かく、現実味を帯びている。
「お前に出会えてよかった。本当にありがとう。」
澪はその言葉に全身を震わせた。そして、その手をぎゅっと掴み、決意の目で彼を見つめた。
「記憶なんて、何度でも作り直せるわ。私は、あなたを救う。だから……戻ってきて!」
その言葉に、陸の目が揺れる。彼は一瞬の躊躇の後、小さく頷いた。
澪が鏡の破片に手をかざすと、それが柔らかい光を放ち始めた。光が二人を包み込む中、陸の体が徐々に鮮明になっていく。彼の姿が現実のものになっていくのが、はっきりとわかった。
「澪、ありがとう……」
陸が微笑みながらその声を残すと、澪の意識が急速に遠のいていった。
目を覚ました時、澪は自分が廃屋の床に倒れているのを感じた。周囲を見回すが、陸の姿はどこにもなかった。彼女の中に、どこかぽっかりと穴が空いたような感覚がある。
「私は……」
呟いたその瞬間、背後から優しい声が聞こえた。
「探しているのか?」
振り返ると、そこには陸が立っていた。彼は現実の存在としてそこにいた。その目に澪のことを覚えている証が宿っている。
「陸……!」
澪は涙を流しながら彼に駆け寄った。彼もまた微笑みながら彼女を抱きしめる。
「俺は戻った。でも、君を忘れるなんてできなかった。」
「私も……忘れてない!」
二人はただ抱き合い、再び与えられたこの現実を確かめ合った。廃屋を包む朝日が二人の姿を温かく照らしていた。
「これで……終わったの?」
澪が呟くように尋ねる。陸は鏡の破片をじっと見つめながら、微かに頷いた。
「呪いは解けた。俺をここに縛り付けていたものは、もうない。」
その言葉に澪は安堵の息を吐き、微笑みを浮かべた。しかし、陸はまだ何かを考え込んでいるようだった。その表情に気づいた澪が尋ねる。
「でも、何か……まだ?」
陸は少し間を置いて口を開いた。
「呪いが解けても、俺が現実に戻れるかどうかはわからない。」
「どういうこと?」
陸は視線を澪に向けた。その目には、どこか諦めに似た感情が浮かんでいる。
「俺は20年前に死んだ。その事実は変わらない。呪いがなくなっても、俺の存在がこの現実に留まる保証はない。」
澪はその言葉に息を呑んだ。全てが解決したと思っていた矢先のこの告白に、彼女の胸は再び締め付けられる。
「でも……どうすれば?」
陸は目を伏せ、少しの間沈黙した。だが、次に顔を上げた時には、彼の瞳には決意の光が宿っていた。
「俺が戻れるかどうか、それを決めるのは……お前だ。」
「私?」
澪は驚いたように彼を見つめた。陸は小さく頷き、鏡の破片を指差した。
「鏡の破片に残された力が、俺の存在を現実に留めるか、それとも消し去るかを決める。だが、そのためには……お前が“代償”を払わなければならない。」
「代償……?」
陸の声が重く響く。
「お前の記憶だ。俺と出会った記憶、ここで一緒に過ごした時間……それを失うことが条件だ。」
澪は言葉を失った。陸と過ごした時間、彼の笑顔や言葉、触れ合い──その全てが自分の中から消え去る。それが代償だと言うのか。
「そんな……」
澪は震える声で呟いた。陸は彼女の目を見つめ、静かに続ける。
「俺が戻ることで、お前が何かを失うのは耐えられない。でも、お前がそうしたいと望むなら……俺は、お前に託す。」
彼の声は穏やかでありながら、どこか儚かった。その言葉に、澪の胸はさらに締め付けられた。
澪は目を閉じて考えた。このまま陸を失うか、それとも自分の記憶を捧げるか。どちらを選んでも、何か大切なものを失うという現実が彼女を苛む。
「……私は。」
澪が口を開こうとしたその瞬間、陸が微笑みながら言った。
「無理をするな。俺はもう充分だ。お前がここにいてくれただけで、救われた。」
「でも……!」
澪は思わず声を荒げた。目に涙が滲む。こんな形で彼と別れるなんて、耐えられない。
「私はあなたを救いたいの……あなたと一緒にいたい。それだけなのに!」
その叫びに、陸は驚いたように目を見開いた。澪の涙を見て、彼は少し困ったように笑う。
「お前は本当に強いな、澪。俺みたいな存在のために、ここまで……」
陸はそっと澪の頬に手を伸ばした。その手のひらは温かく、現実味を帯びている。
「お前に出会えてよかった。本当にありがとう。」
澪はその言葉に全身を震わせた。そして、その手をぎゅっと掴み、決意の目で彼を見つめた。
「記憶なんて、何度でも作り直せるわ。私は、あなたを救う。だから……戻ってきて!」
その言葉に、陸の目が揺れる。彼は一瞬の躊躇の後、小さく頷いた。
澪が鏡の破片に手をかざすと、それが柔らかい光を放ち始めた。光が二人を包み込む中、陸の体が徐々に鮮明になっていく。彼の姿が現実のものになっていくのが、はっきりとわかった。
「澪、ありがとう……」
陸が微笑みながらその声を残すと、澪の意識が急速に遠のいていった。
目を覚ました時、澪は自分が廃屋の床に倒れているのを感じた。周囲を見回すが、陸の姿はどこにもなかった。彼女の中に、どこかぽっかりと穴が空いたような感覚がある。
「私は……」
呟いたその瞬間、背後から優しい声が聞こえた。
「探しているのか?」
振り返ると、そこには陸が立っていた。彼は現実の存在としてそこにいた。その目に澪のことを覚えている証が宿っている。
「陸……!」
澪は涙を流しながら彼に駆け寄った。彼もまた微笑みながら彼女を抱きしめる。
「俺は戻った。でも、君を忘れるなんてできなかった。」
「私も……忘れてない!」
二人はただ抱き合い、再び与えられたこの現実を確かめ合った。廃屋を包む朝日が二人の姿を温かく照らしていた。
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